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25 薬の効果
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慶明は出来上がった薬をもって母のもとへ行く。虚ろな母はぼんやりと空を見ながら枕を二つあやしている。使用人を下げ二人きりになり、そっと温かい薬湯を差し出す。
「かあさま。さあ」
「ん? なあに?」
「これ、美味しいですよ」
「んー。あまり飲みたくない」
「そんなこと言わずに」
「んん。じゃあちょっとだけ」
飲んでもらわないと始まらないので、飲む気になった母に安堵する。飲みやすいように甘みをつけているので喜んで飲むはずだった。ごくんごくんと喉を鳴らして母親は飲み切った。ふうっとため息とついて、彼女はまた枕を抱いて何やら子守唄を歌う。そのうちに変化が見られ始めた。虚ろな目が慶明を直視し始める。
「慶明? あら、どうしたのかしら。なんだか頭が軽くなったような」
「かあさま……」
「まあまあどうしたの。そんな顔をして」
また正常な母に会えた嬉しさで慶明の表情は崩れる。母親はそっと両手で彼の頬を包み込んだ。
「そろそろ、あなたの兄と妹が亡くなって20年になるのね。かあさまもいつまでもこのままじゃいけないわね。孫の面倒も見なければ」
彼女の中では、時間の経過や現状がどうなっているか理解しているようだった。慶明は自分のこともちゃんと知っていてくれているのだと安堵する。
「そうだよ。かあさま。孫の明樹はおばあさまに会いたいと言ってる」
「まあまあ。あなたに似ているのかしらね? 早く会いたいわ」
「うん。かあさまさえ良ければ都で一緒に暮らしましょう」
「そうねえ。でも、ここから離れたことがないし、何より二人のお墓を見てあげないとね」
寂しそうな笑顔を見せるが、母とまともに会話ができるだけで慶明は満足だった。
「不自由があったらすぐに言って」
「ええ、ええ、そうするわ」
「かあさま……」
思わず抱きしめると「まあまあ、こんなに大きくなったのに甘えん坊ねえ」とまた優しく頬を撫でるのだった。朝になっても母の様子は安定したままで元に戻ってはいなかった。目が覚めた時、なつかしい粥のにおいが漂った。いつもより沢山食べてからまた都に戻ることにした。薬湯はしばらく5日に一度飲ませることで、より効果の安定を図ることができるのは自分で立証していた。3ヵ月続けると、もう薬湯は必要になくなる。
使用人に薬湯の投与を任せようかと考えたが、やはり自分でやることにした。少し前までは多忙を極めていたが、今の出世した慶明にとって、時間の余裕があった。部下も多く持ち、調合さえしておけばどんどん薬は作れるのだ。また母のこの状態をよくするために費やしてきた実験の時間はもう必要にないのだ。
これからはのんびりと医局を運営したり、後進を育てていくことになるだろう。
母親に3か月の投与を続け、容体が安定したことを確認して、次の患者へと向かった。相手は王太子の曹隆明だった。
重々しく美しい私室をそっと眺めながら、隆明の寝台へを恭しく参る。横たわっている隆明は少しやつれてはいるが、それがまた退廃的な美しさになっている。
「お薬の時間でございます」
「もう、そんな時間か……」
重そうに隆明は身体を起こした。彼は国家占い師だった胡晶鈴が都からいなくなってしまったのを機に、心に深いダメージを負ってしまった。陸慶明の母親ほどの壊滅的な状態ではないが、王太子妃の寝室に向かえない。男児を望まれているので、妻の寝室に向かえないことは王族として致命的なことだった。王太子妃が男児を産めなくても、次に来る側室のもとへも通ってもらわねばならない。この王太子の状態は王朝にとって、大きな問題なのだった。
この状態を喜んでいるのは、男児が生まれなければ自分の子である博行が王を継ぐことになるかもしれないと王妃だけはひそかに喜んでいた。博行はすでに夫人を娶り、男児を儲けているのだ。
椀を空け、隆明はそっと口元をぬぐう。その様子を慶明は静かに見守る。そろそろ効果が出るころだと見計らっていると隆明の頬に赤みがさす。
「久しぶりに庭を歩いてみようか」
よし。と慶明は効果を実感する。ずっと屋敷の中でこもっていた隆明が外に出ると言い始めたのだ。
「では、私はこれで……」
下がろうとする慶明に「待て」と隆明は止めた。
「忙しいのか?」
「今はそれほどでも」
「では、付き合え」
「は、御意」
隆明の言葉に勿論逆らうことなく、慶明は彼の後について庭の散策をすることになった。
「かあさま。さあ」
「ん? なあに?」
「これ、美味しいですよ」
「んー。あまり飲みたくない」
「そんなこと言わずに」
「んん。じゃあちょっとだけ」
飲んでもらわないと始まらないので、飲む気になった母に安堵する。飲みやすいように甘みをつけているので喜んで飲むはずだった。ごくんごくんと喉を鳴らして母親は飲み切った。ふうっとため息とついて、彼女はまた枕を抱いて何やら子守唄を歌う。そのうちに変化が見られ始めた。虚ろな目が慶明を直視し始める。
「慶明? あら、どうしたのかしら。なんだか頭が軽くなったような」
「かあさま……」
「まあまあどうしたの。そんな顔をして」
また正常な母に会えた嬉しさで慶明の表情は崩れる。母親はそっと両手で彼の頬を包み込んだ。
「そろそろ、あなたの兄と妹が亡くなって20年になるのね。かあさまもいつまでもこのままじゃいけないわね。孫の面倒も見なければ」
彼女の中では、時間の経過や現状がどうなっているか理解しているようだった。慶明は自分のこともちゃんと知っていてくれているのだと安堵する。
「そうだよ。かあさま。孫の明樹はおばあさまに会いたいと言ってる」
「まあまあ。あなたに似ているのかしらね? 早く会いたいわ」
「うん。かあさまさえ良ければ都で一緒に暮らしましょう」
「そうねえ。でも、ここから離れたことがないし、何より二人のお墓を見てあげないとね」
寂しそうな笑顔を見せるが、母とまともに会話ができるだけで慶明は満足だった。
「不自由があったらすぐに言って」
「ええ、ええ、そうするわ」
「かあさま……」
思わず抱きしめると「まあまあ、こんなに大きくなったのに甘えん坊ねえ」とまた優しく頬を撫でるのだった。朝になっても母の様子は安定したままで元に戻ってはいなかった。目が覚めた時、なつかしい粥のにおいが漂った。いつもより沢山食べてからまた都に戻ることにした。薬湯はしばらく5日に一度飲ませることで、より効果の安定を図ることができるのは自分で立証していた。3ヵ月続けると、もう薬湯は必要になくなる。
使用人に薬湯の投与を任せようかと考えたが、やはり自分でやることにした。少し前までは多忙を極めていたが、今の出世した慶明にとって、時間の余裕があった。部下も多く持ち、調合さえしておけばどんどん薬は作れるのだ。また母のこの状態をよくするために費やしてきた実験の時間はもう必要にないのだ。
これからはのんびりと医局を運営したり、後進を育てていくことになるだろう。
母親に3か月の投与を続け、容体が安定したことを確認して、次の患者へと向かった。相手は王太子の曹隆明だった。
重々しく美しい私室をそっと眺めながら、隆明の寝台へを恭しく参る。横たわっている隆明は少しやつれてはいるが、それがまた退廃的な美しさになっている。
「お薬の時間でございます」
「もう、そんな時間か……」
重そうに隆明は身体を起こした。彼は国家占い師だった胡晶鈴が都からいなくなってしまったのを機に、心に深いダメージを負ってしまった。陸慶明の母親ほどの壊滅的な状態ではないが、王太子妃の寝室に向かえない。男児を望まれているので、妻の寝室に向かえないことは王族として致命的なことだった。王太子妃が男児を産めなくても、次に来る側室のもとへも通ってもらわねばならない。この王太子の状態は王朝にとって、大きな問題なのだった。
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椀を空け、隆明はそっと口元をぬぐう。その様子を慶明は静かに見守る。そろそろ効果が出るころだと見計らっていると隆明の頬に赤みがさす。
「久しぶりに庭を歩いてみようか」
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「では、私はこれで……」
下がろうとする慶明に「待て」と隆明は止めた。
「忙しいのか?」
「今はそれほどでも」
「では、付き合え」
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