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304話 私は元小石でございます。

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「え、聞き間違いじゃなかったらアイリスちゃんが賢者の石ってことでいいの?」
「その通りです」


 みんながザワザワしてる。そりゃ誰だってこんな変なこと言い出したら驚くわよね。でも、もうそれしか考えられないの。王様が静かにと言ってみんなを黙らせた。そして優しく私に質問をしてくる。


「なんで、そう思ったの?」
「そうですな、アイリス殿はこんな時に変な冗談を言う娘ではありませぬ。人ながら自身が賢者の石だと考えた経緯があるはずだの」
「コハークの言う通りだよ。ユーカン草も勇者も、どれも本当だった。アイリスちゃん、ゆっくり教えて?」


 どこから話すべきなんだろう。……いや、たぶん最初から全部だ。私がアイリスと名付けられる前、全部を話さなきゃいけない。今まで信じてもらえないと思って誰にも話さなかった私の本当の姿のことを、今。私は少し深呼吸をした。


「私は元小石なんです」


 あんまり親しくない人からの目線が痛い。でもそれは今気にしてる暇はない。ただ、事実を述べていくだけ。誰がどんな反応をしても。……私はただ、口を走らせた。


「信じられないと思って、言う必要がないと思って、ガーベラさんはおろか、ロモンちゃんとリンネちゃんにも話していません。私は……元々、小石なんです」
「どういうことなのアイリスちゃん!」
「教えてよ、ぼく達にも言ってないなんて!」
「ごめんなさい。私はゴーレムですらありませんでした。順を追ってお話しします」


 私は自分がどのように転生してきたかを一から話した。
 死んだ、という明確な感覚があったが眼を覚ますことができたこと。
 目を覚ましたらこの世界の外にいたが、目線が低く体が動かなかったこと。
 なぜか自分を見回すことができ、確認した結果、道端のなんの変哲も無い小石になっていたこと。
 小石のまま身動きが取れず、誰とも関われず、何週間か、何ヶ月か過ごしたこと。
 そんなある日トゥーンゴーレムが私が転がっていた道を歩いてきたこと。
 トゥーンゴーレムが私の前で転び、頭が欠けてしまったこと。
 トゥーンゴーレムは私を修復材料として選び、自分の体にくっつけたこと。
 それから気がついたら、私がそのトゥーンゴーレムの身体を乗っ取っていたこと。
 そして道や森を当てもなく彷徨っているうちに、ロモンちゃんとケルくんに遭遇したこと……。


「そこからはロモンちゃん達の記憶の通りです。私はゴーレムのアイリスとして過ごしてきました」
「そ、そんなことが……。確かにゴーレムは石で自己修復するけど……」
「全然わからなかったよ……」
【わからなくて当然だゾ。でも確かにこんな場所でなかったらジョークにしか聞こえないゾね】


 しばらくのざわめきと沈黙。突飛だけれど、信用せざるを得ない空気のためか誰も何も感想以外を言えないでいる。そんな中、コハーク様がハッとしたような表情を浮かべると、書類の山を漁り始めた。そして一つの本を手に取るとそれを開き、一度頷いた。


「ふむ、アイリス殿の話の通りならこの説が正しいということになるのだの!」
「アイリスちゃんのお話しに通じるような説があるの?」
「はい、王様。この本は賢者の石が元はなんだったのかを考察した研究書類をまとめたものなのですが、その中に一つ、『賢者の石は元々転生者なのではないか』という説があるのだの!」
「詳しく説明して」
「承知しましただの」


 コハーク様はその研究書類を読み始めた。その研究者は賢者の石がなぜか転生者の世界の言葉に強く反応することを理由に、賢者の石も転生者なのではないかとうたっていた。
 賢者の石は誰かに所持されている間は光り続けるらしい。しかし声をかけられるか所持されるまで光らないのは、誰も相手にしてくれず意識を閉ざしているからではないかとのこと。
 まさにその通りだ。私はトゥーンゴーレムがやってくるまでずっと、眠っていたような状態だった。


「……なるほど、それなら確かに……」
「ワシからも一つよろしいですかな、王様」
「ジーゼフ、いいよ!」
「孫娘の話を聞いて思い出したのです。過去にこんな報告があったことを」


 おじいさんが、わざと『孫娘』を強調するかのように声を張りつつそう切り出した。その報告とは、トゥーンゴーレムの意識についてのもの。
 ゴーレムには核があり、それを破壊されるとダメージや体の損傷具合に関係なく死んでしまう。しかしこの事例ではその逆に、体が全壊したものの核だけが残ったゴーレムが居たという。魔物使いの仲魔だったゴーレムが野生の魔物と相打ちになりそのような状態になってしまった。たまたま残った核を拾ったその魔物使いは、そのゴーレムを失うのが嫌でどうにかできないかと考えた。そして偶然そばを通りかかったトゥーンゴーレムを捕獲し、その体の一部を核の形に抉り、一か八か、ゴーレムの核を埋め込んだという。
 その結果、なんとそのトゥーンゴーレムは半日後にまるで昔から魔物使いの仲魔であったかのようになつき、正式に仲魔にしてからステータスを確認すると、元のゴーレムが覚えていた特技を教えてもいないのに習得していた。また、それから進化させてみると、元のゴーレムと全く同じ進化手順を辿ったという。


「となると……アイリスちゃんは本当に元は小石だし、実際ありえる話だってことになるね」
「その通りです」


 そうだ、なんなら実際に私の中に賢者の石があるのを見せた方がいいわよね。百聞は一見にしかず、って言うような気がするもの。


「あの、私、ゴーレムの姿になれば賢者の石らしきものを確認できるかもしれないんです。皆さんでご確認していただければ」
「ほんと? 見せて!」
「はい、私は人間態、魔物態ともに胸元にハート型の模様がありまして。ゴーレムの時はそこが透けて見えるので。胸元に……。あの……自分から言っておいて申し訳ないのですが、できれば確認は女性だけで……」


 いくらゴーレムの時と言っても胸元を男性にまじまじと見られるのは私としては良くない。確認が大事なことだとはわかっているけれど、どうしてもそこは譲れない。


「仕方ないね。じゃあ女性だけアイリスちゃんの賢者の石を確認してね」
「……なぜ、仕方ない……?」
「あら~~、アイリスちゃんは元ゴーレム、もとい元小石だったとしても今は年頃の女の子よ~~。当然よね~~」
「だからタイガーアイは女心がわからないと言われるんだ」
「うーむ……」
「私は見に行ってくるわ~~」


 私はリトルリペアゴーレムの体型をとった。ロモンちゃん、リンネちゃん、お母さんにペリドットさん、お姫様とお妃様まで確認しにやってきた。まずはロモンちゃんに見せる。ロモンちゃんは私のハート形の模様の中を覗き込んだ。


【どうですか?】
「おー、確かにうっすら水色に光ってるのがあるね……。今までハートの、ただの模様だと思ってたから気がつかなかった……」
【仕方ありませんよ】
「次ぼくね」
【はい】
「……おー、あるね」


 続いてお母さん達も確認した。お姫様方は普通に確認しただけだったけれど、お母さんだけが険しい顔つきになった。やがて全員が確認し終えたので私は元の人の姿に戻る。


「どう、あった?」
「しっかりアイリスちゃんの胸の中にありましたわ、お父様」
「そっかー、じゃあこれで賢者の石も解決!」
「……残念ながら一つだけ問題ができました、王様」


 王様が喜んでいたところに、賢者の石を確認してからずっと険しい顔をしていたお母さんがそう言った。たぶん、冷静に見てくれて、冷静に気がついてくれたのね。賢者の石が、私のなにになっているか。


「え、なに、ノア、どしたの? アイリスちゃんがゴーレムの病気にでもなってた?」
「違います。……私の確認が正しければ、賢者の石は既にアイリスちゃんの核となっています」
「ああ、そだよね、そりゃ賢者の石に備わってる意識そのものがアイリスちゃんだもんね、ゴーレムの大事な部分が置き換わってても不思議は……あれ? となると問題は……?」
「賢者の石が、私から取り出せないということですね」


 私の中にある限り、ガーベラさんは賢者の石を使えない。賢者の石が使えなければ魔王に勝てる確率が下がる。だから、私の中から賢者の石を取り出さなければいけない。


「おそらく、賢者の石はこの姿の時は、心臓に癒着していると思われます」
「う、うん。それで」
「……魔王に、勝ってほしいです。大事な人たちが苦しむ姿を見たくありません。……みなさん、今までありがとうございました。私は幸せでした。もっと言いたいことはたくさんあるのですが、気が変わらないうちに実行します」
「え、ちょっと……」


 ゴーレムより確実に人間態の方が賢者の石を取り出しやすい。皮膚と胸の下にあって今は見えないけど、ゴーレム同様、胸元のハート型の痣をくりぬけば賢者の石が見えるはず。そこから取り出す。
 私は服を裂いて胸元をはだけさせ、ハート型の痣を外に露出させた。そして武器をナイフの形にする。……いや、ナイフのつもりだったけど、小さなカタナみたいになった。自分の身体を刺すならば、なぜだかこっちの方がしっくりくる。
 私は自分の胸に小さなカタナを、中を抉れるように突き刺した。


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