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48 頭痛

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 軍師省の様子を絹枝に報告しようと陸家にやってきた。使用人に絹枝に会いたいと告げると、今来客中なので、しばらく客間で待っていてほしいということだった。馬を繋いでもらい、星羅は庭が見える客間で静かに待つことにした。

「なんだか頭重たいわ」

 昨日、初めて飲んだ酒が残っているのだろうか、なんとなく身体がすっきりしない。こめかみを揉んでいると陸慶明が通りがかった。

「おや、星羅」
「おじさまこんにちは。絹枝老師を待たせてもらってます」
「そうか。頭でも痛いのか?」
「いえ、痛いほどでもないのですが、昨日お酒を飲みまして……」
「ふふっ。酒か、どれ、少し診てあげよう」

 星羅の隣に、慶明はそっと座り、手首をとり脈を測る。

「まあ二日酔いではないらしい。女人特有の身体の調子によるものかもしれないな」
「ありがとうございます。医局長のおじさまに診察してもらえるなんて光栄です」
「それにしても、星羅は酒が飲めるのだな。晶鈴は酒を飲まなかったが」
「へえ。そうなんですかあ」

 慶明は遠い空を眺めながら晶鈴のことを話す。

「晶鈴は頭痛持ちだったから、もしかしたら君もそうかもしれない」
「うーん。どうなのかなあ」
「もう少し診ておくかな」
「え、いいですいいです」
「身体は大切にせねば、ほらここに持たれてごらん」

 慶明は自分の身体に星羅を抱き寄せるように、身体を預けさせる。星羅は言われるまま横向きになり顔を彼の胸に埋める。慶明は背中をとんとんと触診していく。

「おじさま、なんだか心地よいです」
「そうかね? 今度は前を向いて喉をみせてごらん」
「はい」

 口を開き喉の奥を見せる。

「綺麗なのどだ」
「よかった」
「少し胸元を開いてごらん」

 素直に帯をゆるめ、胸元を緩める。慶明は首筋を撫で、鎖骨に指を這わせ、なだらかにふくらみはじめる胸元にトントンと人差し指で叩く。

「健康的な身体だ」

 医局長の彼に言われると、とても安心だと星羅が思っていると「奥様のお客様が帰られましたよ!」と大きな声が聞こえた。
 振り返るときつい顔をする春衣が立っている。

「そうか。ではこれで、何かあったらすぐに相談するんだよ」
「おじさまありがとうございます」

 慶明がさっと立ち去った後、春衣も後をついていった。星羅は着物を直して絹枝の書斎へと向かうことにした。


 慶明の後を付いて行きながら、春衣は苦々しい思いを抱く。厩舎を通った時に、星羅の馬がつながれているのがわかった。星羅の馬は、慶明が軍師見習いの試験に受かったお祝いに彼女に与えたものだ。美しい栗毛をもち額に白い模様がある。その模様が星のようであるということでその馬を選んだ。気性はおっとりしていて人懐っこいので、星羅は『優々』と名付けている。

 絹枝が来客中で、慶明がいるのを知っていた春衣は何かあったらいけないと急いで客間に向かった。見ると慶明は診察という名目で星羅に触れていた。星羅は純粋に診察だと思っているだろうが、慶明は恐らく違う思惑があるはずだと春衣は睨んでいる。

「星羅さんはどこかお悪いんですか?」

 春衣はわざと慶明に尋ねる。

「ん、いや。健康そのものだよ」

 何事もないような言い方が、また春衣の神経を逆なでする。

「もうこの屋敷にはあまり来ないでしょうね。軍師見習いとしてお忙しいだろうから」
「いや、夫人に会いに来るだろう。それに健康診断のために月に一度は私の所へ来るように言ってある」

 春衣はそのことを聞いて目の前が真っ暗になる。健康診断はきっと絹枝のいないときを狙うはずだ。今は胡晶鈴の娘への親切心だろうが、そのうちどうなるか分からない。慶明が星羅を我が物にすることなど薬品でも使えば赤子の手を捻ることに等しい。
 春衣はまた早く次の手を打たねばと考え始めた。
 
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