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後日談 1

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 何もない真っ白な空間が広がっている。訳もわからないうちに、こんな場所に横たわっていることに気がついた。
 私はガーベラくんと寝ていた筈だ。来月に決まった結婚について話し合いながら、一緒に床についたことまで覚えている。

 私は寝ぼけているのかと思い、目を擦ろうとした。しかし顔についてる何かがそれを阻む。……この世界にはないはずの眼鏡を私は付けていた。
 よく見れば服装もお嬢様に従事していたころの給仕服だ。どうやら地球で活動していた時の格好になっているみたいで、髪も銀髪じゃなくて黒くなっている。

 ひとまず辺りを見回すと、私の後方に二人、ガーベラくんとお嬢様が同じ格好で寝かされていることに気がついた。ガーベラくんはやはり黒髪に戻っており服装は道着。お嬢様も黒髪で、地球で一番お気に入りだったお召し物をつけている。

 ひとまず、私は二人を揺さぶり起こしてみることにした。


「お、起きてください!」
「ふああ……もう朝か……?」
「違いますよ! よくわからないことになっているのです」
「ん……ぅ……あれぇ? なんでお姉ちゃんと義兄さんが居るの? 今日は私、ケルと寝てたはず……」


 お嬢様が最近はじめたガーベラくんのことを義兄さん呼びするという計画、どうやら板についてきたみたいだ。
 そんなことより、寝ぼけている二人に目の前の状況をよく目を開いて見てもらう。揃ってキツネにつままれたような表情を浮かべた。


「なんだ、まだ夢かぁ」
「私もそうとしか考えられませんが、こうしてコミュニケーションが取れていますし、ただの夢ではないかと思い_____」
「シッ、誰か来る」


 ガーベラくんは急に眠たそうだった目を見開き、私たちに注意を促した。たしかに足音がこちらに向かってやってくる。しかし姿が見えない。
 やがて、足音は私たちの間近で止まった。それとほぼ同時に、それは姿を現す。


【急に呼び出してすまない、我が子となった元地球の子らよ】
「あ、あなたは……」


 世界の化身だった。あの日と同様に不安定な存在感を保ち、私たちのことを眺めている。


【少々用事ができた。君達三人にとって重要なこと】
「それはいいですけれど……ここはなんなの?」
【夢の中。夢くらいだったら操れる】
「重要? また魔王が現れたとか!?」
【違う。今から行うことは一種の事後処理。私も初の試み】
「まるで話が読めないのですが……」


 普通だったら魔王に関連するイベント以外で姿を現わさないらしいこの存在がわざわざ私達だけ集めた。しかし、魔王には関係しない。いったい何をしようとしているのだろう。


【簡単に言えば、心残り。それの除去】
「心残り……」
【地球と私を夢でなら少しだけ繋げられることに気がついた。魂のやりとりの応用。ここ一週間それを試した。実用できる段階になった。故にそれぞれの親と面会させる】


 夢の中で親に会わせてくれる。たしかにそんなことができるなら、私達の中にある決して小さくない心残りも、少しだけ取り除くことができる。謝らなきゃいけないこと、報告したいこと、たくさんあるもの。


「本当にそんなことができるの? お父様とお母様に会えるの?」
【ああ。会って話までならできる。だいたい体感で三十分は話せるだろう】
「いいのか? わざわざ俺達のためにこの世界そのものが特別な力を使って……」
【当然。私は君達に恩を感じている。神の一種としてこの程度はする。六人の地球の子、すなわちそれぞれの両親を呼び出すまでに時間を設ける。それまでに話したいことを決めておくのだ】
「わ、わかりました……」
【では、しばらくしたらまた姿を現す】


 そう言って世界は私たちの目の前からスーッと消えていった。
 突然言い渡された好機。突然ではあるが、お嬢様を白蛇から人間へと一瞬で進化させみせた世界そのものがやることだから、納得はできる。
 私達は多少相談しつつ、話しておきたいことを懸命に考えた。やがて、丁度一区切りついたあたりで世界が再び姿を現す。


【心身ともに準備は良いか】


 私達はうなずく。すると世界は指を鳴らし、何もない空間から六人の人間を出現させた。


【では、ゆっくり】


 世界はまた姿を眩ます。
 ……間違いない。私達の前にいるのは、私のお父様とお母様、ご主人様に奥様、先生にその奥様だ。
 六人は先ほどの私たちと同じように戸惑った様子を見せた。しかし、一人が……ご主人様が始めに私達三人に気がつくと、それか全員私達に注目した。


「し、シロナ……白奈なのか!?」
「うそ……」
「勝負っ……!?」
「なにこれ、どういうことなの……?」
「あいり!? 愛理もいますよ、アナタ」
「……」


 そして、駆け寄ってくる。それを私達は立って待ち受ける。


「あ、貴方達……その、私達の子……なのよね?」
「ええ、そうですわお母様。私と、愛理と、勝負さん。それで間違いありません」


 お嬢様が代表して答えるも当然、それくらいじゃ混乱はやまない。問答は続く。


「みんな、みんな、あの日亡くなったはず……! ま、まさか本当は生きてっ……」
「いいや。白奈に愛理ちゃん、勝負くん……みんな亡くなったんだ。私達は全員遺体をこの目で確認した、それは間違いない」
「となると、あれか? 幽霊とかは信じるタチじゃないが……亡くなった人間が夢に出て挨拶をするとかいう……」
「ああ、そんな感じだと思ってくれよ父さん」
「……こんな形になってしまいましたが、お別れを言いに来たのです」


 はっきりそう伝える。……すごく心苦しい。
 親にお別れを言う。この世界にとどまると決めつつも、内心望んでいたことではある。しかし、地球に生き返らないという選択をしたのは私達だ。特に私は、私のためにガーベラくんとお嬢様は残る選択をさせてしまったとも言える。

 大人達はそれぞれ反応は違うものの、基本的には目を真っ赤にして涙を堪え、私達に優しい表情を向けている。


「それでは、その……まずは家族間でお話しを。その後に、私達三人共通でお知らせしたいことなどを伝えますので」
「そ……そうだね! それがいい。おいで、白奈」


 ご主人様はお嬢様の本名を呼びながら、奥様と共に両腕を大きく開ける。お嬢様はそこに子供らしく、飛び込んでいった。


「……勝負」
「うん」


 先生に手招きされたガーベラくんは、涙を我慢するように凛々しい顔を浮かべながらそちらに向かう。
 残った私は、何も言わないお父様とお母様のところに自分で歩いて行った。


「……お久しぶりでございます。お父様、お母様」
「あ、愛理……!」


 お母様は私を迎えてくれようとする。しかし、お父様が眉間にシワを寄せながらそれを遮った。
 ……わかっていた、こうなることは。私は二人から少し離れた場所で立ち止まる。それを見て、お父様がゆっくりと口を開いた。


「貴女の上司として話をします」
「はい」
「我々、石上家の使命は死んでも忘れていませんね?」
「……はい」
「それでよくもまあ、私の前にノコノコと姿を現せたものです」
「アナタ、亡くなった子によくそんなこと……!」
「黙ってなさい。私は今、石上愛理の上司として話をしているのです」


 お母様が珍しくお父様に口答えをした。ただ、いつものように立場が変わることまではなかったけれど。
 私は自分に、わかっていた、わかっていたと何度も頭の中で言い聞かせる。この人の前で泣くなんてことできないから。


「非常に残念ですよ。私は使命を全うするよう教育したはずなのですがね。何がいけなかったのか。過程だけ見れば石上家の中でもそこそこ優秀な部類でしたが、結果は最低。お嬢様の命を死んでもお守りできず、その上、勝負くんまで巻き込んで死なせた」
「……わかって……おります……」
「とりあえず我々が貴女方の亡き後どうなったか、教えて差し上げましょう」


 お父様は厳しい口調のまま、私たちが死んだ後の話をしてくれた。まず、両親ら六人からみて、私たちは死んでから一ヶ月と三週間立っているのだという。
 その期間中に、私たちを殺した犯人グループは蛇神家の総力と警察の力を使って撲滅し、その黒幕の足取りも掴めつつあるようだ。
 
 そして蛇神家は、お嬢様が一人っ子であったため分家から養子をとった。蛇神家自体の後継問題はそれで一応解決したみたいだ。

 また先生の道場については、勝負くんが亡くなったため看板を今後、一番弟子となった者に継がせるらしい。

 石上家は……ここも私しか子供がおらず、他両家のように後継のアテもないため蛇神家専属の従事家庭として終わりを告げたようだ。よって蛇神家は専属の従事者を次の代から、外部より雇うことにしたという。

 
「貴女が亡くなったことによって、石上家の従事の歴史もこれで打ち止め。……私達はもう子供を作る気力はありませんから、これにて石上家の本筋の血は絶えることになります」
「申し訳ありません。私のせいで……」
「ということですから、貴女は従事者として解放されたんですよ。もう誰かに仕える必要はないのです。そして、誰かに仕えていない貴女などただの娘。……ただの私たちの娘です」


 お父様の表情が急に変わった。彼はお母様の手を取り、私のもとまでやってくる。そして、私を二人の間に抱き寄せた。


「誰が……誰が自分の娘に先立たれて欲しいものですか」
「……!」


 なんと、お父様の目から涙が溢れてきた。彼が泣くところを初めて見る。それから今までにないくらい滅茶苦茶な呂律で私のことをお母様と一緒に抱きしめながら、嘆き始めた。


「自分の……自分の娘が、あれほど可愛かった貴女が……あんな、あんな人だったかもわからないぐらいぐちゃぐちゃにされて……! なんで娘の亡骸をまともに見ることもできない状態で葬式をしなくてはならないのですか! できれば、できたなら……私が代わってあげたかった。あんな、あんな風に……」
「アナタ……そう、そうですね」
「痛かったでしょう? 苦しかったでしょう?」
「え、ええ……」


 やっぱり私の死体は、死化粧とかで見れるようになる代物じゃなかったようだ。年相応の女性としては、ちょっと心苦しい。お父様が懸念するような痛みや苦しみはほぼ即死だったからあんまり感じなかったけど。

 いや、今はそれよりもお父様が激しく泣きじゃくっている方が驚きだ。最初にあれだけ『上司として』を強調してたのは、私を娘として語らせたらこうなるからだったのか。

 昔、一度だけ私の身に危険が生じた時、必死で心配してくれたことを思い出す。と言ってもそれも世界に見せられた内容の一つだけど。この人は私のこと、大切に思ってくれてないわけじゃなかったみたいだ。


「ごめんなさい、本当に、本当に。親として謝ります。貴女には何もしてあげられなかった。父親として自分の娘にそれらしいことをしてやらなかった! あまつさえ、母親にまで可愛がることを禁じ……なんて、なんて親なんだ私はッ!」
「お、お父様、そんなに自分を責めないでください。どれも石上家の人間として当然のこと。そういう手筈であって、仕事なので仕方ないのです。ねっ、お母様?」
「……そうですね、そうですけど……私もただその運命を受け入れて、貴女に早いうちから仕事させて……私も……こんなことになるくらいならもっと、ちゃんと……」
「お、お母様まで……」


 私が女の子らしく遊びたいとか、勝負くんに好きだって打ち明けたいとか、そういうの全部我慢してきたように。お父様もお母様も我慢してきたんだ。だからこそ、ご主人様は今代で終わらせた。

 何もかもわかっていたけれど、まさかここまで内心では私を愛してくれていたとは。私も二人と一緒になって泣きたいけれど、ここはそれより優先すべき言葉がある。……別世界に残って自由に暮らす、そんな選択をした人間として、せめて両親の心残りにならないような言葉を送らなくては。


「私は、私なりに幸せでしたよ。お父様、お母様。ですから、後悔するなとは言いませんし、私のことを忘れろともいいませんが……私は二人のことを一切恨んでないことだけは覚えてください」
「……はい」


 お母様とお父様は目を真っ赤に腫らしながら頷いた。
 ふと、周囲を見てみるとガーベラくん、お嬢様もそれぞれ似たような感じで家族水入らずのやりとりに一段落がついたように見受けられた。

 目があった私達三人は、そろそろ頃合いだと念話で軽くやり取りをし、私達がしたかった報告を各々ですることにした。


「……あの、私からもお二人に謝らなければならないことがあるのです。報告も兼ねて。お嬢様や勝負くんを巻き込み、先立ってしまったこと以外で」
「それ以外で謝らなければならないこと、ですか? ピンときませんが……」
「ええ、その……これから話すことはおそらく、普通に考えたら信じられるはずがありません。ですが、全部真実だと思って、聞いてくれますか?」
「私は、愛理を信じています。だから大丈夫よ、安心して話して」
「その通りです。……何か、この空間もただの夢とかじゃなくて、どうやら訳ありのようですし。ここと関連することですね?」
「さすがお父様。その通りです。では、お話しさせていただきます」


 私は、別世界に魂だけ新しい肉体を与えられて連れてこられたこと、その世界で1年半以上過ごしていること、お世話になった家族の養子にお嬢様と一緒になったこと、勝負くんと結婚すること……そんな感じで掻い摘んで報告したかったことを報告した。

 そして、地球に生き返れるのにそれを選択しなかったことも。
 ただ地球に嫌気がさして帰らないと決めたわけではないので、どっちみち生き返ってもすぐ死んでしまいそうな状況だったことや、ガーベラくんと自由な状態で一人の女性としてお付き合いしたかったこと、それらの理由もきちんと伝え、謝った。


「そう……ですか。いや、まさか……にわかには信じ難いですが」
「疑ってるわけではないんですよ、でも流石に突飛すぎて……」
「こうして話せているのは、私たちが今住む世界そのものというか、神様みたいな人のおかげなんです。飲み込めないのも無理ありません。ただ、事実であることには代わりないです」
「じゃあ、またこうして連絡できるのですか?」
「えっと……それは……」


 お母様への返答に詰まった瞬間、私の頭の中で念話が聞こえる。どうやら世界からのようだった。


【高頻度では無理。しかし数年に一回ならば可能。手順などの詳しいことはまた今度話そう。とりあえずそれが答えだ】
【そうなのですね、ありがとうございます!】


 正直一回きりだと思っていたから驚いた。お父様とお母様にもほぼそのまま伝える。つまり、孫ができた報告とかはできるというわけだ。


「そうですか。完全に死んだわけではない、と言えるんですね。本当に。そしてお嬢様と姉妹になり、勝負くんと結婚まで。どうやらとても幸せなようですね」
「幸せならそれが一番。それならもう私からとやかく言うことはないわ」
「ええ、幸せなら。このまま貴女の幸せが続くよう、私達は地球から願っていますよ」


 幸せ。うん、今の私は幸せだ。幸せなことがありすぎて幸せなんだ。お父様とお母様にそう言われたことも含めて。だって、私がこんなに愛されていたなんて思わなかったもの。
 
 ……それから私達九人は一箇所に集まり交流をした。例えばガーベラくんが『娘さんをください』とお決まりのセリフをお父様に言ったり、先生やご主人様らが私達を祝福してくれたり、お嬢様を正式に託されたり、孫を見せる約束をしたり。

 そんなこんな話しているうちに、やがて私達の頭の中に念話が流れてくる。世界から、もうタイムアップであるという報告が。


「……そろそろ時間のようです」
「ああ、それじゃあまた何年後になるかわかんないけど……絶対今回みたいな感じで連絡するよ」
「……皆様、その時までまた」


 視界が薄れていく。いや、どちらかと言えばお父様達の方が透けているのだろうか。そんな中で、ご主人様が六人を代表して一言大声で私達に心の内を投げかけてきた。


「ひとつだけ覚えておいてくれないか! ……全員、君達の幸せを願っていると」


 私達はうなずく。その頷きが届いたかどうかはわからない。
 そして再び何もない空間となった。


【それでは、この空間を閉じる。あとは普通に目覚めれば良いだろう】
「何もかも、ありがとうございました」
【言っているだろう、恩返しだと。では、またいつか会おう……近いうちにでも】


 その世界の一言のあと、一瞬で目の前が真っ暗になった。


◆◆◆


「っ……!」
「はぁっ……!」


 私とガーベラくんは同時に目が覚めた。
 私は真隣にいる彼の袖を掴み、ガーベラくんは人差し指で私の顔をそっとなぞって涙を拭ってくれた。それを行った彼自身も涙ぐんでいる。

 
「……おはようございます」
「……うん、おはようアイリス」
「……あの、あれはやはり夢だったのでしょうか」
「いや、俺も覚えてるよ。二人で同じ夢見るなんてことないだろうし、あれは夢じゃないだろうね」
「そう、ですね」


 となると確実にお嬢様も同じ夢を見ているはず。あとで訊いてみよう。とりあえず地球でやり残したことが晴れたんだ、私はこの世界でするべきことを成さなくては。
 私はガーベラさんにキスをした。もちろん口と口で。


「……ふふふ、お父様達は幸せになれと仰いました。なのでさっそく幸せになってみたのですが、如何ですか?」
「うん、もちろん幸せだよ。すっごく」






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1日遅れて申し訳ありません。
後日談その1です。タイトルをつけるなら「やり残したことでございます!」と言った感じでしょうか。

次回は今回のようなシンミリした内容ではなく、アイリスとガーベラの新婚のラブラブな様子をお送りします。

とりあえず次の投稿は3/30の予定です!
後日談あと2回で終われるだろうか……。


追記:
申し訳ありません、予定変更致します。
先に仕上げなければならない作品があるので、1週間ほど延ばします。
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