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第一部

第31話 俺とヘレストロイアの魔女 前編

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「少し……私と……二人だけで、お話し、できない……?」


 エルフである彼女は、真顔を浮かべたままそう言った。真顔は真顔でも超一級品だ。花束すら霞んで見えるだろう。
 まさかこんな麗しいレディからデートのお誘いがあるとは、人助けってするもんだなとつくづく思う。

 ただ、あんまりお喋りが過ぎるともう一人の麗しいレディ、ロナとの待ち合わせに遅刻してしまう可能性がある。どう対処するのが紳士的に正解なのか……まあ、なんとかなるだろう。モテる男ってのはさいこうだな。


「あぁ、是非とも。だが待ち合わせの用事があってな、それまでってことになるが、いいかい?」
「私に、君を縛る権利はないから……。少しでも、時間があるなら……構わない」

 
 助けた親子や、連れてきた本人である山羊族の男性、その他ギャラリーの皆さんが驚きを絵で描いたような表情で俺をみる。そんなに注目されたら肌に穴が空きそうだ。でも悪い気はしない。


「ま、本来ならキミみたいな瞬く星のように美しいレディからのお誘いは絶対に断らないんだがな。申し訳ない。とりあえず、腰をかけて話せる場所にいこうか」
「……うん」


 俺と彼女は人だかりの中を潜り、一番近くの比較的人気のなさそうなベンチまで向かった。やはりSランクの冒険者だけあって有名人なのか、この場所に来るまでエルフの彼女は凄まじい数の人々の視線を集めていた。


「さぁ、ここへどうぞレディ」
「……」


 ペンチにたどり着き、彼女が座る予定の場所にハンカチを引く。こういう紳士的な心遣いが、レディと楽しいトークをする上で大事なんだ。
 ……が、彼女は無言でそのハンカチを拾い、丁寧に折り畳んで俺に返却してきた。うむ、流石に余計だったか。


「いやぁ、まさかキミみたいな美人が声をかけてくれるなんてな。ただでさえいい日だった今日が、もっといい日になりそうだ」
「……いい日、送れてるの?」
「ああ!」


 そう返答すると、無表情を貫いていた彼女の顔が、少しキョトンとしたものに変わった。まあ、たしかにまだあの事件から三日。当事者からすれば意外なのかもしれない。


「……私のこと気遣って、元気に振る舞って……くれてる……?」
「ん?」


 どうやら彼女はそういう結論に至ったようだ。まあ、俺が今上手くいってるその理由を話さなければ、本当に元気だってのが信じられなくても無理はないか。


「あの日も……そうだった。君は、あんな目に合わせられたのに……私達のことを気遣いながら、ギルドを出ていった……よね?」


 そういえばそうだったか。うん、農家になるから問題ないなんて言いながらお別れしたんだっけな。流石は紳士たる俺、あんな状況でもケアを忘れない。しっかりジェントルできてるぜ。


「断つ怪鳥、後を濁さずっていうしな。なに、そう大したことじゃないのさ」
「ううん、大したこと……。大したこと、なの。冒険者、目指してた人に対して……あの仕打ちは……。分かりやすく言えば……。四肢をもがれて片目と内臓が一つずつ潰され、舌を抜かれ、骨を何本か粉々に砕かれるのと同じくらいの惨状。いや、回復魔法で修復できない分、もっとひどい。……って認識が、普通」
「そ、そりゃあ中々だな」


 たしかに呪われまくって肩を落とし、ロナと出会うまでは絶望していたけども。なんだろう、そんな大袈裟なグロテスクな様子を羅列させられると、流石にそこまでのことだろうかと思ってしまう。

 いや……少なくとも彼女たちにとってはそうなんだろう。本業が冒険者ともなれば、殺されかけてる状態と、ステータスをダメにされた状態ってのは等しいことなんだ。
 対して俺なんて元農家で、ステータスの重要性は分かっていたつもりでも、それにすがりきる必要はなかった。環境による価値観の違いってやつだな。

 とすると、彼女達四人は一体、どれほどの罪悪感を背負っているんだろう。ステータスをダメにされた怒りなんて、俺には最初からなかったようなものなんだ。そろそろちゃんと説明して、安心させてやらないとな。


「まあ、そうだったとしても、俺はマジでもう大丈夫なんだよレディ」
「ほんと? ほんとに……?」
「ああ、あれからすぐ俺は幸運のお姫様と出会ってな。色々とうまくいってるんだ。金銭面も問題ないし、幸せに過ごせている」
「……騙されてない? それ……」
「あ、いや。今のは俺の言い方が悪いな。怪しむ必要はない。正確に言えば、協力者さ」


 そう言うと、訝しげなレディの目線は俺の顔から離れ、手や腰、頭の上の方へと順番に向けられた。


「じゃあ……そのおひめ様と出会って、手に入れたの? 帽子と、指輪と、クロスボウと、盾と、大槌は、宝具……でしょ? それらを使って、君はあの女の子を助けた……」
「お、さすがSランクの冒険者様だ。その通りだぜ」
「そもそも、例のパンドラの箱の中身。床に落としてたから私、知ってる。『ダンジョンの地図』と『能力の札』と金属の小物だった。いくらあの箱でも……八つも宝具、あるわけない。一体どうやって」
「それじゃあ、そろそろ種明かしと行こうか。これを見て貰えばわかるぜ」


 ダンジョンの地図があったってことまで把握しているなら、すぐ理解できるはずだ。
 エルフの彼女は、荘厳な雰囲気を放つ指輪型のアイテムがたくさんついた白い手で、俺が差し出したステータスカードを受け取り、眺めはじめた。そしてすぐさま『強制互角』の文字を指でなぞる。


「まさか、こんな能力まであるなんて。それで……ダンジョンの地図、協力者……。そう、そういうこと……」
「ご理解頂けたみたいだな。ちなみにその能力は、レディ達から譲ってもらったあの札の中身さ」
「そうなんだ……。うん、たしかに、これなら……。でも、わかってても、できることじゃない。レベル1でダンジョンに入るなんて……君は、すごいよ」
「おお! お褒めの言葉、光栄ですレディ」


 Sランクの冒険者から胆力を褒められる日が来るとは。今の言葉、家族や村のみんなに聞かせたかったぜ。紳士的マインドを貫いてきて本当に良かった。

 しかし、こうして有名人に俺の力が知られるってのは少々不味くもある。今朝決めたばかりの俺とロナの活動方針と食い違う事態が起きるかもしれない。

 俺が自分からステータスを公開したとはいえ、他言しないようお願いしなければ。


「だが悪いがな。俺のその能力ついて、口外を決してしないでくれよ」
「わかってる。悪用されたら、恐ろしい力。世間に広まるのは危険すぎる、ね。……君の。ザンくん達の個人使用で、とどめて置くべき」


 なんだSランクの冒険者から見ても俺の能力に関してロナと似たような意見なのか。だったら今朝の活動内容とルール決めでロナの意見に素直に従っておいたのは正解だったんだな。


「おおう。いやはや、ご理解いただき感謝するぜ」
「……ただ。……でも」


 彼女は急に俯き、唇をギュッと結んだ。


「ん? どうし……?」
「でも、でもっ、そういうことならっ……!」

 
 そうして静かに叫んだ彼女は、瞳から一筋の涙を流した。
 ずっと半無表情を貫いていたその顔は今や、眉をひそめ、頬を赤くし、今や内なる感情が爆発しそうなのが一目で見てわかるほどになっている。一瞬でとんでもない豹変ぶりだ。


「一つ、一つだけ……! お願いが、したい。私の仲間……仲間達には、このことを教えたいの。私は、私たちは……こんなこと、ザンくんにお願いする権利、ないし。自業自得なのも、わかってるけど……でも」
「ああ、いいぜ。とりあえず詳しく聞かせて欲しい」


 こういう時は大人しく話に耳を傾け、辛い思いを吐き出させるのが一番ジェントルなのさ。
 それから、ドロシアという華麗な名のエルフのレディは、震えながら話しをし始めた。その内容は、あの事件から自分たちがどうなったかであった。





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