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第一部
第32話 俺とヘレストロイアの魔女 後編
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ドロシア嬢の話を簡単にまとめるとこうだ。
ヘレストロイアのうち俺が呪いを受けることになった直接的要因である二人。ホビット族のレディはカカ、獅子族の男をリオというらしいが……。
あれからまず、カカ嬢の方が酷く罪悪感に苛まれることとなり、自責するあまり精神的に押しつぶされ、今現在、冒険者を引退しようとしているらしい。もう『リブラの天秤』の脱退届まで書き始めたとのこと。
それに触発され、ブリギオという名の一番大人びていた男性が、自分にも多大な責任があるとし、今朝カカ嬢と一緒に辞めると宣言。
一方でリオは元は強がりらしく、この件に関しても「宝はくれてやったんだから気にすることはない」と最初の方は言っていたらしいが、それも時間が経つごとに弱っていき……。
ブリギオの言葉もあって、今からつい一時間ほど前にはドロシア嬢に「俺も辞めるべきだよな」など、普段の様子からは考えられないほどの弱音をいくつも呟いたのだとか。
今までないくらい弱っている仲間達に、ドロシア嬢はどうしていいかわからず。
そしてトップの人材とそのチームがこんなことになっているため、ギルドである『リブラの天秤』も全体的に暗いムードになっているという状況。
そんな中ドロシア嬢はこの話の根幹である俺を偶然見かけたため、藁にもすがる思いで話かけてみたという訳らしい。たしかにかなり大変なことになっている。
「私達が崩壊しかけてるなんて、君には何の関係もないこと。助ける義理なんてない……それも、わかってる。むしろ恨まれて、仕返しされても仕方がない。でも……もうこの私達の状況、変えられるのはザンくん、だけ。君が元気な姿を見せて、私の仲間三人に、その力の説明をすれば……少しはマシになる。私、私は……どうなってもいい、なんでもする。だから、お願い……」
おお。女の子になんでもするって切羽詰まった様子で言われるのも今週だけで二度目か。まったく、呪われた身になってから想像していたのとは別方向で激動の人生だぜ。
……レディの必死の懇願に対して、紳士としてできる返事は一つしかないだろ?
「とりあえずハンカチだ。涙を拭いて、その美しい顔と頭の中を一旦晴れさせようぜ、レディ」
「……わかった」
ドロシア嬢は俺のハンカチを受け取ると、言う通り涙を拭いてくれた。やっぱり美女に涙は似合わないよな。
「……まあ、なんだ。俺はレディ達を恨んじゃいない。飛んできたあの箱だって、俺の意思でキャッチしようとしたんだ。それが失敗してこんなことになった、むしろ俺が謝るべきなのかもな」
「そ、それはカカを助けようとして……だ、なんて。見てたらわかる。ザンくんは、何一つ……」
「まぁ、不毛な謝り合いは無しにしよう。……そして、そのお願い。紳士としては叶える他ないさ。苦しんでいるレディが居る? 俺にしか救えない? なら、断るなんて選択肢はないんだよ」
俺は帽子を深く被り、最高にカッコつけてそう言った。
それを見たドロシア嬢はホッとしつつも、すぐに疑問が残っているかのような表情を浮かべ、それに対する返事を細い声で紡ぐ。
「ありがとう。でも、なぜそこまで?」
「優しいのかって……か? ふふん、それは俺が紳士だからさ」
「そう……」
まあ、たしかにお人好しすぎるとは自分でも思うが、これが俺なんだから仕方がない。
……なんてな。あの件の原因の一人がカカ嬢で、今お願いしてきたのがドロシア嬢。二人とも美しいレディだから助けるってのが一番の理由なんだろうな。それが俺の本質だ。登場人物が全員男だったらもう少し冷たい対応してたさ、たぶん。
「で、今からギルドに伺えばいいかな?」
そう問うと、彼女は黒い三つ編みを揺らしながら首を振った。
「……待ち合わせは? その相手って、たぶん、例のおひめ様……なんでしょ? 先約、そっちが、優先……」
「ん、そうか」
ロナのことを決して忘れていたわけではない。ドロシア嬢の方が深刻だと判断したんだ。だが、彼女が先約の方が大切だというのならそれに従おう。
しかし、そうなると、あれから何分経ったかがわからないのが不安だ。ドロシア嬢の話に夢中になりすぎた。今ロナは一体どうしている? もう黄色い屋根の店に居るか? それとも俺を探し回ってるか……?
「……急な話だった。だから続きは、明日でいい。明日ここで、三人、連れてくる……から」
「わかった、じゃあ明日の昼前に俺はここに居るとしよう。十時ぐらいがいいかな」
「うん、じゃあ、その時間で」
とりあえず話はひと段落した。俺とドロシア嬢はお別れしようと、ベンチから立ち上がった。その瞬間、右方向から誰かが走って近づいてくるのが見える。
赤い髪に、赤い尻尾。手一杯の袋入りお菓子。紛れもなく、俺の可愛すぎる相棒だった。
「ザン! ザンー!」
「ロナ……!」
「探したよ、お店の前に居ないんだもん!」
「マジで悪い……急用入っちゃってな」
「やっぱり。なにかあったんじゃないかなって思ってたよ。……えっと、その人とご用事だったの? お知り合い?」
「ああ」
ロナはドロシア嬢の方に目を向けた。そして彼女を見るなり、驚いたような表情を見せ、謎の単語を呟いた。
「《銀靴の魔女》……? ほ、本物……?」
「え? なんだそれ」
「それ、私の冒険者としての、二つ名」
「あー、そういうあれか」
有名な冒険者にはこんな感じでカッコいい二つ名がある。俺もそれに憧れていた時期がついこの間まであった。まあ、誰にどんな名前がついてるか把握はしていなかったが。
「……竜族の、女の子。珍しい。この子が……君の言ってた、幸運のおひめ様、なんだね」
「え? え?」
「まあ、こっちの話だロナ。気になるなら後で話すぜ」
「竜族なんて……私、百人くらいしか、見たことない。たしかに、幸運かも」
いや、めちゃくちゃ見てるじゃないか。俺なんてロナが初めてなんだが。珍しいとは言え人の多い都市にいたら、やっぱそれなりに遭遇するものなのかな。
「とにかく、私は、とりあえず……ここで去る。引き止めてごめんなさい」
「いや、いいさ。それじゃあまた明日、会うとしようぜレディ」
「うん。……本当に、ありがとう」
ドロシア嬢は軽く頭を下げると、前に向かって歩き始めた。ある程度進んだところで、どういう原理か俺たちの視界から一瞬で居なくなる。
「おー。Sランクともなると、あんな風に一瞬で移動できるんだな……」
「そういう能力や魔法もあるらしいね? ……それにしても、凄い美人だったね……ザン、あの女性。いいなぁ、綺麗な人って」
ロナはそう言うが。エルフ族のあの美麗な顔を見てから、すぐ彼女のこの顔を見ても微塵も劣っていないように思う。初対面の時からそう思っていたけれど、今回ので確信に変わったぜ。やはりロナは絶世の美女だ。
と、そんな彼女ではあるが、今は俺に助けを求める前のドロシア嬢と同レベルの真顔を浮かべている。普段から表情豊かだから、むしろ初めて見る顔だ。やっぱり待ち合わせ場所に居なかったのは怒るよな。
「俺はロナの容姿は何一つ負けてないと思うが。それより改めて謝るぜ、遅れて本当にごめんな」
「……え? あ。ううん、それはいいよ。なんか深刻そうだったし、相手は凄い人だし、私全然怒ってないよ?」
ロナはいつも通りのキョトンとした表情に戻りつつそう言った。これは、どうやらマジで怒ってはいないようだ。ならば、さっきの顔は何だったんだ……?
まさか、俺が他のレディと喋ってることに対する女性としての嫉妬だったのかも……なんて、な。
まあ嫉妬にしてもロナは俺以外に友達が全然いないみたいなこと言ってたから、そこから来るものだろう。
「それより、私があの人に負けてないっていうのはかなり言い過ぎだと思う。褒めてくれるにしても流石に大袈裟だよ」
「え? そうか? 本心なんだがな。……とりあえず改めてお店に向かうか。その手に持ってるもの全部食べ終わったらな」
「……うん」
それから俺たちは椅子に座り直して、屋台で購入したものを広げた。
フルーツクレープに一口サイズのパイに揚げケーキ、鳥の串物に串腸詰肉に魚の骨のパリパリ揚げ。そのうち一口ずつ俺に分けてくれたとはいえ、爆食いしたランチ後なのによく食べられるものだ。凄まじい。
やっぱり、これだけやって体型が崩れないのはおかしい。もはや生まれつき食べたもの全部を片っ端から魔力に変換できる体質だったとしか思えないな。いや能力獲得したしそうなんだろう、きっと。
……胸に栄養が行ってる説もあるが、それを提唱したらセクハラもいいとこだ。限度だってあるし。
とにかく、食べてロナの機嫌が完全に戻ったところで、俺とロナは黄色い屋根の店へ向かった。
=====
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ヘレストロイアのうち俺が呪いを受けることになった直接的要因である二人。ホビット族のレディはカカ、獅子族の男をリオというらしいが……。
あれからまず、カカ嬢の方が酷く罪悪感に苛まれることとなり、自責するあまり精神的に押しつぶされ、今現在、冒険者を引退しようとしているらしい。もう『リブラの天秤』の脱退届まで書き始めたとのこと。
それに触発され、ブリギオという名の一番大人びていた男性が、自分にも多大な責任があるとし、今朝カカ嬢と一緒に辞めると宣言。
一方でリオは元は強がりらしく、この件に関しても「宝はくれてやったんだから気にすることはない」と最初の方は言っていたらしいが、それも時間が経つごとに弱っていき……。
ブリギオの言葉もあって、今からつい一時間ほど前にはドロシア嬢に「俺も辞めるべきだよな」など、普段の様子からは考えられないほどの弱音をいくつも呟いたのだとか。
今までないくらい弱っている仲間達に、ドロシア嬢はどうしていいかわからず。
そしてトップの人材とそのチームがこんなことになっているため、ギルドである『リブラの天秤』も全体的に暗いムードになっているという状況。
そんな中ドロシア嬢はこの話の根幹である俺を偶然見かけたため、藁にもすがる思いで話かけてみたという訳らしい。たしかにかなり大変なことになっている。
「私達が崩壊しかけてるなんて、君には何の関係もないこと。助ける義理なんてない……それも、わかってる。むしろ恨まれて、仕返しされても仕方がない。でも……もうこの私達の状況、変えられるのはザンくん、だけ。君が元気な姿を見せて、私の仲間三人に、その力の説明をすれば……少しはマシになる。私、私は……どうなってもいい、なんでもする。だから、お願い……」
おお。女の子になんでもするって切羽詰まった様子で言われるのも今週だけで二度目か。まったく、呪われた身になってから想像していたのとは別方向で激動の人生だぜ。
……レディの必死の懇願に対して、紳士としてできる返事は一つしかないだろ?
「とりあえずハンカチだ。涙を拭いて、その美しい顔と頭の中を一旦晴れさせようぜ、レディ」
「……わかった」
ドロシア嬢は俺のハンカチを受け取ると、言う通り涙を拭いてくれた。やっぱり美女に涙は似合わないよな。
「……まあ、なんだ。俺はレディ達を恨んじゃいない。飛んできたあの箱だって、俺の意思でキャッチしようとしたんだ。それが失敗してこんなことになった、むしろ俺が謝るべきなのかもな」
「そ、それはカカを助けようとして……だ、なんて。見てたらわかる。ザンくんは、何一つ……」
「まぁ、不毛な謝り合いは無しにしよう。……そして、そのお願い。紳士としては叶える他ないさ。苦しんでいるレディが居る? 俺にしか救えない? なら、断るなんて選択肢はないんだよ」
俺は帽子を深く被り、最高にカッコつけてそう言った。
それを見たドロシア嬢はホッとしつつも、すぐに疑問が残っているかのような表情を浮かべ、それに対する返事を細い声で紡ぐ。
「ありがとう。でも、なぜそこまで?」
「優しいのかって……か? ふふん、それは俺が紳士だからさ」
「そう……」
まあ、たしかにお人好しすぎるとは自分でも思うが、これが俺なんだから仕方がない。
……なんてな。あの件の原因の一人がカカ嬢で、今お願いしてきたのがドロシア嬢。二人とも美しいレディだから助けるってのが一番の理由なんだろうな。それが俺の本質だ。登場人物が全員男だったらもう少し冷たい対応してたさ、たぶん。
「で、今からギルドに伺えばいいかな?」
そう問うと、彼女は黒い三つ編みを揺らしながら首を振った。
「……待ち合わせは? その相手って、たぶん、例のおひめ様……なんでしょ? 先約、そっちが、優先……」
「ん、そうか」
ロナのことを決して忘れていたわけではない。ドロシア嬢の方が深刻だと判断したんだ。だが、彼女が先約の方が大切だというのならそれに従おう。
しかし、そうなると、あれから何分経ったかがわからないのが不安だ。ドロシア嬢の話に夢中になりすぎた。今ロナは一体どうしている? もう黄色い屋根の店に居るか? それとも俺を探し回ってるか……?
「……急な話だった。だから続きは、明日でいい。明日ここで、三人、連れてくる……から」
「わかった、じゃあ明日の昼前に俺はここに居るとしよう。十時ぐらいがいいかな」
「うん、じゃあ、その時間で」
とりあえず話はひと段落した。俺とドロシア嬢はお別れしようと、ベンチから立ち上がった。その瞬間、右方向から誰かが走って近づいてくるのが見える。
赤い髪に、赤い尻尾。手一杯の袋入りお菓子。紛れもなく、俺の可愛すぎる相棒だった。
「ザン! ザンー!」
「ロナ……!」
「探したよ、お店の前に居ないんだもん!」
「マジで悪い……急用入っちゃってな」
「やっぱり。なにかあったんじゃないかなって思ってたよ。……えっと、その人とご用事だったの? お知り合い?」
「ああ」
ロナはドロシア嬢の方に目を向けた。そして彼女を見るなり、驚いたような表情を見せ、謎の単語を呟いた。
「《銀靴の魔女》……? ほ、本物……?」
「え? なんだそれ」
「それ、私の冒険者としての、二つ名」
「あー、そういうあれか」
有名な冒険者にはこんな感じでカッコいい二つ名がある。俺もそれに憧れていた時期がついこの間まであった。まあ、誰にどんな名前がついてるか把握はしていなかったが。
「……竜族の、女の子。珍しい。この子が……君の言ってた、幸運のおひめ様、なんだね」
「え? え?」
「まあ、こっちの話だロナ。気になるなら後で話すぜ」
「竜族なんて……私、百人くらいしか、見たことない。たしかに、幸運かも」
いや、めちゃくちゃ見てるじゃないか。俺なんてロナが初めてなんだが。珍しいとは言え人の多い都市にいたら、やっぱそれなりに遭遇するものなのかな。
「とにかく、私は、とりあえず……ここで去る。引き止めてごめんなさい」
「いや、いいさ。それじゃあまた明日、会うとしようぜレディ」
「うん。……本当に、ありがとう」
ドロシア嬢は軽く頭を下げると、前に向かって歩き始めた。ある程度進んだところで、どういう原理か俺たちの視界から一瞬で居なくなる。
「おー。Sランクともなると、あんな風に一瞬で移動できるんだな……」
「そういう能力や魔法もあるらしいね? ……それにしても、凄い美人だったね……ザン、あの女性。いいなぁ、綺麗な人って」
ロナはそう言うが。エルフ族のあの美麗な顔を見てから、すぐ彼女のこの顔を見ても微塵も劣っていないように思う。初対面の時からそう思っていたけれど、今回ので確信に変わったぜ。やはりロナは絶世の美女だ。
と、そんな彼女ではあるが、今は俺に助けを求める前のドロシア嬢と同レベルの真顔を浮かべている。普段から表情豊かだから、むしろ初めて見る顔だ。やっぱり待ち合わせ場所に居なかったのは怒るよな。
「俺はロナの容姿は何一つ負けてないと思うが。それより改めて謝るぜ、遅れて本当にごめんな」
「……え? あ。ううん、それはいいよ。なんか深刻そうだったし、相手は凄い人だし、私全然怒ってないよ?」
ロナはいつも通りのキョトンとした表情に戻りつつそう言った。これは、どうやらマジで怒ってはいないようだ。ならば、さっきの顔は何だったんだ……?
まさか、俺が他のレディと喋ってることに対する女性としての嫉妬だったのかも……なんて、な。
まあ嫉妬にしてもロナは俺以外に友達が全然いないみたいなこと言ってたから、そこから来るものだろう。
「それより、私があの人に負けてないっていうのはかなり言い過ぎだと思う。褒めてくれるにしても流石に大袈裟だよ」
「え? そうか? 本心なんだがな。……とりあえず改めてお店に向かうか。その手に持ってるもの全部食べ終わったらな」
「……うん」
それから俺たちは椅子に座り直して、屋台で購入したものを広げた。
フルーツクレープに一口サイズのパイに揚げケーキ、鳥の串物に串腸詰肉に魚の骨のパリパリ揚げ。そのうち一口ずつ俺に分けてくれたとはいえ、爆食いしたランチ後なのによく食べられるものだ。凄まじい。
やっぱり、これだけやって体型が崩れないのはおかしい。もはや生まれつき食べたもの全部を片っ端から魔力に変換できる体質だったとしか思えないな。いや能力獲得したしそうなんだろう、きっと。
……胸に栄養が行ってる説もあるが、それを提唱したらセクハラもいいとこだ。限度だってあるし。
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