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361話 新しい可能性でございます!

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 【何かおかしいことでもあったのかゾ?】


 にやけているような様子の世界に向かって、ケル君が反応をした。世界はそのまま笑みを絶やさずそれに答えた。


【すまない。あまりに我が子らが予想通りの反応をしたため、つい笑ってしまった。正確には期待通りと言うべきだろうか】
「と、言うと……?」


 話は続けられる。


【実は、ここまでは前座。本題に入っていない。ただ勇者ら三人の魂を地球に返却するだけなら、いつも通り当人らだけ、当人らにしかわからないよう呼び出している】
「つまり僕達はガーベラくんを連れ帰りについてきたつもりが、逆にアナタに連れてこられていたと?」
【その通り。最優の王の我が子よ】


 たしかに過去の勇者の伝説に残されている状況と違って、ガーベラさんがここに連れてこられるまでの動向はわかりやすかったように思える。

 そもそも、今話してる相手はこの世界そのもの。捉え方によっては神様とも言える。実際、蛇の魔物だったお嬢様を不思議な力によって半魔半人まで一気に成長させた。
 それなら、地球出身者以外全員を事が済むまで絶対に眠りから起きないようにさせたりするくらいのことできたのではないだろうか、本来なら。

 それに、私たちに対して何かを選択させたがっていたり、お嬢様とロモンちゃんが皆んなに十分な説明をする時間を設けたりと、今思えば何か思惑があるかのような言動が目立っていたような気がする。


「狙いはなんじゃ?」
【話し合いだ】
「話し合い……?」
【我が子らと勇者らには今からこの場で話し合いをしてもらいたい。相談とも言う。そして決めるのだ、勇者らの運命を】
「えっと、それってつまり私達の答え次第ではアイリスちゃん達がチキューに帰らなくていいようにもできるってこと?」
【その通り】


 思えば、私達に記憶を見せる前によく考えて選択してほしいみたいなことを言っていたような気がする。その言葉は、記憶をみることに関してだけでなく、帰るかどうかに対しても訊いていたのかもしれない。
 世界の言葉をきいて、ナイトさんがほんの少しだけ不服そうな表情をしながら、声を上げた。


「もう何百年も前の話でね、忘れかけていたけれど……ここに来てから思い出しつつあるんだ、当時のこと。記憶が正しければ、そんなこと僕の時には提案してくれなかったよね? 別に怒っているわけじゃないし、ガーベラ君と違って婚約者や家族が居たわけじゃないから不満を言うつもりはないよ。ただ知りたいんだ、今回はどうしてそう言えるのか。……僕に対しても選択肢くらいは用意して欲しかった」
【すまない、先代勇者の体よ。今回の勇者達は事情が特別。故にこのような提案ができた。その理由は二つある。説明しよう】


 もしかして、私が賢者の石から人間になったから……とかだろうか。そんな風に考えていたら、世界は私達に向かって指をさした。それはあからさまに、王様のことを示していた。


「……ぼ、僕?」
【その通り。理由の一つは最優の王の我が子にある。正確には王の我が子がこれから述べる理由の筆頭と言うべきだろう】


 それから、世界は理由の一つ目を話し始める。
 結論から言うとそれは、私やガーベラさんが軍事的な利用をされないから……らしい。

 他人を急速に成長させられる私や、あっという間に強くなるガーベラさんが居れば他の国に戦争をしかけ制圧することなんて簡単にできてしまう。
 しかし、世界の見立てでは私達がいるこの王国はそれをしないし、する必要はない。

 まず勇者や賢者の石がない時点でも、この世界で一番強い力を持っているのはこの国だった。そしてそんな国のトップがルビィ王なのが良いのだと言う。王様は誰とも争わず、家臣はもちろんほぼ全ての国からも信用され、敵が一切いない。

 つまり世界は、王様が私たちの力を利用して私服を肥やすということはあり得ないと断定したようだ。
 戦争は魔王種の生誕を促進させるとのことで、世界としては遠慮願いたいのだという。


「たしかに大きな戦争があった時代は魔王種が今より頻繁に現れてた……ような記憶があるよ。まあ、そこらへんの詳しいことは僕個人であとでコハークに訊くとして。そっか、僕ってちゃんと王様できてるんだ。よかったよかった。世界そのものから褒められるなんて嬉しい限りだよ」
【家臣達も、王に感化されていると私は考えている。誇っていい、この場にいる我が子達は史上最も優秀な国の最も優しい王と、それに感化されている最も優秀で最も優しい家臣達。私もまた、この我が子達を信頼している。間違いなく、勇者らが私の下にとどまっても兵器ではなく家族として扱い続けるだろう】
「うん! その通りだよ」


 王様や皆んなは、純粋に褒められてると言ってもいい世界のその言葉に対して嬉しそうに照れ、また納得している様子をみせた。私としても世界のこの理由には納得だ。この人たちなら私やガーベラさんに人殺しなんて絶対にさせないもの。


「それじゃあ理由の二つ目は?」


 そうナイトさんが再び問うと、世界もまたそれに答える。


【二つ目は、魔王の封印に成功したため】
「封印なら僕も、それと昔の別の勇者も何人か成功しているけれど?」
【しかし、結局はその魔王は復活し再び暴れている。今回のように。封印は封印でもまた種類が違う】


 世界曰く。魔王が現れ、勇者がそれをどうやって無力化するかは今まで二つのパターンしかなかった。殺してしまうか、肉体を消滅させ活動できなくさせるか。

 前者の場合はその個体そのものを倒してしまう。これは二度と同じ魔王が現れることがない代わりに、魔王種としては早めの時期に次のものが出現してしまうらしい。

 次に後者、つまりナイトさんがとった手法の場合。今回のように配下が生き残っていたなどで同じ個体の魔王種が復活してしまう可能性があるが、次に出現するまでの期間を延ばせるし、同じ個体のため後世に情報を残せる。何百年も魔王が出現しなかったのはこのためだと言う。

 しかしそのどちらも、やがて魔王が現れるという事実に変わりがない。だが今回は魔王を半死半生の状態にし、別の空間に肉体ごと封印した。これが良いのだという。

【その魔王の肉体ごとの封印が、なんでアイリス達が帰らなくても大丈夫なことに繋がるのかゾ?】
【では次に魔王種が出現する本来の理由を話そう。まず、魔王種とは私の下で生きとし生けるもの、その全ての存在の悪意の塊だ】

 再び世界は長々と説明し始める。
 まず、この世界には地球にはない魔法及びMPが存在する。このMPが魔王を生み出す根幹。

 実はMPは、例えば呼吸や食事、なんなら存在しているだけ、そんなありとあらゆる事象で、ステータスに表示されず感知もできないほど極々微量に消費され続けているらしい。生き物だけでなくモノですら。
 モノにもMPがあったことが驚きだが、よく考えたら私は小石の時点でなぜか視覚だけは存在していた。あれはMPが影響しているのかもしれない。

 そして排出されたMPは様々手順を踏んでまた別の存在に宿る。例えばこれが魔物や人間に宿るとMPが回復した、ということになる。

 このMPの循環がこの世界を形成する上での基本の流れだが、その循環のルールから外れてしまうMPの種類があるという。

 それが悲しみ、怒り、悪意などといったマイナスの感情によって排出されたMP及び、それらの感情と共に唱えられた魔法によって消費されたMPらしい。

 普通に形容するのは面倒なので、そのマイナスの感情と魔法によるMPを《悪MP》と呼ぶことにしよう。他にもMPには種類があるみたいだけど問題なのはこの《悪MP》だけみたい。
 
 とにかく《悪MP》は、世界にとって処理がしにくい。できないわけではないが、抵抗してくるのだという。
 そしてチリも積もれば山となる。やがて処理しきれず一定の量まで溜まってしまった《悪MP》の山は、優秀な生物の体に乗り移り、その生物を魔王種に変化させる。これが、魔王の正体。

 また《悪MP》は既存の魔王種専用のMPとして吸収されようとする性質があり、魔王が既にいる場合はそれを最優先で行おうとする。

 今回の魔王のように肉体だけ滅ぼされ存在は残っていたタイプは、その性質によって復活させられる。ただ、体を乗っとるより肉体を作る方が時間がかかるので、この場合は先述のように、魔王が出現する期間が長くなるという仕組みらしい。

 そしてそれが何故今回、肉体ごと魔王をそのまま封印することにより解決したか。その理由は《悪MP》のこの『既存の魔王に最優先で吸収されようとする性質のため』なのだという。

 あまりにその性質を優先しすぎるせいで、現在の『魔王は生きてるけど、別空間に居るせいで《悪MP》の吸収はできない』という状態では、《悪MP》は新たな魔王を生み出そうとしない。つまり行き場がなくなる。

 そうして、この状態になった《悪MP》は無気力になって抵抗しなくなり、世界にとって普通のMPと同様の方法で処理できるようになるのだという。

 ……ちょっとわかりにくい。
 地球で置き換えたら、そうね、ゴミに例えたら良いのかもしれない。

 例えば枯れ草や木屑、食べカス、生物の垢や排泄物といったゴミ。これらは自然の一部として処理される。微生物などに分解されて土や養分になり、また新しい動植物へと変わっていく循環を作っている。

 しかしプラスチックや放射性廃棄物は違う。これらは自然では簡単に分解されず、途方もない年月や人の手が入らないと処理できない。処理できていない分が、私たちに対して環境汚染などと言った形で牙を剥く。

 自然で分解できないゴミが《悪MP》で、その結末である環境汚染が魔王。だいたいこんな感じに捉えて良いんじゃないかと話を聞いている限り私は考えた。

 そして《悪MP》が実質無効化されたことと、私達が帰らなくても良くなったこと、これがどう関係あるのかについて。
 
 まず、勇者・賢者の石・補助の魔物とはこの世界によって『魔王という名の《悪MP》の塊』を処理するために調整及び作成された、専用の廃棄マシンと言える。
 尚、賢者の石に関しては魔王にも効果があるのだけれど、それでも、やはり一番恩恵を受けるのは勇者であり魔王をより早く正確に処理するために仕方なく作ってるらしい。うーん……複雑な気分。

 そしてそのマシンを作るためにはMPが全く宿っていない状態の生き物の魂が必要であり、それはこの世界には存在していないため、地球などから借りてくる必要がある。

 しかし、この行為は一長一短。大きなリスクを伴う。
 別世界から生き物を魂だけとはいえ無理やり連れてくるのだから、その無理のしわ寄せが来るのは当然と言えば当然。

 そのしわ寄せは、《悪MP》が増えてしまうということ。
 魔王に対抗するために世界が生み出した勇者達……に対抗するための魔王を新しく生み出そうと《悪MP》が活発になり、本来その性質を持たないMPのいくつかの種類を無理やり《悪MP》として引き入れてしまうようになる。

 なので本来は魔王が生誕・復活するまでかかる期間が数十年から数百年であるのに対し、勇者がこの世界にとどまるとたった数年で再び魔王が現れてしまうのだという。

 でも今は《悪MP》は無気力な状態になっているため、そのリスクも無効化されており、勇者が居ても大丈夫というわけだ。
 

【前々まではこの状態になるのは机上の空論に等しかった。これが達成できたのは魔物使いの我が子達の技術が、私の予想以上に発展したおかげだ。正確には魔物使い全体ではなくターコイズ家の我が子の面々のおかげだと述べた方が正しい】


 そう、世界は拍手しながら締めくくった。たしかにおじいさんの活躍はとんでもなかった。もしかしたら単身で魔王をなんとかできてしまうのではないかと思えたほどに。


「ほっほっほ、ワシらまで褒められたのぉ」
「実際、凄まじいですからねぇ~。総騎士団長達は……」
「ああ、正直、一族で同じ程度の功績を残せる自信がない」
「同感だ……」


 騎士団長さん達が口々にそう言っておじいさんやロモンちゃん達を称え始める。世界はそれに頷きながら、さらにターコイズ家への称賛の言葉を続ける。


【魔王を封印できる技術。魔王をほぼ直接封印できる強さ。賢者の石と勇者双方への深い関係。これほどの偶然と要素が重なるのは後にも先にもターコイズ家だけ。おそらくは地球の力を借りずに自力で生誕した、新しい勇者。その証拠に双子の我が子らは、賢者の石の助力があるとはいえ勇者と同じ力を宿している。それを実際に引き出してしまうのもまた凄まじい】


 なるほど、ロモンちゃんがガーベラさんの未来予測、リンネちゃんがナイトさんの特殊な高速移動ができるのはそういうことか。今までは大天才だからで納得しようとしてたけど、勇者の力を持っているというちゃんとした理由があるならしっくりくる。


【それに本来、賢者の石は勇者と魔王以外には効果が薄れる。だがアイリスとして、生物化していることにより特性としてその効果が発揮されている可能性がある。言っておくが私はそれに関してはなにも仕組んでいない。本来、今回も普通に魔王を討伐させて終わるつもりだった。そもそも勇者とターコイズ家の我が子らが会えたのも賢者の石を仲介してこそ。もしかしたら幸運を運んできたのは賢者の石かもしれない】
「えっ!? あ、いや……えへへ、そ、そうですかね?」


 急にそんなこと言われたらびっくりする。私はゴーレムになって、人になって……。その間にしたことといえば、ロモンちゃんとリンネちゃんとイチャイチャして、冒険者になって仕事して、彼氏作ってイチャイチャして、自分のやりたいことやってただけなのだけれど。
 それら全てに意味があったのかしら。それなら……良かった。


【理由の説明は終わった。我が子達よ、相談を始めてくれ。勇者らをこの世界の住人として残すか、元の世界に返すか。自由に行き来するのは不可能だ。私にも限界がある。……存分に考えてくれ。ただ結論は今ここで出して欲しい】


 世界はそう言った。
 ガーベラさんもとい勝負くんはどちらを選ぶだろう。お嬢様はどちらを選ぶだろう。そして私はどうするのが一番良いのだろう。わからない……わからないこその話し合いだ。後悔のないように。




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次の投稿は3/9の予定です。予定変更がある場合はこの欄に記載します。

申し訳ありません、連絡した予定よりさらに1日遅くなってしまいました。この1話にギュッと伏線回収を盛り込んだらこんなことに……。

ちなみに魔王誕生のモチーフは、アイリスの説明にもあるように人間の廃棄物による環境汚染で、MPのモチーフは水や原子の循環(MP)です。
水というのは蒸発して、雲になって、雨になって、水になって、使用されて、濾過されて、海や川になって、また蒸発するというループをします。しかしもし、そのループから逸脱した存在が生まれた場合、どう対処すべきか……なんてふと考えた時があって、そのアイデアを煮詰めてたら今回の設定が生まれました。
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