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6. 襲撃者と謎の少年

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 一週間が経った。
 私はあれからもずっとホクトの星座を探してみてるけど、全然ダメ。
 ホクトは何も思い出さない。星から来たって、本当の話なの? でも嘘を付いているようには見えないし、何より「子こぐまがしゃべってる」っていう不可思議なことが起こってるのは事実だからなぁ。
 そしてホクトの自由すぎる行動も変わらなくって。


「? 誰ですか、今は合唱中ですよ。リコーダーを吹かないでください」
「ホクト……っ!!」
 音楽の授業中、ホクトが勝手にリコーダーを吹いてたり。

「ふふっ……」「くすくす……」
「何ですか、さっきからみんな笑って」
「ふふっ……先生あの、その、カツラズレてますよ」
「白い毛玉みたいなのが飛んできて、その時にズレたよな」
「ホクトってば!」
 数学の授業中、ホクトが先生のカツラを取っちゃったり。

「あれ? ゼリーってさっき余ってなかったっけ。無くなってる」
「えーゼリーのおかわりジャンケンしようと思ってたのに」
「これおいしいね、ナナセ!」
「ホクト……」
 給食中、ホクトが勝手に余ったデザートを食べちゃったり。


「好き勝手しすぎだよ!!」
 ホクトに、そう怒ったこともあった。けど全く止めてくれないの。
「ごめん! でもちゃんと、隠れながらやってるよ!」
 隠れてるからいい、と思ってるみたい。隠れてても、みんなに迷惑かけてるんだよ?
 あせるのは私だけで、ホクトはのんびりしてるから拍子抜けしちゃう。私ばっか必死になってて……。
「ホクト……私にはできないかもしれない。あなたの星座を見つけるのは」
 とぼとぼ。学校の帰り道を歩きながら、私はそう言った。
 その時ちょっとだけ、最低な期待もしてたんだ。
 ホクトが私の元を離れて、星座・神話探しを他の人に頼んでくれないかな……って。だって私には。できない。ホクトのことは嫌いじゃないけど、いつか私の中のなにかが爆発しちゃいそうだなって、思うの。
 でもホクトはくったくのない、純粋な顔できらきら笑った。
「できないなんてことはないよ! ナナセならできる!」
 私から離れてくれる気配なんて、全くない。
 ため息が出そうになるのを飲みこんで、私はあいまいに笑った。
 ホクトを抱いた私の影が、前に、前に。黒くずっと伸びていく。
 夕日が、私の後ろで沈んでいく。ということは、前からは夜がやってきているはず。
 影ばかり見つめていた視線を、少し上げた。
 案の定、夜の色がじわじわとやって来ていて。気の早い一番星は、まだ少し明るい空で光っていた。
 おかしいな、星を見たら「がんばろう」って思えるのに。ずっと心がモヤモヤするのは何でだろう。
「? ねぇねぇナナセ、あれなんだろう?」
 ホクトの声でハッと我に返った。
 両腕の中の白くまが、短い前足を前に伸ばしていて。私たちの歩く道の先に……
 ……え、なに、あれ。
「ひ……羊?」
 なんでこんなところに!?
 羊がいるのは、そう、ちょうど長く伸びた私の影の先っちょ。私が驚いたことで揺れた影に合わせるように、ゆうらりと羊も体を揺らす。何、ちょっと、怖い……。
 その羊は、パッと見た限り、普通の羊。大きい角に、もこもこの大きい体。動物園で見る羊と、変わらない。でももこもこの毛皮が、灰色にくすんでいる。元々の毛の色じゃない……汚れちゃってるみたい。
 そして、イッコだけ、普通と違うところもあった。
 ……額に、黒い宝石みたいなのが、埋めこまれてる。
 ゾクッッッ!!!!
 体全身に、ふるえが走った。
 何、あれ。何あの黒いの。でも、分かる。おでこにあるやつ、ヤバい感じがするよ!!
「ひつじ、もこもこだね! ワタシさわってみたいかも」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
 ホクト、分かってないの? あれ絶対近づいたらダメなやつだよ。
「うーん……たしかに、あのオデコにある黒くてピカピカしたの、あれいやなかんじがするかも……」
 可愛らしい表情がだんだんくもっていく。
 いやな感じ? 私は「怖い」と思ったけど、それとは違うのかな。
 とりあえず逃げよう。どこから来た羊なのかは分からないけど、中学生の私にはどうすることも出来ない。大人に助けを求めるか、交番に行って、警察の人を……。
「って、何でついてくるの!?」
 タカタカタカッ!
 アスファルトを蹴るひづめの音。
 目がギラギラ光ってて、草食動物のはずなのに、肉食動物に追いかけられてるみたい。何で私を追いかけてくるのよ~っ!
「おにごっこしてるみたいだね!」
 ホクトはまたそんなのんきなこと言って!
「ねぇナナセ、ちょっと分かったよ」
「なにが!?」
 羊、足早い! 私の足じゃ追いつかれちゃう!
 角を曲がって、上手く隠れるしかない。急転回で右に曲がった私の腕の中、「わぁ」と声を上げながら、ホクトが言う。
「あのひつじさん、星座だよ! ワタシと同じにおいがするの!」
 星座!? ひつじ、と言えば牡羊座……? でも牡羊座の羊は、金色の毛皮のはずだよ。
「じゃあホクトの友だち!? 何とかできるならしてよ!」
「えーどうだろう。ワタシ記憶がないんだもの。それにナナセだって、おなじ地球上にすんでる人と全員友だちってわけじゃないでしょ?」
 それはそうだけど!!
 何とかする方法が分からないのなら、星座だろうが何だろうが逃げるしかないよ。
「あっ!!」
 住宅街の曲がり角をくねくね曲がって逃げていた私。目の前は行き止まり。
 行き止まりにならないように逃げてたつもりだったのに! 慌ててて間違えちゃったのかも。
「ど、どうしよう」
『ンメェェェェェェ……』
 後ろから、低くうなるみたいな羊の声。
 震えながら、振り向いた。
 いる。額に黒い宝石を持った、羊。
 あたりはすっかり暗くなって、黒い宝石は夜を吸いこんだみたいにぼう……っと浮かび上がっていた。
 羊のうす汚れた毛皮は、夜に溶けて真っ黒。目と宝石も、光を失っちゃったように闇を放っていて。闇の中に飲み込まれそう。
『メェェェェェェェェェッ!!』
「きゃあっ!」
 羊が、私とホクトに向かって飛びかかってきたっ!
 私は目をつむって横に転がる。もう、無我夢中。羊は私がいた場所の壁にガンっとぶつかった。
『メェェェェ……』
「ご、ごめんなさい!!」
「ナナセ、ごめんなさいしないで早くにげよ!」
 そ、そうだね。
 羊がこっちに飛んできたおかげで、羊にふさがれてた道が今は空いてる。元の道に戻って逃げよう……っ。あ、待って、まずいよ。
「ナナセ?」
「どうしよう、動けない……!」
「えーっ!? どうして!?」
 ひ、ひざが上手く動かないの。力が入らない。動かなきゃいけないのに。
 どうしよう……!
『……レェェェェェ』
 え? 今「メ」じゃなくて「レ」って言わなかった?
 そんなこと、考える間もなく、動けない私に羊が駆け出す。
 こ、今度こそダメかもっ!

「右手を上げろ」

 一瞬の隙間に。
 静かな。こんな緊迫した状況に、静かな静かな声が、私の耳に届いた。
 誰……? 男の子の声、みたいだけど。
 だけど私はパニックで。
「み、右手!?」
 深く考えずに、声の通り右手を夜空へ突き出した!
 そのひとさし指に、はまったのは。

 どこから現れたのかも分からない、一つの大きな宝石がついた指輪。

 えっ何で指輪!?
『エエエェェェェッ……』
 羊の叫び声でハッと顔を前に戻す。
 襲ってこようとしてた羊が後ずさりしてる! まるで眩しいみたいに目をつむり、苦しそうに顔を歪めて……この指輪のおかげ?
「その指輪で星をつむげ、少女」
 また、さっきの男の子の声!
「神話を作ることでもかまわない。あの羊を『本当』に帰すんだ」
 神話って言葉に耳が痛くなる。また神話? 神話を読むのは好きだけど、作るのは出来ないってば。
 この声、誰なの? それに上から声がしているけれど、一体どこから?
 顔を上げる。そして、私は思わず息を止めてしまった。
 ……夜の色だ。その少年を見て、一番最初に、そう思った。
 真っ黒な髪に、全身真っ黒な服。その表情も、何ていうかクールで、夜みたいに静かな顔をしていた。ちょっとカッコいい……けど、笑ってないから冷たくも感じる。そんな真っ黒な彼だけど、それとは反対に、肌は真っ白だった。そして、すごく違和感をおぼえるのが、目。
 ほんのり白っぽい、青色。
 この青色が、真っ黒の中にぼんやりふたつ、浮かんでる。まるで、夜空に一等星が瞬いているみたい。
 すぐそばの一軒家の屋根の上に、男の子がいる。なんでそんなところに。
「なぁに? あの子誰?」
「さ、さぁ」
「早くした方がいい。あの羊は君を、そして特にくまを狙っている」
 くまって、ホクトのこと?
 なんでそんなこと知ってるの?
『メェ!!』
 なにかにひるんでいた羊が、また顔をあげた。
 なに、どうしたらいいの? あの男の子が言うにはこの指輪でなんとかできるの? 分からないよ、星を作る? 神話を作る? もう、頭ごちゃごちゃだよ!
『メェェェ』
「っ!!」
 羊がもう一度飛びかかってきた。
 ……っ、やっぱり無理!!
 私は左手にホクトを抱えて、右手は頭をおおうようにかかげた。

 ピカァァッ!!

 また、指輪が光った。
『メッ……』
 元気をなくした羊の声。たったと走る音が、私から遠ざかっていく。に、逃げて行った……?
「ひつじさん、にげちゃったね!」
「うん……何だったの……?」
 私と、特にホクトをねらってるってどういう……そうだ、あの男の子!
 視線を戻すけど、もういない。さっきまで、そこの屋根の上にいたはずなのに。
「何だったの……?」
 もう一度、つぶやく。
 あの男の子、何かを知ってた。この指輪も不思議だし、「星を作る」なんてホクトと似たようなことを言って。きっと普通の男の子じゃないよね?
 ホクトは、あの男の子のこと何か知らないかな?
「へへ、おにごっこみたいでちょっと楽しかったかも!」
 ……この調子じゃ、聞いてもムダかなぁ。
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