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10 婚礼

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 無事に王太子妃になる呂桃華が後宮に送り届けられた。婚礼の儀までの3ヵ月ほど、彼女は王妃と教育係によって後宮の礼儀作法などを教え込まれている。
 王子よりも先に、薬師の陸慶明が第一夫人を娶っていた。めでたいことに夫人は懐妊したようだ。

「よかったわね。これで跡継ぎに心配がないかしら?」

 胡晶鈴は新薬の安全性を占いに来た慶明に、笑顔を見せる。

「さあね。能力はわからないしな」
「あら。慶明と才女である奥方のお子なら申し分ないでしょう」
「どうだかな」

 王女たちや大臣の娘たちの教育係である女傅と慶明は結婚した。

「今年はおめでたいことが多いわ」

 心からそう思っているようなそぶりに、慶明は苦い思いを感じる。自分が結婚するかもと、話をした時も屈託なくおめでとうと言われた。幼いときから長く過ごしてきた晶鈴に特別な気持ちを抱いてきた慶明にとって、彼女のあっさりとした祝いの言葉は胸を痛めた。
結婚話が来たとき、家柄と地位の安定している女傅は慶明の野心にとっては魅力的だった。お互いに会ったことはなく、女傅の父親が将来有望な慶明を気に入って持ってきた話だった。女傅は教養はもちろん高く、性格もおとなしくて従順だ。お互いに仕事に誇りを持ち穏やかな生活を築いている。この結婚を失敗だと思うことは一生ないだろうと慶明は感じている。
しかし、晶鈴と結婚したらどうであったのか、それをついつい考えてしまう。彼女にプロポーズする勇気はなかった。全くその気がないのがわかっていたし、友人としての位置さえなくすのが怖かったからだ。

 太極府の者は生涯を独身で過ごすものが大半だった。特に結婚を禁じられているわけではないのに独りでいる。晶鈴を含む彼らは自分の血統を残したいと思わないものらしい。それゆえに『観る者』なのかもしれない。

「晶鈴は結婚したくないのか?」
「さあ。あまり気にしたことがないわね。今のままで何も困らないし」
「求婚されたらどうする?」
「占ってみてから考えるわ」
「そうか」

 明るく気さくな晶鈴は、慶明の野心をフラットなものに変えてしまう。自分の意志を変えてしまいそうな影響力の強さも、慶明が彼女を得たいと思う気持ちにためらいを見せるのだった。

 慶明には目標がある。流行り病で子供たち、つまり慶明の兄妹を次々と亡くし心を病んでしまった母を救うことだった。一時的に感情を回復させることもできたが持続はしなかったし、子を亡くしたことだけを忘れさせることも難しかった。枕のような布切れの塊をいつも二つ抱いて歌を歌っている。父はそんな母を疎ましく思い、家に寄りつかない。

 母を回復させるには、知識とともに経済力と地位が必要になってくる。金があれば貴重な薬草を調合することもでき、地位のおかげで遠方の珍しい素材を手に入れることができるのだ。母に効果的な薬ができれば、早馬を飛ばし飲ませに行っている。

 前回は貴重な龍の髭と、人の形をした西方の薬草、万土等胡等というものを組み合わせ煎じて飲ませた。効果は高く、うつろな目に光が戻り、子を亡くしたことと、慶明を認識した。母は慶明の医局での様子を聞きたがり、話すと顔をほころばせ「出世したのね」と慶明の頬を撫でた。
10年ぶりとも思える母との触れ合いはとても嬉しいものだった。もう青年であったがその日は母に甘えに甘え、一緒に眠ったが朝になると、また母は布切れの塊を二つ抱いていた。

 母のことは晶鈴にも話していない。晶鈴が両親を亡くし、母親の兄夫婦に大勢の子供たちと雑多に育ったことは知っている。そのことに比べれば、心の壊れた母でもいる自分はまだ良いのだろうかと思う。晶鈴と自分は孤独を知っているが違うものなのだろうか。

「難しい顔をしてるわね。これからお子も生まれて賑やかになるでしょうし、仕事も順調なのにね」
「あ、ああ、まあな」

 いつの間にか考え込んでいた慶明は、はっとして我に返る。咳ばらいをしながら「ちょっと今後のことで占ってもらえるか?」と空気を換えるように晶鈴に頼んだ。

「いいわよ。今後の、何?」
「うーん。これってことはないが」
「漠然とすると漠然とした答えが出てくるわよ?」
「それでいい。俺自身の今後ってことで」
「あら、そう? 珍しく適当な内容ね。じゃあ、観てみるわ」

 晶鈴は小袋を両手で優しく包み込むようにもんだ後、中から紫色の流雲石を一つとりだし台に置く。コトリ、コトリと5つ並べてじっと観る。

「どうだ?」
「そうね。何か新しいことがおこるわ」
「新しいこと? 子供か?」
「いえ。もっと元々あったことに変化がありそう」
「それは良いことか? 悪いことか?」
「おそらく良いことよ」
「ならばよいか」
「でも――」
「でも?」
「そのあと別離があるわ。悪いことではないけど」
「別離……」

 まさか母ではあるまいなと考えるが、彼女は身体はいたって健康だった。もちろん慶明の薬の効能も大きい。出産時に夫人の身に何かあるのではないかと心配になってきた。その気持ちを察したのか「大丈夫よ。命には関係ないと思うから」と晶鈴が笑顔を見せた。

「そうか。それなら。別離つきものだからな」

 ほっとした慶明は「さて、そろそろ」と腰を上げる。

「お疲れ様。自分のことも養生してね。ちょっと働きすぎじゃない?」
「ははっ。それは大丈夫だ。強壮剤を飲んでいるからな」
「まったく薬ばっかりに頼っちゃって」
「それが仕事だからな。じゃあ、また」
「またね」

 いつもと何も変わらないと思う晶鈴を眺めると、慶明は安心した心持になる。もう少し着飾れば、後宮入りもできそうなのになと素朴な彼女と、彼女そのもののような質素な住まいを後にした。
 
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