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359話 記憶が戻ったのでございます。
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「あ……ああ……あ……」
お嬢様も、勝負君も、私の無残な死体も、そしてこの今の私自身すら炎に飲み込まれた次の瞬間、目の前の風景が一気に変わった。
そこにいたのは、二人の水色の女の子と仔犬。いや、ちがう。正確にはロモンちゃんとリンネちゃんとケルくん。そう、いつもの三人……。
「あぅ……う、ぅぁ……」
「アイリスちゃん、大丈夫?」
「私……私……守れなかった、守らなければならなかったのに……私……私は……あ……あぁあああ!」
私は気がついたらロモンちゃんに自分の体を預け、その胸元で大声で泣き叫んでいた。今まで忘れていたんだ、今まで忘れて、魔法だの冒険者だの結婚だのに浮かれていた。
あんなに大切な人を。守れなかったという自分の不甲斐なさを。ほとんどを記憶から消し去ってのうのうと生きていた。
お嬢様だから、要人だから、あの子を守りたかったわけじゃない。仕事だから守りたかったわけじゃない。私にとってお嬢様は家族みたいなもの。今の私でいうロモンちゃん達だ。
そんなお嬢様を私は死んでも、死んだのに、命を賭しても守れなかった。
勝負くんに対してだってそうだ。本来だったら私達といっしょに落とさなくてもよかった命。私が彼と親しくならなかったら、彼はこんなことにならなかった。全部、私のせいだ。
「私は……何もできなかった……! 私は……私は……幸せになる資格なんてないのです……! 私は……!」
「……」
ロモンちゃんは私の頭を無言で撫でてくれる。
ロモンちゃんに泣きついたってどうにもならないのはわかってる。この子を悲しませ困惑させるだけだと分かっている。でも涙が止まらない。悔しい、悔しくてたまらない。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ロモンちゃん、私、私、泣くことしか出来なくて……! しかし自分が情けなくて仕方がないのです!」
「ううん、そんなことないよアイリスちゃん」
私は顎から両頬を優しく両手で持ち上げられ、ロモンちゃんと対面するような姿勢になった。ロモンちゃんの綺麗な顔が目の前にある。優しく諭すように微笑みかけるその様は、幼くも、本来の私より年下とは思えない。
「アイリスちゃんは記憶と戦って、今、私達のこと覚えてくれていたでしょう? この世界での記憶は無くなるかもなんて言われてたのに」
「そ、それは私にとってロモンちゃん達が大切で……」
「ふふ。そして前世で失敗したからって、私達と頑張ってきたこと……私たちを何度も助けてくれたこと、これが無くなっちゃうわけじゃない。アイリスちゃんは十分頑張ったよ、幸せになる資格がないなんて言わないで」
「し、しかし……」
「そうだ、ガーベラさんもおいでよ」
私のことを再び抱きしめながら、ロモンちゃんは勝負くん、もといガーベラさんを手招きした。彼は私のように泣きじゃくってはいないが、悔しそうな表情を浮かべている。
今ならわかる。ガーベラさんが一緒にいる時間が長くなるたび私への態度が少しずつ、よそよそしさとはまた違う隔たりのような感覚を保っていた理由が。
私とて途中で彼との記憶を思い出していたら、付き合うことを了承せず距離を取っていたと思う。彼のことが嫌いとかそういうわけじゃなくて、本当に心の底から好きではあるけど、恥ずかしくて。
そして今、彼は私とお嬢様を助けられなかったことを心の底から悔いている。昔の記憶を確認して、私に合わせる顔がないなんて思っているでしょう。私たちはこういうところが似ているから、理解できる。根本的には彼は何も悪くないのに。
「ガーベラさんも、そんな浮かない表情をしないで」
「でも俺は二人を……」
「わかってるよ。でも魔法もステータスもなく剣も持ち歩いちゃいけない世界で、あんなケンジュー……だっけ? あんな危ない武器を大勢の人が待っててさ。二人は素手でだなんて。人には出来ることと出来ないことがあるよ。二人とも、自分を責めすぎなんだよ」
「……なっ!?」
「な、なぜそのことを……ロモンちゃんが?」
ロモンちゃんの口から放たれる、拳銃という単語。遠距離攻撃は弓か魔法で良いこの世界では存在しない武器。それを、なぜ彼女が知っているのか。いや、そもそも話している内容的に私達の顛末を知っているようだ。
ロモンちゃんは頬を掻きながら、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「あ……えっと、ごめんね。私、アイリスちゃんと魔物契約してるから記憶が……ね、見えちゃったというか……。ふ、普通ならこんなことできないんだけど、魔王と戦うために特訓して、おじいちゃんの力に近づいたから……」
「なるほど、そうでしたか」
たしかにそうだ。ロモンちゃんはこの数ヶ月間で勝負くん……ガーベラさん……とにかく彼のように予知能力を得ただけじゃなく、魔物使いとしても格段に成長した。
おじいさんのように全ての魔物の記憶を強制的に覗くことはできないかもしれないけれど、契約している私のくらいなら見れても不思議ではない。この子なら。
「黒髪でメガネ……? っていう装飾品つけててメイド服のアイリスちゃんも可愛かったよ! ガクセー服? っていうのも良かったなぁ」
「え、いーな! それぼくも見たかった」
「ふふふ、いいでしょ! ……て、話したいのはそこじゃなくて。私が言いたいのはその、二人ともそんなに自分を責めるなら……白蛇家のお嬢様本人に、感想を聞いてみた方がいいと思うの」
「ですが、お嬢様はここには……」
「いるよ、ちゃんと」
世界そのものは私たちに記憶を見せる前に、この場所に私達の味方となるはずの魔物は居ないと言っていた。
たしかに私達とほぼ同時に亡くなったため、あの方がその魔物である確率は高いと、今は思う。しかし仮に、もし仮にその魔物の魂がお嬢様だったとしても、この場所には結局いらっしゃらない。
【でもロモン、アレは反応を見られないって言っていたゾ。その二人にとって大事な人がなんでここにいるって言えるのかゾ?】
「反応は見れないけど、居ないとは言ってないよ」
【うむ、その通り】
「なら、いったいどういう……」
「すぐわかるよ」
そういうと、ロモンちゃんはおじいさんに目線を移した。
おじいさんはこのアイコンタクトだけですぐに何かを察したようで、一冊の封書を取り出す。
「私がアイリスちゃんと親密で、おじいちゃんとお母さん譲りの魔物使いで、ガーベラさんみたいに少し未来が見えるからわかったんだと思う。……あの封書に入っているのが、二人の言うお嬢様の魂が入った魔物だよ」
「ナーガ……さん」
そうか、封書はスペーカウの袋みたいな別空間という扱い。だから世界は曖昧な表現をしたのだろう。たしかに封書に入ったままじゃ反応は見られない。
「おじいちゃん、お願い」
「ああ」
おじいさんは封書からナーガさんを召喚した。召喚されたナーガさんは、酷くぐったりとしている。
彼女は白くて美しく珍しい蛇の魔物。私がロモンちゃん達と出会う一年ほど前におじいさんの研究対象兼仲魔となり、この一家で私の先輩として色々アドバンスをくれた方。家族の一人とも言える。しかしまさか……。
【どれ、今回は特別。直接力を与えよう。単に一段階進化するまで経験値を与え、半人化の権利を与えるだけだが……構わないだろうか、魔物使いの偉人の我が子よ】
「ワシからはなんとも言えんよ、じゃが、今はそうした方がいいじゃろう」
【その通りだ】
ナーガさんはなぜか弱っているものの、その赤い瞳は私と彼をずっと捉えている。何かを訴えかけるように。
そんな間に、世界がよくわからない理解できないような行動を起こすと、ナーガさんの身体が発光し始めた。
「すごいなぁ、世界そのものとなると、こんなことができるんだ」
「……あ、お姉ちゃん! ほら、魔物から人になる時って……」
「あー、そういえばそうだった。それなら、ぼくに任せて」
その光が晴れるか晴れないかの一瞬、リンネちゃんが私達の目の前から消え、ナーガさんの隣に現れた。手に普段リンネちゃんが使っている下着やワンピースを持っているのが少しだけ見えた気がするが、今は手元にない。
そして、ついにその光が晴れた時、そこには美しく絹のような白い長髪を垂らし紅色の目をした、双子と同い年の女の子が座っていた。
「お嬢……様……」
私が、この従者たる私が、見間違えるはずもなく。
確認を取るまでもない。この方は、間違いなく__________。
#####
少々遅れてしまって申し訳ありません!
次の投稿は2/23の予定です。予定変更する場合はこの欄に追記いたします。
……最終話まであと残り数話です。
最終話まで皆さま、どうかお付き合い頂きますよう。
お嬢様も、勝負君も、私の無残な死体も、そしてこの今の私自身すら炎に飲み込まれた次の瞬間、目の前の風景が一気に変わった。
そこにいたのは、二人の水色の女の子と仔犬。いや、ちがう。正確にはロモンちゃんとリンネちゃんとケルくん。そう、いつもの三人……。
「あぅ……う、ぅぁ……」
「アイリスちゃん、大丈夫?」
「私……私……守れなかった、守らなければならなかったのに……私……私は……あ……あぁあああ!」
私は気がついたらロモンちゃんに自分の体を預け、その胸元で大声で泣き叫んでいた。今まで忘れていたんだ、今まで忘れて、魔法だの冒険者だの結婚だのに浮かれていた。
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そんなお嬢様を私は死んでも、死んだのに、命を賭しても守れなかった。
勝負くんに対してだってそうだ。本来だったら私達といっしょに落とさなくてもよかった命。私が彼と親しくならなかったら、彼はこんなことにならなかった。全部、私のせいだ。
「私は……何もできなかった……! 私は……私は……幸せになる資格なんてないのです……! 私は……!」
「……」
ロモンちゃんは私の頭を無言で撫でてくれる。
ロモンちゃんに泣きついたってどうにもならないのはわかってる。この子を悲しませ困惑させるだけだと分かっている。でも涙が止まらない。悔しい、悔しくてたまらない。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ロモンちゃん、私、私、泣くことしか出来なくて……! しかし自分が情けなくて仕方がないのです!」
「ううん、そんなことないよアイリスちゃん」
私は顎から両頬を優しく両手で持ち上げられ、ロモンちゃんと対面するような姿勢になった。ロモンちゃんの綺麗な顔が目の前にある。優しく諭すように微笑みかけるその様は、幼くも、本来の私より年下とは思えない。
「アイリスちゃんは記憶と戦って、今、私達のこと覚えてくれていたでしょう? この世界での記憶は無くなるかもなんて言われてたのに」
「そ、それは私にとってロモンちゃん達が大切で……」
「ふふ。そして前世で失敗したからって、私達と頑張ってきたこと……私たちを何度も助けてくれたこと、これが無くなっちゃうわけじゃない。アイリスちゃんは十分頑張ったよ、幸せになる資格がないなんて言わないで」
「し、しかし……」
「そうだ、ガーベラさんもおいでよ」
私のことを再び抱きしめながら、ロモンちゃんは勝負くん、もといガーベラさんを手招きした。彼は私のように泣きじゃくってはいないが、悔しそうな表情を浮かべている。
今ならわかる。ガーベラさんが一緒にいる時間が長くなるたび私への態度が少しずつ、よそよそしさとはまた違う隔たりのような感覚を保っていた理由が。
私とて途中で彼との記憶を思い出していたら、付き合うことを了承せず距離を取っていたと思う。彼のことが嫌いとかそういうわけじゃなくて、本当に心の底から好きではあるけど、恥ずかしくて。
そして今、彼は私とお嬢様を助けられなかったことを心の底から悔いている。昔の記憶を確認して、私に合わせる顔がないなんて思っているでしょう。私たちはこういうところが似ているから、理解できる。根本的には彼は何も悪くないのに。
「ガーベラさんも、そんな浮かない表情をしないで」
「でも俺は二人を……」
「わかってるよ。でも魔法もステータスもなく剣も持ち歩いちゃいけない世界で、あんなケンジュー……だっけ? あんな危ない武器を大勢の人が待っててさ。二人は素手でだなんて。人には出来ることと出来ないことがあるよ。二人とも、自分を責めすぎなんだよ」
「……なっ!?」
「な、なぜそのことを……ロモンちゃんが?」
ロモンちゃんの口から放たれる、拳銃という単語。遠距離攻撃は弓か魔法で良いこの世界では存在しない武器。それを、なぜ彼女が知っているのか。いや、そもそも話している内容的に私達の顛末を知っているようだ。
ロモンちゃんは頬を掻きながら、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「あ……えっと、ごめんね。私、アイリスちゃんと魔物契約してるから記憶が……ね、見えちゃったというか……。ふ、普通ならこんなことできないんだけど、魔王と戦うために特訓して、おじいちゃんの力に近づいたから……」
「なるほど、そうでしたか」
たしかにそうだ。ロモンちゃんはこの数ヶ月間で勝負くん……ガーベラさん……とにかく彼のように予知能力を得ただけじゃなく、魔物使いとしても格段に成長した。
おじいさんのように全ての魔物の記憶を強制的に覗くことはできないかもしれないけれど、契約している私のくらいなら見れても不思議ではない。この子なら。
「黒髪でメガネ……? っていう装飾品つけててメイド服のアイリスちゃんも可愛かったよ! ガクセー服? っていうのも良かったなぁ」
「え、いーな! それぼくも見たかった」
「ふふふ、いいでしょ! ……て、話したいのはそこじゃなくて。私が言いたいのはその、二人ともそんなに自分を責めるなら……白蛇家のお嬢様本人に、感想を聞いてみた方がいいと思うの」
「ですが、お嬢様はここには……」
「いるよ、ちゃんと」
世界そのものは私たちに記憶を見せる前に、この場所に私達の味方となるはずの魔物は居ないと言っていた。
たしかに私達とほぼ同時に亡くなったため、あの方がその魔物である確率は高いと、今は思う。しかし仮に、もし仮にその魔物の魂がお嬢様だったとしても、この場所には結局いらっしゃらない。
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「反応は見れないけど、居ないとは言ってないよ」
【うむ、その通り】
「なら、いったいどういう……」
「すぐわかるよ」
そういうと、ロモンちゃんはおじいさんに目線を移した。
おじいさんはこのアイコンタクトだけですぐに何かを察したようで、一冊の封書を取り出す。
「私がアイリスちゃんと親密で、おじいちゃんとお母さん譲りの魔物使いで、ガーベラさんみたいに少し未来が見えるからわかったんだと思う。……あの封書に入っているのが、二人の言うお嬢様の魂が入った魔物だよ」
「ナーガ……さん」
そうか、封書はスペーカウの袋みたいな別空間という扱い。だから世界は曖昧な表現をしたのだろう。たしかに封書に入ったままじゃ反応は見られない。
「おじいちゃん、お願い」
「ああ」
おじいさんは封書からナーガさんを召喚した。召喚されたナーガさんは、酷くぐったりとしている。
彼女は白くて美しく珍しい蛇の魔物。私がロモンちゃん達と出会う一年ほど前におじいさんの研究対象兼仲魔となり、この一家で私の先輩として色々アドバンスをくれた方。家族の一人とも言える。しかしまさか……。
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「ワシからはなんとも言えんよ、じゃが、今はそうした方がいいじゃろう」
【その通りだ】
ナーガさんはなぜか弱っているものの、その赤い瞳は私と彼をずっと捉えている。何かを訴えかけるように。
そんな間に、世界がよくわからない理解できないような行動を起こすと、ナーガさんの身体が発光し始めた。
「すごいなぁ、世界そのものとなると、こんなことができるんだ」
「……あ、お姉ちゃん! ほら、魔物から人になる時って……」
「あー、そういえばそうだった。それなら、ぼくに任せて」
その光が晴れるか晴れないかの一瞬、リンネちゃんが私達の目の前から消え、ナーガさんの隣に現れた。手に普段リンネちゃんが使っている下着やワンピースを持っているのが少しだけ見えた気がするが、今は手元にない。
そして、ついにその光が晴れた時、そこには美しく絹のような白い長髪を垂らし紅色の目をした、双子と同い年の女の子が座っていた。
「お嬢……様……」
私が、この従者たる私が、見間違えるはずもなく。
確認を取るまでもない。この方は、間違いなく__________。
#####
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