33 / 127
33 資質
しおりを挟む
再び太極府に訪れた慶明は、陳老師に取次を頼み、建物の一番奥まで案内された。長い廊下はどんどん薄暗くなり、まるで洞窟を進むような不安感のある通路に慶明は息苦しさを覚える。先を歩く案内の占い師がかすんで見えるくらいぼんやりし始めると「こちらです」とかすかな声が聞こえた。
「う、うむ。では」
意識をはっきりさせ、返事をすると「ではわたしはこれで」と案内はまた暗く長い廊下を下がっていった。目の前の重々しい濃紺の間仕切りの布をすっと横に寄せ、「失礼します」と部屋に入った。入口以外の壁は書物できっしりと埋まっている。
「ようこそ。どうぞここへお座りなさい」
「ありがとうございます」
遠目でしか見たことがなかった陳老師は、思ったよりも若々しく人懐っこい様子だった。慶明も晶鈴もこの都に来た時に、もう陳老師は最高位で相当な高齢のはずだった。まるで仙人のようだという感想をもっていると「で、なんのご相談かの?」と柔らかい声で尋ねられた。
「晶鈴が人違いでさらわれてしまい、彼女の娘が都まで来ています。晶鈴を救う方法などあれば教えていただこうかと」
慶明はとにかく晶鈴をこの国に戻すことを望む。陳老師は白い長いひげをするすると撫で、静かに口を開く。
「晶鈴はそういう運命じゃろう。もし会うことが叶ったとしてもこの国で留まることはないかもしれん」
「そんな……」
「わしも晶鈴の行方をずっと追っていたんじゃ。最後の報告で国から出てしまったことを聞いた」
「えっ? 老師は晶鈴の行方を知っていたのですか?」
「うむ。医局は知らんが、太極府にはそれなりに情報網があるのでな」
能力を失った彼女を、使い捨てるように誰も関心を持っていないと思っていたが、そうではなかったようだ。太極府を去った者の行く末が安定するまである程度は見守るらしい。
「情報と予知ができても、防げるわけではないのだが……」
「そうですか……」
「そう心配する出ない。晶鈴の身が危なくなることはないようだから」
「はあ……」
一定の期間を空けて、晶鈴のことを太極府の卜術占い師に観させているようだ。今はそれを信じるしか慶明には手立てがなかった。
「晶鈴の娘か。何かしら才があるやもしれぬな。生まれた年月日などはわかるのじゃろう?」
「ええ。控えてきました」
星羅の生年月日と出生時刻、そして町の場所が書かれた紙を陳老師に渡す。じっと紙を眺めた後、陳老師は立ち上がり棚から巻物を一つとりだし、机に広げる。何やら数が隙間なく書かれているが、慶明には何の数値かわからなかった。
巻物を下に置き、今度は無地の紙を台に置き筆をとった。さらさらと何か図形を描き始める。円形を12に分割し、いろいろな記号を書き込んだ後「よし」と陳老師は筆をおく。
「名は?」
「星羅です」
「晶鈴め、良い名をつけたの」
嬉しそうに目を細め陳老師は、図形を眺める。
「これはな生まれた時の星の配置図じゃ……。これでその人物の才、人格、運命などがわかる」
「これで……」
「生まれた時間まではっきりわからんと正確な配置図を描けんのでな、晶鈴は観てやれなかったの」
「なるほど……」
生年月日に加え、出生時間や出生場所の明確さを求めると、庶民には無理だろうし、このような高度な占術はやはり王族などの一部のものにしかまみえることはできないのだろう。
「うんうん。晶鈴とあの方のお子だけあるの……」
父親を知っているかのような口ぶりに慶明は息をのむ。しかし黙って触れないことにした。
「この娘はどのような者でしょうか。これからどうすれば……」
「星羅はこの華夏にとってなくてはならん存在じゃよ。あと10年すれば才は花開く。3つになったらそなたの夫人の学舎へ入れてやるがよい」
「は、はい」
「ところで、もう一人星羅より先に生まれた子がおるじゃろ?」
「ええ。星羅を育てている朱夫婦の息子、京樹がほんの1刻くらい先に生まれたようで」
「ほうっ」
陳老師はまた無地の紙に新たに星の配置図を描く。
「どうしてじゃろうか。この子も華夏、いや、太極府にとって大きな存在になるような資質を持っておる。おかしい。どうして見つけられなかったのだろうか」
占術の大きな資質を持つ者がいると、星の動きや、太極府の占い師たちによって見出されていたのに、この朱京樹の存在を知ることができなかったことに、陳老師は首をかしげる。慶明は、ああとつぶやき進言する。
「京樹はこの華夏民族ではないからでしょう。西国の紅紗那民族ですから」
はっと目を見開き陳老師は呻く。
「民族か。なるほどのう」
確かに本来なら、この中華にいる民族ではない。しかし民族は違えど今はこの国にいるのだ。
「その京樹とやらを連れてきてもらえぬかの。いや、わしが行こう。両親に話をせねば」
「え、今ですか?」
「ああ、これは国家の大事じゃからの」
「では、ご案内します」
星羅も京樹もこの国にとって重要な人物であるようだ。納得をする反面、晶鈴の娘には平凡な幸せを得てほしいと願う慶明は複雑な思いを胸に抱いていた。
「う、うむ。では」
意識をはっきりさせ、返事をすると「ではわたしはこれで」と案内はまた暗く長い廊下を下がっていった。目の前の重々しい濃紺の間仕切りの布をすっと横に寄せ、「失礼します」と部屋に入った。入口以外の壁は書物できっしりと埋まっている。
「ようこそ。どうぞここへお座りなさい」
「ありがとうございます」
遠目でしか見たことがなかった陳老師は、思ったよりも若々しく人懐っこい様子だった。慶明も晶鈴もこの都に来た時に、もう陳老師は最高位で相当な高齢のはずだった。まるで仙人のようだという感想をもっていると「で、なんのご相談かの?」と柔らかい声で尋ねられた。
「晶鈴が人違いでさらわれてしまい、彼女の娘が都まで来ています。晶鈴を救う方法などあれば教えていただこうかと」
慶明はとにかく晶鈴をこの国に戻すことを望む。陳老師は白い長いひげをするすると撫で、静かに口を開く。
「晶鈴はそういう運命じゃろう。もし会うことが叶ったとしてもこの国で留まることはないかもしれん」
「そんな……」
「わしも晶鈴の行方をずっと追っていたんじゃ。最後の報告で国から出てしまったことを聞いた」
「えっ? 老師は晶鈴の行方を知っていたのですか?」
「うむ。医局は知らんが、太極府にはそれなりに情報網があるのでな」
能力を失った彼女を、使い捨てるように誰も関心を持っていないと思っていたが、そうではなかったようだ。太極府を去った者の行く末が安定するまである程度は見守るらしい。
「情報と予知ができても、防げるわけではないのだが……」
「そうですか……」
「そう心配する出ない。晶鈴の身が危なくなることはないようだから」
「はあ……」
一定の期間を空けて、晶鈴のことを太極府の卜術占い師に観させているようだ。今はそれを信じるしか慶明には手立てがなかった。
「晶鈴の娘か。何かしら才があるやもしれぬな。生まれた年月日などはわかるのじゃろう?」
「ええ。控えてきました」
星羅の生年月日と出生時刻、そして町の場所が書かれた紙を陳老師に渡す。じっと紙を眺めた後、陳老師は立ち上がり棚から巻物を一つとりだし、机に広げる。何やら数が隙間なく書かれているが、慶明には何の数値かわからなかった。
巻物を下に置き、今度は無地の紙を台に置き筆をとった。さらさらと何か図形を描き始める。円形を12に分割し、いろいろな記号を書き込んだ後「よし」と陳老師は筆をおく。
「名は?」
「星羅です」
「晶鈴め、良い名をつけたの」
嬉しそうに目を細め陳老師は、図形を眺める。
「これはな生まれた時の星の配置図じゃ……。これでその人物の才、人格、運命などがわかる」
「これで……」
「生まれた時間まではっきりわからんと正確な配置図を描けんのでな、晶鈴は観てやれなかったの」
「なるほど……」
生年月日に加え、出生時間や出生場所の明確さを求めると、庶民には無理だろうし、このような高度な占術はやはり王族などの一部のものにしかまみえることはできないのだろう。
「うんうん。晶鈴とあの方のお子だけあるの……」
父親を知っているかのような口ぶりに慶明は息をのむ。しかし黙って触れないことにした。
「この娘はどのような者でしょうか。これからどうすれば……」
「星羅はこの華夏にとってなくてはならん存在じゃよ。あと10年すれば才は花開く。3つになったらそなたの夫人の学舎へ入れてやるがよい」
「は、はい」
「ところで、もう一人星羅より先に生まれた子がおるじゃろ?」
「ええ。星羅を育てている朱夫婦の息子、京樹がほんの1刻くらい先に生まれたようで」
「ほうっ」
陳老師はまた無地の紙に新たに星の配置図を描く。
「どうしてじゃろうか。この子も華夏、いや、太極府にとって大きな存在になるような資質を持っておる。おかしい。どうして見つけられなかったのだろうか」
占術の大きな資質を持つ者がいると、星の動きや、太極府の占い師たちによって見出されていたのに、この朱京樹の存在を知ることができなかったことに、陳老師は首をかしげる。慶明は、ああとつぶやき進言する。
「京樹はこの華夏民族ではないからでしょう。西国の紅紗那民族ですから」
はっと目を見開き陳老師は呻く。
「民族か。なるほどのう」
確かに本来なら、この中華にいる民族ではない。しかし民族は違えど今はこの国にいるのだ。
「その京樹とやらを連れてきてもらえぬかの。いや、わしが行こう。両親に話をせねば」
「え、今ですか?」
「ああ、これは国家の大事じゃからの」
「では、ご案内します」
星羅も京樹もこの国にとって重要な人物であるようだ。納得をする反面、晶鈴の娘には平凡な幸せを得てほしいと願う慶明は複雑な思いを胸に抱いていた。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる