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第二部

◆ ザンの一日 朝編

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  午前五時半。
 俺と言う紳士は心地よい鳥のさえずりと共に、今日も目を覚ます。

 外の日はまだ少し暗く、日の光を満足に浴びるということもできないが、まぁ、俺にとってはこれが丁度いい。
 むしろ昔の俺からしたら五時半は遅いくらいだ。忙しいときは四時起きだったからな。

 とはいえ、一般的に言えば俺はかなりの早起きだろう。
 だが、なんという偶然か……それとも喜ぶべき運命か。剣術の鍛錬に勤しみたい、勤勉で可愛い俺の相棒は、俺とほぼ同じ時間に起床する。
 今頃、彼女も隣の部屋のベッドの中で瞼を擦っているだろう。

 このまま部屋から出たら、髪がボサボサで目もガサガサなノットジェントルな俺を彼女に晒すことになる。それは避けたい。
 故に、ある程度髪をセットして、濡れたタオルで顔を拭き、最悪人前に出れるか否か程度の身だしなみは整える。

 そこまでしたら、いざ、自分のへやから旅立つのさ。
 こうして廊下に出たら、同時に隣の部屋の戸も開いた。


「おはよう……ロナ」
「んぁ……? あ。ザン、おはよっ」


 ふむ、寝起きだが相変わらずの美しさ。
 思わずこうして、心の言葉が漏れてしまうぜ。


「今日も今日とて、起床してすぐにどんな花よりも美しく麗しいレディをこの目で拝めるなんて……ああ! 俺は富んだ幸せ者じゃあないか?」
「今日も言いすぎだよ。でも、ありがと」


 毎日褒めすぎてロナの反応がどんどん薄くなっていってるが、うざがられず礼を言われるだけ良しとしよう。
 癖だから抜けないんだ、これが。ちなみに故郷にいた頃のこの挨拶のターゲットは妹達とかーちゃんだった。
 

「さ、今日はこの紳士お手製の朝食を初めて振る舞う日だったな。たしか朝は三、四人前でいいんだったか?」


 昨晩、ハーピィのお姉さんがボスだったダンジョンから帰還し、その後夜食として久しぶりにロナに料理を食べてもらった。
 前のダンジョンの魚類の魔物を使ったツミレ入り魚介スープだ。

 そうして、この家の台所の使い勝手の確認も終わっため、今日より本格的に、余裕があれば俺がロナの胃袋を満たしていくのさ。
 家を買う目標を立てた時ぐらいから、話し合って決めていたことだ。料理は俺の紳士的な趣味の一つだからな。


「うんうん、でも前も言ったけど作るの大変だったらもっと少なくてもいいからね?」


 そう、驚くべきことにロナの大食いは俺と出会ってから始まったらしく、本来の彼女の食事量は一般人と同じらしい。叔父さんからそう聞いた。今までそれで普通に生活できていたみたいだ。

 かと言って、昔は昔。今の彼女の趣味は食べることに変わりない。
 俺は料理するという趣味を存分に楽しませてもらうんだから、そのお返しに、彼女の趣味も満たさなくちゃいけないと考えている。
 

「ははは、なに。心配はないさ。むしろ腕が鳴って仕方ないね」
「そっか、じゃあお願いします。私はいつも通り一時間くらい訓練室で鍛錬してるね」
「ああ。できたら呼ぶよ」
「ありがとぉ」


 というわけで、起きて顔を合わせてすぐだが、ロナとは今から一時間と少し、離れることになる。ちょっと寂しい。
 さ……まずは湯浴びをして身を清め、しっかりと身嗜みも整えなきゃな。料理人は清潔さが大切なのさ。

 ──── で、それから午前七時を少し過ぎて。


「さ、召し上がれ……」
「わぁ!」


 朝食が出来上がったと伝えたら、飛んでくるようにロナはリビングへとやってきた。

 元気なことだ、さっきまでメチャクチャ運動してただろうに。
 そして朝食後もすぐにトレーニングに戻るためか、彼女はそれ用の非常にラフな格好のまま席に着く。

 やはり運動するならば動きやすい格好というのは鉄則だが、ロナは平時、長袖にロングスカートというスタイルが普通なので、このように胸元が緩く肌色が多めな服装はちょっぴり俺の少年の部分が戸惑うんだ。ほんと、ちょっとだけな。そろそろ慣れるだろうが。……本当に慣れるかな?
 
 それはそれとして、どうやら俺が初めて振る舞う朝食は満足してもらえる内容だったようだ。彼女が黄金色の目を輝かせている。
 
 半熟トロトロ絶妙な塩加減と焼き具合の目玉焼き二つ、カリカリのベーコン二枚、昨日の魚介スープの残りにたーっぷりの野菜を煮溶かした一皿、こだわったバターで戴くバケット。
 それが俺の分で、その三倍が彼女の分だ。


「いただきますっ! あむ……んっ! ぁ、ああっ……はわぁ……! お、おいしい……今日も本当に美味しいっ! 幸せっ……!」
「そりゃあ、よかったぜ」
「朝からこんな美味しいもの食べれるなんて私、どうにかなっちゃいそう……!」


 心の底から幸せそうな顔。ははは、俺もつられて同じ顔になるな。
 そう、「美味しい」「幸せ」という言葉と、このうっとりとした表情が欲しかった。欲しくて欲しくてたまらなかった。

 俺と彼女の趣味は噛み合う。前々からそう思っていたが、やはりその予想は大当たり。
 彼女の欲す美味いものを俺が提供し、俺が欲す幸せそうな表情を彼女が与えてくれる。コンビとして最高じゃないか?


「うん、やっぱりザンのお料理が一番好き」
「そりゃあ嬉しいぜ。まだ三回しか御馳走できてないがな」
「それでもだよ。なんというか、趣味が合うっていうか、好みが合うっていうか? そんな感じなの。なんて言ったらいいかわかんないけど。とにかくプロレベルなのは確実だよ、うん」


 プロレベル……ま、能力がそうだからな。そうなんだろう。
 おっと、ロナの幸せそうな顔をうっとり眺めすぎて、自分の分を食べるの忘れてたぜ。紳士としたことがウッカリさんだな。

 ひとまず口の潤いを求め、スープを一口。
 ……うん、想定通りの味だ。悪くない。やはり想定通りに行かなかったのはあの一度だけか。

 実は、前にダンジョンの中で料理を振る舞った時……そう、ロナに初めて俺の料理を食べてもらったあの時は、何故か村にいた頃より腕がやたらと落ちていたんだよな。
 彼女は喜んでくれていたが、俺は内心、自分の料理の味に不満しかなかった。

 野外で、調理器具も十分というわけではなくて、数週間ぶりの調理だったからか? 
 いや、それだけの理由であそこまで味が落ちるのだろうか。なんなら味だけでなく包丁さばきも悪かった。

 なんだったんだろうな、あれは。よくわからない。
 今より一段階劣るとはいえ『料理上手』ではあったはずだが。

 ま、スランプだったんだろ。気にしても仕方ないな。


「おいしかった、ごちそうさまっ!」
「はや……お粗末さまだぜ」
「ふふふ、本当にいい気分。洗い物、流しに置いてあるのと私の分、やっちゃうねー」
「ああ、サンキュ」


 俺が食べ終わる頃には半分終わっていたので、俺の分を合わせた残り半分を一緒に片付けた後、食後の紅茶を淹れた。
 隣同士並んで楽しく家事をしたのちに、共に食後の一杯を嗜む。
 うーん、なんとも初々しく素敵な時間なのだろう。正直なところ胸の奥が高鳴ったぜ。

 俺ってば本格的にロナに恋してるのかもな?
 ……マジでそうなのかもな。ははは。

 一通り済んだあと、彼女はまた地下室へ鍛錬に戻る。次は十時半くらいにならなきゃ出てこない。
 その間に、俺は俺でやるべきことをやる。つっても、家の中を掃除したり庭いじりをするだけだ。

 いや、だけ……ではないか。
 この家事の時間は俺にとってトレーニングの時間でもあるんだ。『ソーサ』による操作のトレーニングさ。

 家具を揃える間に、たくさん買い込んでおいた最新の掃除道具を同時に操作し、一人で複数人分の掃除を行う。
 別々の動作を同時に行なったり、持てるものの数を増やしたり、家具などで重いものを持ち上げたりする練習ができるんだ。

 おかげでこの家を譲り受けて、家事を兼ねたソーサの練習を始めてから、同時に操れるモノの数は叔父と戦う前の四倍くらいにはなっただろうか。
 今こうして動かせてある掃除用具の数は、十は確実に超える。

 家は綺麗になるし、家事が普通の何倍も早く済むし、俺は強くなるし、『掃除上手』の能力が成長するかもしれないし……いい事しかないんだ、本当に。

 こんなことなら、幼い頃から念術系の魔法を覚えてこうすりゃ良かったとちょっぴり後悔してるぜ。まあ、あの頃は死ぬほど忙しかったから魔法なんて覚える余裕なかったけど。

 しかし、ただ一つだけ問題があってな。
 シェアハウスにおいて円満な生活を送るのに必須である要素、家事分担。これがあんまりうまくいってないんだ。

 一応、ロナには数日に一度、二階や地下室を含めた屋内全体の廊下の掃除をしてもらっている。あと、彼女自身の部屋の掃除や衣類の洗濯、武器・防具の手入れか。

 だが、借りを作るのを好まない竜族のさがだろうな、彼女は俺の方が明らかに仕事量が多いことを気にしていそうな表情を浮かべることがたまにある。
 そのうち、その不満も解消してあげられるような上手いことを考えなきゃな。
 
 ……っと、もうリビングの掃除も終わりそうだ。
 マジで『ソーサ』は便利だぜ。さて、次は一階と地下の風呂場だな。



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