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122 覧山国

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 新王にたったムアン王に拝謁する。若い王は温厚で国際化を望む新時代の王だ。世代が星羅と蒼樹に近く、会話を交わすにつれ親しみがわいてくる。ムアンはこの覧山国を世界から孤立させてはいけないと考えていた。しかしこの国際化に対して国が豊かで冷害の影響を受けていなければ、老臣や保守派に完全に阻まれていただろう。

「残念なことにまだ他国と同盟を結ぶことに反対するものが多いのだ」

 誠実な瞳を向けるムアンに蒼樹は「良くなると分かっていても変化を恐れるものが一定数おりますから」と同情した。

「陛下のように、勇気をもって国を、国民をよりよく豊かにしようとする王は他にもいらっしゃいますわ」

 星羅は心の中に、西国の王となった兄の京樹を思い描きながら力強く告げる。

「華夏国は女人の進出が目覚ましいな。わが国ではまだまだ女人の地位が低く、仕事もないのだ」

 覧山国は完全に男尊女卑の国で、女は男の所有物になり、自立する道はない。女が就く職業など皆無に近かった。とにかく早く結婚をして夫に仕えるのだ。
 女性の地位を向上させようとするムアンに星羅は好意を持った。華夏国で育った星羅は、西国も覧山国も、おそらく他の国もきっと女人の地位が恐ろしく低いのだと知る。まるで男と同じ人間ではないようだと思うと空恐ろしい。
 華夏国では男女という性差で社会的な地位が決まることはなかった。個人の能力が重要であると蒼樹が話すとムアンは目を輝かせて聞き入った。

「まあ、ここまでくるのに長い時間がかかっていますが」
「うんうん。我の代ではどこまでできるか分からないが。しかしやっていかねばな」

 ムアンの人柄がよくわかり、十分に良い外交ができたと思い蒼樹も星羅も安堵する。このまま覧山国の治世が落ち着いていれば、華夏国とは良い国交を結んでいけるだろう。

「さて難しい話はこれくらいにして宴の席を用意してある。どうぞ楽しんでいかれよ」

 宴会ではムアン王の王妃マハが慎み深くそばに控えている。肌の色は華夏国民と同じようで、顔立ちは西国人のように彫が深い。若く美しいマハは、緊張しているのか硬い表情で笑んでいる。そっとマハがムアンに耳打ちすると笑って彼は頷き、星羅に声を掛けた。

「王妃があなたは女人なのか男なのかと」
「あ、ええ、女人です」

 軍師省に入ってから、そもそも着飾ることに関心がなかった星羅はすっかり男装が板につき、髪飾り一つ、紅一つさしていない。蒼樹が隣でこっそり笑っている。

「マハには不思議なのですよ。女人が着飾らないことが」
「王妃さまのようにお美しければ、わたしも軍師などにならずにもっとその、飾ることに興味がわいたかもしれませんね」
「はははっ。星羅殿は着飾らなくとも十分お美しいですよ」

 ムアンのお世辞だろうが、王妃のマハがその言葉にぴくっと反応したように見えた。
 しばらく音楽や舞を楽しみ、この国独特の青い果実の料理などを食す。この果実は交易の品の一つになればよいと星羅は考える。覧山国は山深く森の恵みが多く果実が豊富だ。日持ちするために干したものも多いようだ。また竹などで編んだ精巧な籠などは険しい山道で荷物を運ぶのに便利が良い。

 ムアンは華夏国から持ってきた陶磁器に非常に感銘を受けたようだ。この国にももちろん陶器はあるが軟陶で焼き締まりもあまく精度が低い。陶磁器製品よりも、木や竹製品が日常的に使われている。
 今回の国際交流を永続させるべく、覧山国から華夏国へ陶磁器の技術を学ぶものを研修生として派遣することにした。星羅と蒼樹、ムアンと数人のお付きの者で高台に上がる。覧山国の険しさと自然の豊かさが見える場所だった。

「これは落ちたら一たまりもないな」

 覧山国にとっての高台は、華夏国にとっては険しい崖に匹敵する。星羅もそっと覗き込み下のほうに見える細い川に緊張する。

「この国は険しさと、こうして後ろに引けばもう死が待っているという状況で生きてきたのです」
「背水の陣が常に隣りあわせでは、強いはずですね」

 納得する星羅にムアンは優しく笑む。

「まあ、これからはもう少し穏やかさも欲しいところです」

 そろそろ戻ろうというときに、すっと影が動いたのを蒼樹は見た。何か反射する光が見えた瞬間に蒼樹はムアンの前に立つ。

「星羅! 陛下を守れ!」
「えっ!?」

 慌てて星羅もムアンの背後に立ち、背を向け、剣を抜いた。お付きの者もムアンを囲み剣を抜き周囲を見る。

「反対者か……」

 ムアンが周囲ににらみを利かせていると、木の陰から黒装束の者が数名現れ、斬りかかってきた。剣が短く突くような動きを見せ、星羅は応戦するので精一杯だ。蒼樹は剣の長さで間合いをとり、二人倒す。お付きの者は一人負傷したが、王を守る精鋭なので、黒装束の者を打ち負かしていった。

「危ないところであった。まさかこの機会を狙ってくるとは」
「ご無事で何よりです」
「まだ息のある者がいますな」

 蒼樹は倒れている黒装束の者に話しかける。

「誰の手の者だ」

 きっと睨みつける黒装束の男の顔の布をはぐと、顔を膨らませたので、蒼樹はさっと手をかざした。

「うっ……」
「がぎゅっ……」

 蒼樹の手に含み針を吹いたのち、男は舌を噛み切って死んだ。

「蒼樹!」

 手を押さえ針を直ぐに抜いた蒼樹のもとに星羅は駆け寄る。彼の手が見る見るうちに膨れ紫色になってきた。

「いけない。それはわが国の毒だ!」
「う、うっ」
「どうすれば!」

 毒が回らないように手首を力強く蒼樹と一緒に星羅は握る。

「お、落とすしか、ない」
「落とす? 手、手をですか?」

 青ざめる星羅に、蒼樹は呼吸を整えて「星羅がやってくれ」と頼む。

「そ、そんな」
「早く。方法があるのだ。早くしないと身体に届く。今なら肘の下でよい」
「星羅殿!」

 震えながら星羅は唇を強く噛んで立ち上がる。蒼樹は平べったい岩の上に腕を伸ばして置いた。

「こちらのほうが良いでしょう」

 お付きの者が鉈のような太く短い剣を渡す。

「蒼樹、やるわ」
「ああ」

 青黒くなっていく手首を見ながら、星羅はそのもう少し上のほうに目標を定め剣を振り下ろす。ガチンッと岩にまで届く音が聞こえ、一回で星羅は腕を落とすことに成功した。

「し、止血を」

 意識が遠くなりそうな中で、星羅は蒼樹の腕を縛り止血に勤しむ。お付きの者に背負われ、蒼樹は素早く高台から降り王宮へと運ばれていった。
 星羅は血まみれになった手と、青黒い蒼樹の残していった手を交互に見ながら意識を失っていた。
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