蒼の捕物帳

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白鷺の出雲

第三話

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 出雲が目を開けたのは、あれから三日経ってのことだ。
 辺りは白い明かりで満ちている。
 どうやら、日の高い時間と思われる。

「目が覚めたか、青鷺あおさぎ出雲いずも

 布団の傍らに、誰かが座っていた。

「アンタは! ……っ!」

 出雲はその顔を認識するや、飛び起きようとしたのだが、身体に痛みが走り、起き上がり半ばで布団へと倒れ込んでしまう。

「無理をするな。全身を相当痛めつけられている。そのまま寝ていて構わない」

 布団を優しく掛け直したのは伊織いおりだった。

「スマン、菩薩の親分」

 出雲は痛みの中、相手に目礼を送る。

 そう、柳屋の主、伊織もまた、出雲と同じく盗人だったのだ。

 だが、その規模は出雲のいた小さな白鷺一味とは比べ物にならない程の大規模で、最盛期の頃は手下の数は二百を超しただろうか。
 柳一味を束ねる菩薩の伊織といえば、全国の盗人の中でも名を知らぬ者はいない。

 そして、その伊織の顔を知るのは一部の幹部と、気心知れた他の一味の頭だけという。
 出雲は、先代の白鷺とは何かと一緒だったので、何度か対面したことがあるのだ。

 先代の白鷺と伊織の関係であるが、元は白鷺が盗人修行として若い頃に世話になっていたのが柳一味だという。
 まだ幼かった柳一味の四代目跡取り息子である伊織の世話を何かと焼いていたのが、先代の白鷺なのだそうだ。

 伊織は懐かしい笑顔を出雲へ見せ、

「なに、昔のよしみだ。白鷺の親分さんは元気にしているか?」

「……それが、昨年、風邪でぽっくりと」

 伊織と最後に会ったのは、二年ほど前か。
 そのときはまだ、先代は元気だったことを思い出し、出雲は袖で目元を拭う。

 伊織はというと、彼もまたしんみりとした表情で、ぽつりと、

「あぁ、そうか……もう一度会って、ゆっくりと酒を酌み交わしたかったよ」

「うちの頭もアンタに会いたがってた。菩薩の親分はここにはおつとめで?」

 何処か盗みにでも入るのかと出雲は話題を変え、表情の和らいだ彼に思わず伊織は顔を背けた。

 初めて八坂に会ったときは、あまりにも出雲に似ているので驚いたものだ。
 だが、今は出雲が八坂に似ているという認識があってか、出雲の方に驚いてしまう。

 あの日の夜、出雲が倒れているのを発見し、思わず八坂と見間違い、一瞬とはいえ、うろたえてしまった。

 伊織は出雲から八坂の面影を消そうと、軽く息を吐いて気を落ち着かせる。

「……まぁ、そんなところだ。お前は?」

「俺ぁ跡を継いだが、継いで早々の仕事が失敗に終わりそうで」

 溜め息を吐く様子に、いつもは糸の様に細い伊織の目が刀のように鋭く光る。

「ほう、それはまた、どうして?」

「菩薩の親分さんだから言うが……」

 出雲は八坂家へと入り、住み込みで情報を収集していたこと、そのうちに八坂家の人々がどれだけ働き者で、勤勉で、人柄の良いことが身に沁みて分かってきたことを、とつとつと話し始めた。

「盗みに入る家を間違えちまったんだ」

 その間、伊織はただ頷くだけで。

「それで、これからどうする?」

「俺を襲ったのは恐らく寅蔵だろうな。テメェの手下は、テメェで始末をする。全てを終わらせて、八坂家から出て行く」

「……そうか」

「なぁ、菩薩の親分さん」

 出雲はゆっくりと起き上がりながら、寂しそうな表情でこう言った。

「時代の流れと共に、盗人の誇りも流されちまうのかなぁ」



 出雲が柳屋の裏口から出たのは、日が暮れてからのことだった。
 大事そうに長い包みを抱えて、夜道に消える。
 その出雲は役宅の近く、作治の長屋を訪れたのは月が大分傾いてからのことだった。

「作治、俺だ」

 聞き覚えのある声に、作治は素早く戸を開け、中へと引き入れた。
 そして、明かりの中で痣だらけの出雲に、作治老人は息を呑んだ。

「ど、どうしたってぇんだい!」

「寅蔵にやられた。あいつ、急ぎばたらきだなんだと急にぬかしゃがって……お陰でこのザマだ」

 そう言いながら居間へ上がり、どっかりと腰を下ろした。

「けっ! 盗人の風上にもおけねぇ!」

 作治は土間で腕まくりをして息巻き、

「何ならね、俺ぁ一っ走り行って、仇を取って来てやりやしょうか! テメェの頭になんてことしやがるんだ、あいつぁ! それよりも、どうして頭になった三代目が、今もこうして引き込みなんざやってるんだか。これじゃ、あの世の白鷺の親分に顔向け出来やせんよ!」

 憤慨する作治の様子に、思わず笑いが出てしまった。

「ふふ……」

「何が可笑しいんでさぁ? 悪くねぇでしょうよ、自分のお頭が痛い目に遭ってんだ」

「いや、おめぇはここにいろ。俺が終わらせる」

 出雲はそう言って、抱えてきた包みをぽんと叩いた。

「そいつぁ何ですかい?」

「俺が倒れたときに拾ってくれたのが、運良く菩薩の伊織親分でな」

「げぇ!」

 大物の名前が出たものだから、作治老人の目がみるみるうちに見開かれた。

「この話をしたら、良い物を貸してくだすったんだよ」

 包みを解き、頭を覗かせたのは刀の柄頭。

「凄いのをお持ちだ、あの方ぁ。それで、寅蔵を、し、始末なさると?」

「殺しはしないさ。最悪、おつとめが出来ないよう、片腕を切り落とすことになりそうだがな」

 切り落とすという言葉に、作治の喉がごくりと鳴った。青褪めた顔で、

「お、俺も行こうか?」

「作ジィはここに残れって。もう歳なんだから。引退しろよ」

 酷く落ち着いた様子に砕けた口調で、噴火寸前だった作治の怒りは鎮まってくる。

(大丈夫。待ってろと言うのだから、三代目は寅蔵をとっちめて戻って来るさ)

 作治は顔色を取り戻すと、気合いを入れるように強く出雲の背を叩いた。

「お前ぇに言われなくったって、この仕事が終わったら、金をとっとと貰って湯治にでも行くさ!」

「ってぇ~……まだまだ働き盛りじゃねぇか」

 まるで自分のことのように怒り、心配する作治。
 彼のころころ変わる表情を眺めながら、大切にされているということに笑みが零れた。



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