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115 自由

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 朱京湖ことラージハニは、バダサンプを暗殺したことで牢に入れられていたが、バダサンプの身分が不可触民ということがわかり、ラージハニは全くの無罪となる。戦士階級の彼女は、王族がほとんど抹殺された今、最上階級の身分だった。

 不可触民とはいえ、一人の人間を殺したラージハニは己の肌に報いを感じている。全身に毒を塗り、バダサンプに挑んだ彼女のだったが、毒が彼女自身にも回ったようで、左半身が顔まで赤く爛れてしまった。
 他の男に触れられるくらいなら死んだほうがましだと思ったが、生き延び、爛れた肌を見ると悲しくなってしまう。大臣たちはラージハニの肌を治せるものを募る。国中から医者や祈祷師などが褒美目当てでやってきたが、誰も治せるものはいなかった。

 もう諦めかけた時、一人の男が小さな甕を持ってきて、熱めの風呂に中身を全部入れて、半日浸かるとよいとラージハニに言づける。その方法を怪しむ者もいたが、ラージハニはその通りにし、肌は美しくよみがえった。彼女にはその男が誰かわかっていた。きっと夫の朱彰浩だ。彼は華夏国から西国に帰国する際に、毒を調合した医局長の陸慶明から解毒剤をもらっていたのだろう。男が欲しがる褒美もわかっている。

 ラージハニは王位継承者で困っている大臣たちに、自分の息子の存在が華夏国にあると伝える。不可触民とはいえ、王であったバダサンプの王妃となったラージハニの息子は十分に王位継承権がある。強引な見解だが他に西国を統治し安定させる方法がなかった。王の不在が長引けば、隣国に国を奪われてもおかしくない。

「では、あたくしを市民階級に落としてくださいませ」

 階級を上げたがるものが多い中、下がることを希望するのは西国の中でもラージハニ唯一人だろう。夫の朱彰浩の生まれつきの身分を上げることはできない。そもそも彼とは身分が違うので結ばれることは不可能だ。

 ラージハニは、息子の京樹が王になることを望むわけではないが、適任者だとも思えた。星羅はもう家庭を持っているので華夏国から出ることはないだろう。ラージハニも夫も西国に帰国していたならば、京樹も華夏国より西国にいるほうが自然だ。

「ラージハニ様。戦士階級のままで、さらに王の母上でおられましたなら一生ご苦労はないかと存じますが」

 老いた宰相が心配する。

「いいえ。王宮で優雅に暮らしたいわけではないの」
「そうですか……」
「新しい時代の人に任せましょう。ごめんなさい、わがままね」

 若いころの西国の花と呼ばれていたころのラージハニを知っている宰相は、彼女をまぶしく見つめる。

「今でも変わりませんな。あなた様の笑顔は満開の花に匹敵する美しさです」

 時が流れ、息子の京樹ことラカディラージャに無事、再会する。

「帰ってきてくれて嬉しいわ」
「かあさまがお元気で本当に良かった」
「とうさまにはお会いしましたか?」
「いいえ、まだ……」

 ラージハニはこれから市民階級となり、彰浩と一緒に暮らすことを望んでいるとラカディラージャに告げる。彼はもちろん反対しなかった。

「本当は、あなたと星羅が一緒になってくれたらよかったと思うけど」
「星羅は華夏国の軍師ですし、立派にやっていますよ」

 ラカディラージャは、ラージハニが帰国した後、星羅の夫、陸明樹が亡くなったことは伏せておいた。

「私ももうこの国を背負う覚悟ができています。一緒に支えてくれる者も多いでしょう」
「無理はしないで」
「かあさま。かあさまは十分に責任も役割も果たしました。どうぞ幸せになってください」
「ありがとう」

 大粒の涙はラージハニの浅黒い肌を転がる真珠のようだった。

 王宮を出たラージハニは、逃亡者ではなく自由な市民として夫の元へと向かう。随分年をとったが、心は明るく足取りも軽かった。辺境の山の奥深くの陶房まで共も連れず、馬車にも乗らず何日もかけて歩く。遠目から白い煙がのろしのように天に伸びているのが見えた。窯に火が入っているのだと、ラージハニは一目散にかけていった。
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