上 下
107 / 136
第二部

第92話 俺と膝枕

しおりを挟む
 ん? もう朝か?
 ちょっと寝足りない気が……。

 ああ、いや違ったな。俺は殴られて気絶したんだった。

 負け……か。
 はは、負けるにしてももうちょっとカッコいい負け方をするべきだったぜ。

 ザスター・ドルセウスは明らかにまだまだ余力を残していた。
 仕掛けられた攻撃なんて、大剣と光る剣の投擲、気絶させるための殴打、この三度だけだ。

 つまりあの試合の結果は、俺の惨敗以外の何物でもない。

 個人的に得たものは山程あったが……ロナには失望されたかもしれない。あんなノリノリで挑戦を受けといてこれだから、な。

 くそ、目を開くのが億劫だ。
 マジで愛想を尽かれていたらどうしよう。

 いや、その考え自体がジェントルじゃないか。
 ロナからどんな反応をされようと、それが結果だ。現実を素直に受け入れるのもまた紳士にとって必要なことだろう。

 ……ゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 まず、視界に入ってきたのはロナの上半身だった。
 こうして下から見るとよりスタイルの良さがより際立って……。

 いやまて。違うだろう。まず考えるべきはそこじゃない。
 なんだ、これは一体……? えー、頭もなんかアレなんだよな。人のぬくもりがあるって言うか。肌の弾力を感じると言うか。

 うん。クレバーに考えて、導きだされる答えは一つだ。
 膝枕だこれっ!


「……あっ! ザン起きたっ」


 黄色く美しい眼が、心配そうにこちらを覗いている。
 この様子だと、失望されたという憶測は杞憂きゆうだったかもしれない。

 今はむしろ、なんでこんなご褒美を恵んでくれているのかを訊きたいところだが。
 

「どう、痛むところない? 大丈夫?」
「あ、ああ……」


 そういえばどこも痛まないな。骨にヒビくらいは入ってたはずだ。
 この状況が嬉しすぎて痛みが吹っ飛んだというわけでもなさそうだ。おそらく、魔法で回復してくれたのだろう。


「よかったぁ……!」
「ありがとう。治療してくれたんだな」
「うん! 治しきれたみたいでなによりだよ」


 ニッコリと微笑むその顔が眩しい。
 改めて俺はなんという幸せ者なのだろうか、こんな最高のレディと相棒だなんて。


「おい小僧。目を覚ましたのならさっさと体を起こしたらどうだ?」


 呆れたようなザスターの声が真隣から聞こえた。

 ……となると、つまり。
 ロナは叔父に見られながら俺を膝枕してたってことだよな。おいおい、二人ともどういう心境で過ごしてたんだ?

 まあ、名残惜しいが指摘されたのなら仕方がない。素直に起きるか。


「言う通りだ、悪かった。居心地が良くてつい」
「よ、良かった? 良かったんだ……そ、そっか! い、言ってくれれば、いつでもまたしてあげるよ?」
「え! ま、マジでっ⁉︎」
「ま、まじまじぃ!」


 なんだ? どうしてさっきからそんな急に積極的に?
 ますます訳がわからんない。俺が気を失ってる間に、彼女に一体何があったんだ? 

 叔父は何か知……ん? 
 今明らかに、俺に向かってニヤつきながら親指を立てたな。素早く一瞬だけ。つまり彼がロナになんか吹き込んだんだな?

 なるほどな、合点がいった。そうかそうか。
 何を言ったかは知らないが、なんともありがたいことをしてくれたものだ。

 しかし、こんなことを吹き込めるとなると、そこそこの時間は気を失っていたんじゃないか?


「で、俺が寝てからどれくらい経ったんだ?」


 そう尋ねると、ロナがすぐに答えてくれた。


「一時間半かな? だよね、叔父さん」
「ああ、そのくらいだ。貴様が眠っている間に、オレ様はそいつから色々と聞いた」


 そういうと、ザスターは立ち上がって俺の前まで来た。
 そして真っ直ぐ俺のことを見つめてくる。かなり気持ちがこもっているような、そんな力強い眼で。


「……身内がほんとうに世話になったようだな。心から礼を言うぞ、ザン」


 そうか。
 つまり、俺とロナの運命的な出会いの話もしたわけだな。

 はは、最強の冒険者から本気で礼を言われるのってなんかむずがゆくなるぜ。ずいぶん立派なことをしたような気分になる。
 いや、実際にしたんだが。

 なんにせよ、俺にとってレディを救うのは至極当然のことだ。
 それが彼女を大切に思う家族の心も救ったっていうなら、まさしくそれは素晴らしくジェントルなことだよな。

 うん、間違いなく俺はサイコーなジェントルメンだ。
 試合には無様に負けたけど。


「俺は、ただ自分のできることをしただけさ」
「フン、キザな奴め。貴様のような男はどうせそう言うだろうと思っていた。この借りはいつか返すぞ」
「え、それ私が……!」
「オレはオレで返すんだ。いいだろう?」
「……うぅ。い、いいよ」


 いやはや、本当に恩返しが好きな種族だな、竜族ってのは。
 別に俺としちゃあ礼の一言で済ませてもらって構わないんだが。

 ……それからザスターはニヤけたような表情に戻ると、パンッと強く手を叩き、気持ちを入れ替えるような仕草をとった。


「さて小僧! それはそれとして、貴様が魔力無しに自由に宝具を操れた種明かしをしてくれッ! 気になって仕方がなかったんだ。ついでに抵抗がなければステータスカードも見せろッ」


 あ、結局その話はしなきゃダメなのか。

 まあ、ロナの叔父っていう信用できる立場の相手だから、元からステータスカードも見せて、種明かしもするつもりでいたからいい。

 ただ、必要な一言は添えないとな。
 

「構わないが、俺の力については……」
「心配するな、他言はしないッ! 貴様の力は凶悪だ。それを自覚し、悪用されることを恐れているんだろう?」
「はは、言わなくてもそこまでお見通しか。なら安心だな」


 俺はステータスカードを取り出し、ザスターに渡した。

 彼はそれを無言で眺め、称号の欄を見て眉をしかめる。
 そういや俺のような田舎者以外にはかなり醜い代物だったっけな、それ。


「悪いな、呪いなんて見苦しいもんを見せてしまって」
「いや……そうじゃない。足りなくないか? 貴様の称号」


 え? は、なに……称号が足りない?
 どう言う意味なんだそれ?
 



=====

非常に励みになりますので、もし良ければ感想やお気に入り登録などをよろしくお願いします!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不死王はスローライフを希望します

小狐丸
ファンタジー
 気がついたら、暗い森の中に居た男。  深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。  そこで俺は気がつく。 「俺って透けてないか?」  そう、男はゴーストになっていた。  最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。  その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。  設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。 それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。 今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。 コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。 日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……? ◆◆◆ 「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」 「紙でしょ? ペーパーって言うし」 「そうだね。正解!」 ◆◆◆ 神としての力は健在。 ちょっと天然でお人好し。 自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中! ◆気まぐれ投稿になります。 お暇潰しにどうぞ♪

不本意な転生 ~自由で快適な生活を目指します~

ファンタジー
どうやら交通事故で死んだらしい。気がついたらよくわからない世界で3歳だった。でもここ近代化の波さえ押し寄せてない16~18世紀の文化水準だと思う。 両親は美男美女、貴族には珍しい駆け落ちにも似た恋愛結婚だったらしいが、男爵家の三男って貴族の端の端だよ!はっきり言って前世の方が習い事させてもらったりしてセレブだったと思う。仕方がないので、まず出来る事から始めてみます。 主人公が大人になる後半にR18が入るかも。 入るときは R18 を明記。 ※ ★マークは主人公以外の視点。

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

処理中です...