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蜜月の過ごし方③

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 アナルセックスをするためには毎回入念な下準備がいる。洗浄と、ほぐす作業だ。普通のゲイカップルがどうしてるのかは分からないが、椎原は洗浄だけやってほぐす作業は毎回岡地にやってもらっていた。そっちの方が自分でやるより気持ちいい。岡地も岡地で文句一つ言わずにやる。

「んんっ……ふ、う」

 すっかり椎原の良いところを覚えた岡地に、すぐ声が出るようになった。他の愛撫と同時にされるのが気持ち良くて、椎原は好きだ。抱かれてる、という感覚が強くて、声を聞くと自分でも興奮する。

「もういいだろ、三本入ってる」

 男の指が三本入って出し入れしてれば、それは本物と同じようなものだ。だったらもう本物が欲しいと椎原は思う。それを見透かしたように岡地が笑った。
 
「最初は一本でも無理っつってたのにな」
「う、るせ」

 努力の賜物だ。
 指が抜かれても、椎原は仰向けで足を広げて寝る。だらしないと思うがすぐ次が来るならこのままでいいかと動く気がない。岡地がコンドームを装着している姿を見て、やはり風呂場のときと同じような妙な興奮を覚えた。あれが入るのか、と気恥ずかしい。

「何ガン見してんだ」
「見てねーし」
「心配しなくても入れるぞ」
「何の心配だよ……」

 先端をくっつけられると、それだけで期待して穴が少し開いた。口は軽口を叩くが、心臓はバクバクしてる。見てないと言いつつ、椎原は体を起こして入っていく様子をずっと見ていた。

「あ……あっ、あっ!」

 真っ直ぐ、ゆっくり、無理をかけないように挿入する。前立腺部分に到達し、押し上げられると一際声が出た。

「ははっ、入った」

 息を吐くついでに笑って岡地は根元まで入ったことを告げた。先端から中にじわじわ包まれていくのは岡地も感じる。久しぶりの挿入と、椎原を抱いてるという充実感でいっぱいだ。願いが叶った。
 岡地は椎原とセックスがしたかった。ずっと昔からだ。
 岡地にとって椎原は唯一の存在だ。兄弟みたいに育った幼馴染。友達。家族。あと、恋人が揃えば完璧だと思っていた。本当に、切々と思っていたから、自分の下に居る椎原を見てたまらなくなる。

「……動かねぇの?」

 じっと見てくる岡地に椎原が聞く。動かない岡地に焦れて、接合部のあたりを指でなぞる。本当に入ってる、と境目に触れて実感した。

「痛くないのか」
「全然。てかもう、すでに気持ちいい」
「すげぇな」
「ずっと押されてる、いいとこ」

 大きく息をしながら、椎原は岡地を動かそうと誘い続ける。じんわりと中を押し広げられてるだけじゃ焦れる。体制的に入りきらず外に出てる根元部分を撫で、岡地の息が詰まるのを見る。

「……痛かったら言え」

 岡地は優しい。それはいつも丁寧な行為の中に表れている。だから椎原は何の心配もしてないのだが、「ん」と頷いた。律動を開始すると、思ったとおり、岡地はちゃんと椎原の気持ち良いところを突く。

「んっ、あっ……あっ」

 とんとんと先端で前立腺を叩かれる。気持ちがいいそこを刺激されると勃起が強まる。出し入れされる振動で、触られずとも勃ったままの前が揺れた。
 わざとなのか偶然なのか、突いてたら滑って奥まで入った。

「あっ、それ、気持ちいい……っ!」

 ぐーっと通り過ぎながら押しつぶされる。圧迫されて気持ちがいい。抜かれるときまでずっと当たってるのがいい。擦れる。
 奥まで入れても感じると分かり、岡地は椎原の両足を担いだ。足を体の方に押して折りたたませて、尻を上げさせる。

「あっ、やば、奥当たるっ、あー……ッ!」

 奥にも入るし、動きも大きくなる。ぱん、ぱん、と以前の手コキとは比べ物にならない質量がぶつかってくる。気持ちが良くて、椎原はどんどん足が開いていった。足の間で、いつも慎重で椎原が良くなるよう気を配っている岡地が、息を荒げて乱暴に腰を打ち付けていた。その姿を見てるとぞくぞくする。
 ああもう。

「はあっ、好きだ、岡地」

 好きだなあ。
 諦めたように椎原は思った。自分に向かって腰振ってる男が可愛くて仕方ない。

「好き」

 声を上げる合間で告白を繰り返した。岡地の目が細まる。応えるように口が動くが、言葉は出てこない。仕方ないやつ、と椎原は両手を広げる。自分の体を抱くよう要求し、応えようと近づいてきた岡地の体を引き倒す。

「ぐっ……! この」

 馬鹿力が、と岡地は椎原を罵ろうとしたが、ぎゅう、と抱きこまれて言葉が詰まった。入ってるものが抜けないように、椎原は足を岡地の腰に絡ませ、尻を浮かせた。下半身が不安定な分、上半身でしがみつく。「クソ」と一回悪態づいてから、岡地はそのまま腰を動かした。

「あっあっ、……ッ!」

 先に椎原がいった。気持ち良すぎて声が出ない。達してる最中も岡地が動きをやめないから、射精したものが散らばる。中でいくと余韻がなかなか引かない。それを岡地にしがみついてかき回されている内に、岡地も達した。



「だから何でお前はすぐ煙草行こうとするかな~」
「離せ、馬鹿力」
「俺今動けないから追いかけられねぇんだって! 話あるからここいろ!」

 行為後、一服しに行こうとする岡地を椎原が引き止める。寝転がったまま、岡地の腰に抱きついていた。足腰立たないと言うわりには腕だけですごい力だ、岡地は身動き一つとれない。何とか立ち上がろうとしていた岡地だったが、諦めてベッドの縁に腰を下ろす。

「何だよ、話って」

 初夜を終えたばかりだというのに、岡地は舌打ちしてから話を聞く。いつも通りで事後の余韻もムードも無い。ただ、腰に抱きついたままの椎原の手に自分の手も重ねた。

「岡地、帰ってきたとき何か不機嫌じゃなかった?」

 椎原は、お風呂の扉を乱暴に岡地が叩いたときのことを聞く。

「いや、全く」
「嘘つけ、表情無かったぞ」
「元々そんなに表情無いだろ」
「いや、お前結構笑うよ? 人に嫌味言うときとか特に」
「そりゃ、性格良くなったみたいで何よりじゃねぇか」
「あー違う違う」

 ついつい喧嘩腰になるのは二人の悪い癖だ。今も椎原は、自分が風呂場で勃起してたのにそれを全くいじらなかった岡地をおかしいと言いたかったのだが、内容が内容なだけにどう伝えたものか分からず、嫌な言い方をしてしまった。慌てて否定する。

「まあ、気のせいならいいんだけど……俺お前と初めてやるの楽しみにしてて、でもそれがストレス発散に使われたんなら釈然としねぇなあ、と思ってさ。何か嫌なことあった?」
「…………」

 岡地は黙って椎原を見下ろす。眼差しに答えるように「ん?」と笑みを浮かべて首をかしげる夫に、はー、とため息をついた。

「別にストレス発散のつもりじゃ……つーか何で分かるんだよ、お前まじで嫌だな」
「それは幼馴染だから~!」

 椎原は自分の観察眼が正しかったことを喜び、重ねられた岡地の手をニギニギする。図星をつけて嬉しい。だが岡地が嫌なことの内容を喋り始めるのを待って、最初に出てきたのが会社の事務の女性名だったから驚いた。
 それは、岡地と結婚したばかりの頃、浮気していいと言われた椎原が一度飲みに行った女子社員だ。

「俺に様子聞きに来たぞ。最近椎原さんとはどうなんですか、って」
「何で岡地? 直接俺に言えばいいのに」
「知らねぇよ。お前が半端なことしたからじゃないのか」
「いや、あの頃はこんな感じになるとは思ってなかったから」

 女子社員とは飲みに行った後、「しばらく二人で会うことは出来ない」と椎原は断った。まだ告白もされてないのにはっきりと振ることは出来ないし、岡地に対して恋愛感情があるかどうかも分からなかった頃だ。でも結婚はしてて、しばらく他に恋人を作る気もない。一番ベストの断り方だと椎原は思っていた。

「え、お前それ何て答えたんだ?」

 会社でずばり椎原との関係性を聞かれた岡地は、まだ本人にすら明確な言葉を伝えていない。他人に聞かれたら何と答えるのか。また凄い顔で睨みつける岡地に、椎原は楽しげに詰め寄る。

「好き同士です、愛し合ってまーすって言った?」
「言うわけねぇだろ」
「んだよ、半端にすんなよな」
「ああ?」

 自分が椎原に言ったことを返されて、苛つく岡地。だがすぐに顔に笑みを浮かばせて、

「心配すんな。お前もう振られてたぞ」
「え? ……あ、そういうこと?」

 てっきり女子社員はまだ自分に気があるから様子を聞きに来たのだと椎原は思っていた。だがそうではないと岡地が言う。もう気がないから、椎原にそのつもりがあったら困ると思って牽制しに来たのだと。

「そういうことか~」

 勘違いしたことが恥ずかしいような、くやしいような。だから自分に直接ではなく、岡地に聞いたのか。椎原はそう勘違いして、枕に顔を突っ伏して埋めた。
 
 そう、勘違いだ。岡地の嘘だった。
 
 女子社員はまだ椎原のことが好きだった。それを岡地に伝えた上で、岡地と椎原はどのような関係なのか確かめてきたのだ。岡地は両思いだとも好きだとも言わなかった。ただ「惜しいことしたな、もっと早く手を出してれば良かったのに」と。
 事故後の椎原は一人で、とても寂しくて、いくらでも付け入る隙があった。そのとき言い寄っていれば簡単に落ちただろう。でも実際、側に居たのは。
 そんなことを考えていれば、早く自分を受け入れてもらいたいと行為を急くのは仕方ないことなのではないか。

「てかそれが嫌なこと? 岡地可愛いじゃん」

 岡地が椎原に気のあった女性と喋ったことで機嫌を損ねた。それは嫉妬だと椎原は言う。

「別に嫌じゃねぇ。面倒なだけだ」
「何で~? 俺は嫉妬するよ? お前評判いいもん、仕事出来るし、いつも身なり整ってるし、近寄り難い感じなのに外電も積極的にとるし、弁当箱も来客用の湯のみもきちんと洗うし、飲んだら可愛いからギャップすごいって」
「ちょっと待て、何で俺が酒弱いの知ってんだ。他部署と飲んだことねぇぞ」
「それは俺が言いふらしてるから」
「またお前が話広めてんのか!」
「めちゃくちゃ言ってる」
「やめろ!」

 もうそれは女性陣に評判がいいとかそうじゃなくて椎原に合わせて周りが言ってるだけじゃないのか。女子トークみたいなものにもすんなり入っていく椎原は、他の女子と同じノリで自分の夫の惚気話もしている。他にも業務中の些細なことを見られてると知り、岡地は給湯室に行きづらくなった。

「くそ、これだから中小企業は……」 
「元大企業マウントやめてぇ?」

 関わる人数の少なさと、人付き合いの無神経さにいらつく岡地。
 
「お前がそうやって軽く喋るから、誰も結婚のこと本気にしないんじゃないか」
「あー、それはあるかも。俺全然隠してないんだけど、仲良いんですね~で終わる」

 岡地と椎原の結婚、もといパートナーシップ制度については社内全員が信じている。事務に書類を提出したからだ。でも最初はそこに恋愛感情が無かったせいか、椎原がいくら惚気ようとも二人が本当の夫夫になったことなど誰も気付かない。だからまた言い寄られるのだ、と岡地は思う。

「面倒くせぇな。指輪でも作るか」

 岡地は自分の手を握る椎原の手を見ながら提案した。ちょうど左手だった。
 左手は結婚指輪だ。

「いいねぇ~!」

 形があるものがあると、やはり信用される。それは周りだけじゃなく、当事者二人自身もだ。だから椎原は二つ返事でその提案に乗り、次の休みには本当に指輪を作りに行った。
 翌月には完成し、宅飲みにやってきた友人二人に「ガチじゃん!」と信用され、早速その効力を発揮した。
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