上 下
41 / 127

41 思惑

しおりを挟む
 教壇から絹枝は一通りの女学生たちを見下ろす。やはり星羅は他の女学生とは一線を画す。彼女は与える学問を受け身に吸収するのみならず、古人の思想の欠点なども指摘する。能動的な学習は、隣の男子学生にも劣るどころか群を抜いている。若く幼い星羅は、まだまだ浅い見通しと机上の空論の部分を否めないが、数年もすれば国家の試験はすべて、どのジャンルでも合格できるだろうし文官としての出世も見込める。このまま順調に勉学に励めば、役人でも教師でもまたは薬師でもすきな進路を得られるだろう。

 太極府の陳老師から、星羅は国の大事を担うことになるだろうから、よく学問を身につけさせてほしいと頼まれたときに、それほど深く考えずに返事をした。今になって、そのことを軽く受け止めてしまったことを反省する。ロジカルな絹江にとって太極府の存在をあまり重んじていなかった。口には出さないが、国家の大事を、占術に半分以上請け負わせていることを軽く軽蔑していた。まだ王が祭司ではなく政治と分離しているので神権政治とまでは言わないが、非科学的なもので信憑性はないと思っていた。

「星羅さんを見ていると占術も侮れないのかしらね」

 合理主義者だった高祖も占術を活用していたことがあったらしい。夫の慶明も、よく星羅の実母に占っていてもらったことを思い出す。
「私も何か占ってもらおうかしら……」

 そう考えたが、絹枝自身特に悩みはなく、占ってもらうことはなかった。

「そうだ」

 ひそかに息子の陸明樹の正室に星羅をと考えている。これがうまくいくかどうか、明樹、また陸家にとってどうなのかを占ってもらおうとかと思いつく。そう考えると珍しくウキウキした気分になってくるのが不思議だ。夫の慶明と結婚する時よりも心が躍っている。しかしまずこのことは慶明に相談してからと、冷静な絹江はいきなり行動には移さない。おそらく良い縁談だろうとは慶明も思うはずだ。
 明樹は男友達とつるんでいるばかりだから、親が縁談を決めても気にしないだろうし、星羅に対して好意的なので反対はないだろう。

「あら、これ悩みじゃないわよね」

 縁組がうまくいきそうだと思い始めると、わざわざ占ってもらう必要性を感じなくなってしまった。頃合いを見て話しを出すだけなのだ。いつも通りの鎮静された感覚になっていく自分につまらなさを感じつつ帰宅する。

「大きくなったわね」

 夫の陸慶明が医局長になってから、あらたに大きく屋敷を建設した。広い庭に色とりどりの草花に、流れる小川と珍しい魚が遊ぶ池。絹江は屋敷が大きくなり調度品が立派なものに変わっても、結局自分の書斎と食卓にしか赴かない。夫婦の寝台はこの屋敷になってから別になっている。客間も増えたが、どこに何があるのかよくわからず、使用人頭の春衣にまかせっきりなのだ。使用人も増えているが顔も名前をあまり把握していない。

「そういえば春衣は昔、反抗的な感じだったけど最近は丸くなってきたのかしらね」

 彼女にこそいい縁談話はないかしらと絹枝は考え始める。春衣が慶明に恋心を抱いていることなど、つゆほど知らず誰かいい人はいないかと知り合いを思い浮かべるが、いなかった。基本的に学問にしか興味を持つことがないので、俗っぽい人付き合いをしていないのだ。それこそ、慶明にあたってみるべきで、春衣にいい縁談があるか占ってみてもらえばよい。
 長い廊下を考えながら歩くだけで、柱の美しさや格子の窓の洗練された幾何学模様を、何一つ見ずに書斎に入る。

「あら?」

 庭の植木が一斉に植え替えられていることには気づかないのに、自分の筆立ての位置が違うことに気づく。誰かが掃除にでも入ったのかと周囲を見たが、昨日、削った竹簡のカスが床に落ちたままになっているのを見つける。

「気のせいかしらね」

 ここのところ天候があまり良くないせいか、頭が重いので気のせいかと気にしないようにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

転移先は薬師が少ない世界でした

饕餮
ファンタジー
★この作品は書籍化及びコミカライズしています。 神様のせいでこの世界に落ちてきてしまった私は、いろいろと話し合ったりしてこの世界に馴染むような格好と知識を授かり、危ないからと神様が目的地の手前まで送ってくれた。 職業は【薬師】。私がハーブなどの知識が多少あったことと、その世界と地球の名前が一緒だったこと、もともと数が少ないことから、職業は【薬師】にしてくれたらしい。 神様にもらったものを握り締め、ドキドキしながらも国境を無事に越え、街でひと悶着あったから買い物だけしてその街を出た。 街道を歩いている途中で、魔神族が治める国の王都に帰るという魔神族の騎士と出会い、それが縁で、王都に住むようになる。 薬を作ったり、ダンジョンに潜ったり、トラブルに巻き込まれたり、冒険者と仲良くなったりしながら、秘密があってそれを話せないヒロインと、ヒロインに一目惚れした騎士の恋愛話がたまーに入る、転移(転生)したヒロインのお話。

聖女の妹は無能ですが、幸せなので今更代われと言われても困ります!

ユウ
ファンタジー
侯爵令嬢のサーシャは平凡な令嬢だった。 姉は国一番の美女で、才色兼備で聖女と謡われる存在。 対する妹のサーシャは姉とは月スッポンだった。 能力も乏しく、学問の才能もない無能。 侯爵家の出来損ないで社交界でも馬鹿にされ憐れみの視線を向けられ完璧を望む姉にも叱られる日々だった。 人は皆何の才能もない哀れな令嬢と言われるのだが、領地で自由に育ち優しい婚約者とも仲睦まじく過ごしていた。 姉や他人が勝手に憐れんでいるだけでサーシャは実に自由だった。 そんな折姉のジャネットがサーシャを妬むようになり、聖女を変われと言い出すのだが――。

転生者は常識外れなのだが…

syu117
ファンタジー
神様に間違えて死んだ事にされた主人公、佐藤 真(さとう まこと)は、代わりに魔法のある世界に行くことが出来たが真に能力を与えすぎてヌルゲーに…?というわけでは無いですが、その地で常識を学び、さらなる高みを目指す少年の姿を描いたファンタジー作品です。 まったりと更新していきますが、是非読んでみてください! *拙い表現が多いですがこれから徐々に減らしていけるよう頑張ります!* 現在、9章 フリーダム王国編を更新中。 3月31日(本編) 7月21日(設定)は投稿しますので、ぜひご覧ください。(更新ペースが落ちております。次の更新日はこちらでご確認ください) 4月21日12時50分現在 24hポイントが1415となりました。皆様のおかげです!ありがとうございます!

【書籍化】家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました【決定】

猿喰 森繁
ファンタジー
【書籍化決定しました!】 11月中旬刊行予定です。 これも多くの方が、お気に入り登録してくださったおかげです ありがとうございます。 【あらすじ】 精霊の加護なくして魔法は使えない。 私は、生まれながらにして、加護を受けることが出来なかった。 加護なしは、周りに不幸をもたらすと言われ、家族だけでなく、使用人たちからも虐げられていた。 王子からも婚約を破棄されてしまい、これからどうしたらいいのか、友人の屋敷妖精に愚痴ったら、隣の国に知り合いがいるということで、私は夜逃げをすることにした。 まさか、屋敷妖精の一声で、精霊の信頼がなくなり、国が滅ぶことになるとは、思いもしなかった。

辺境で魔物から国を守っていたが、大丈夫になったので新婚旅行へ出掛けます!

naturalsoft
ファンタジー
王国の西の端にある魔物の森に隣接する領地で、日々魔物から国を守っているグリーンウッド辺境伯爵は、今日も魔物を狩っていた。王国が隣接する国から戦争になっても、王国が内乱になっても魔物を狩っていた。 うん?力を貸せ?無理だ! ここの兵力を他に貸し出せば、あっという間に国中が魔物に蹂躙されるが良いのか? いつもの常套句で、のらりくらりと相手の要求を避けるが、とある転機が訪れた。 えっ、ここを守らなくても大丈夫になった?よし、遅くなった新婚旅行でも行くか?はい♪あなた♪ ようやく、魔物退治以外にやる気になったグリーンウッド辺境伯の『家族』の下には、実は『英雄』と呼ばれる傑物達がゴロゴロと居たのだった。 この小説は、新婚旅行と称してあっちこっちを旅しながら、トラブルを解決して行き、大陸中で英雄と呼ばれる事になる一家のお話である! (けっこうゆるゆる設定です)

妾の子だった転生勇者~魔力ゼロだと冷遇され悪役貴族の兄弟から虐められたので前世の知識を活かして努力していたら、回復魔術がぶっ壊れ性能になった

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
◆2024/05/31   HOTランキングで2位 ファンタジーランキング4位になりました! 第四回ファンタジーカップで21位になりました。皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 『公爵の子供なのに魔力なし』 『正妻や兄弟姉妹からも虐められる出来損ない』 『公爵になれない無能』 公爵と平民の間に生まれた主人公は、魔力がゼロだからという理由で無能と呼ばれ冷遇される。 だが実は子供の中身は転生者それもこの世界を救った勇者であり、自分と母親の身を守るために、主人公は魔法と剣術を極めることに。 『魔力ゼロのハズなのになぜ魔法を!?』 『ただの剣で魔法を斬っただと!?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ……?』 『あいつを無能と呼んだ奴の目は節穴か?』 やがて周囲を畏怖させるほどの貴公子として成長していく……元勇者の物語。

処理中です...