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中編
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着いた先はおしゃれなバーで、落ち着いたムードの店内は薄暗かった。間接照明しかない。上司と話すなら普通は居酒屋だろう。内心で突っ込みは入れたが、実際は何も言わなかった。
意中の女性をデートに誘うようなバーだった。徳川は落ち着かない気持ちで案内されるまま椅子に座る。藤原が選んだ席はカウンター席ではなく、半個室だった。ますますデート色が濃い。向かい合わせに腰掛ける。顔が近かった。
息が詰まる。
「どうして、ここに?」
さすがに問いかけた。藤原がにっこりと微笑む。
「あなたとじっくり話したかったんです、徳川さん」
課長から徳川さんに呼び方が変化していた。
「昼間は辟易しましたよ。友枝さんにつかまって、彼女がいるのかとか、何歳までに結婚したいと思ってるのかとか、根掘り葉掘り訊かれて」
「彼女は……いるのか?」
「いません」
徳川は、内心でホッとしている自分が嫌だった。
(なんの期待をしてるんだ、俺は)
自己嫌悪に陥る。
「なに飲みます? ワインもカクテルもウイスキーもありますよ」
「酒は……そんなに強くないんだ」
「そうなんですか?」
一瞬、藤原の眼差しがきらめいたように見えた。
「じゃあ、カクテルでも」
「こういう店、慣れてるのか」
「いいえ。誘う相手もいませんからね」
「慣れてるように見える」
「気のせいですよ。僕だっていっぱいいっぱいなんです」
意味ありげな表情で、藤原が徳川を見つめた。
「心臓バクバクですよ。触ってみます?」
「え……」
手をつかまれ、藤原のスーツの胸に押し当てられた。
「ほら」
「……いや、スーツの上からじゃわからないから」
まだ飲んでいないのに、やけに頬が熱い。頭が煮えたように、思考が働かない。
「飲んでからどさくさに紛れて誘おうと思ってたのに、ずるいですね。まだ飲んでないのにそんな顔するなんて」
——どんな顔だ?
徳川は自分でもどんな表情をしているのか、まるでわかっていなかった。
藤原は徳川の手を握ったまま、口元へと運ぶ。
そっと口づけられた。
「……っ、な、にを……っ」
「僕の視線に気づいてませんでした? ずっとあなたのこと見てたんです、この一年」
「……え?」
藤原の熱を帯びた眼差しが、真っ向から見つめてくる。逃げ場のなさに、徳川は焦った。
(動揺するな、落ち着け、俺)
必死で自分に言い聞かせるが、震える手を止めるのは難しかった。
「……かわいい。小動物みたいですね、徳川さん」
「か、かわいい? 二十も年上の男に何を言ってるんだ、おまえは」
言われるなら、あの頃がよかった。まだ高校生だったあの頃に。
今頃になって、よく似た顔の男から言われることになるとは。
「からかってるなら、いい加減にしろ」
「からかってません。僕は本気ですよ」
藤原が店員を呼んだ。カクテルをふたつ注文する。
「お酒の弱い徳川さんに合わせます。本当はもっと強いのもイケるんですけどね」
「手、離せ」
「いやです。離したら逃げちゃうかもしれないし」
「逃げないから」
「どうかな。逃げそうな顔してますよ」
藤原に手を離す気はないようだ。徳川が困惑している間に、店員がカクテルを運んで来た。若い男と中年の男が手を繋いでいる光景を見ても、顔色ひとつ変えないのは、やはり店員のプロだからだろうか。
「飲みましょう、徳川さん」
藤原が空いている手でグラスを持った。つられるように徳川も空いている手でグラスを持つ。
「僕たちの未来に乾杯」
それはどういう意味なのだろう。徳川は疑問に思いながら、カクテルを口に含んだ。
藤原が選んだカクテルは美味かった。つい飲み干してしまいそうになる。
藤原はカクテルを半分ほど飲むと、また徳川の手に口づけた。
「……っ」
びくっと徳川が小さく跳ねる。
藤原は唇から舌先を覗かせ、徳川の指を舐めた。
「……おい……っ」
止めようとするが、藤原に止まる気はないようだ。
一本一本丁寧に舐められる。徳川はぞくぞくと小さく震えた。気が遠くなりそうになる。
変な気分だった。高校生の頃に戻ったような錯覚をする。片想いをしていた彼に指を舐められているような気分だった。顔がよく似ているせいだ。藤原は彼じゃない。頭ではわかっているのに、身体が、感覚が、言うことを聞かない。
「……指、舐められるの、好きですか。気持ちいい顔してる」
カッと全身が熱くなった。そんなつもりではなかったのに、そんな顔になっていたなんて。
「……ちが……」
手を奪い返さなければ。そう思ったのに、力が入らない。
「ねえ、徳川さん」
藤原が熱い眼差しで徳川を見つめながら口を開いた。
「ホテルに行きませんか?」
——何故、誘いを断ることができなかったのだろう。
シャワーの音が耳に響く。後ろから抱きしめてくる腕が、思っていた以上に力強い。何をしているのだろう。自分でも自分がよくわからない。
半ば強引に口づけられる。舌を吸われ、絡め取られた。こんなキスは初めてだ。徳川は高校生のあの日以来、恋をしていない。四十五年も生きてきて、まともに誰かと身体を重ねたことがない。
「慣れてないんですね。かわいい」
向かい合わせになり、胸に吸いつかれた。動揺で震える。
目の前に立つ、若い胸板、腹筋。張りのない自分の身体が恥ずかしい。徳川はただ細いだけで、鍛えあげた筋肉など微塵もない。
「俺じゃなくても、もっと他にいるだろ。若くて、顔のいい奴なんて、いくらでも」
「僕はあなたがいいんですよ、徳川さん。あなたでないとダメなんです」
はっきりと言われ、心が揺らぐ。拒むなんて無理だった。
「……う……」
バスルームに座る藤原の足の間に挟まれ、徳川の足が大きく開かされる。足の間では後ろから伸びた藤原の手が、遠慮を忘れたように性器を握ってきた。根元から先端にかけて丁寧に揉み込まれ、手早く扱かれる。もう片方の手でその下の袋も優しく揉まれ、徳川は頭が変になりそうだった。
「あぁ……あぁっ……もう……っ」
「イキそうですか?」
問われて、徳川は何度も頷く。なのに藤原は急にいじるのをやめた。離した手をさらに下へと運ぶ。窄まりに指先が当たった。徳川が焦る。
「待っ、そこも、なのか?」
「そうですよ。僕が挿れる側ですから」
きっぱりと断言され、徳川は戸惑った。二十も年下の男にリードされるのか?
確かに自分が藤原に挿れるなんて、とても考えられなかった。ならば当然こうなるわけだが、自分が藤原から挿れられるのも考えにくい。
「大丈夫です。僕を信じてください。気持ちよくしてあげますから」
耳元で囁かれる。徳川はそっと息をつき、藤原の胸板に背中を預けた。
流されている自覚はあるが、ここまで来てしまった以上、もう後戻りはできない。
窄まりに指先が当たり、ゆっくりと進入してきた。かすかに声が出たが、シャワーの湯の音でかき消される。第一関節まで入って、ゆっくりと引き抜かれた。また入って来る。
呼吸が乱れた。しばらく入り口ばかり、もてあそぶようにいじられる。やがて第二関節まで入って来た。また抜かれる。再び入って来る。
「……あぁ……」
徳川は身をよじらせた。頭も頬も煮えたように熱い。
意中の女性をデートに誘うようなバーだった。徳川は落ち着かない気持ちで案内されるまま椅子に座る。藤原が選んだ席はカウンター席ではなく、半個室だった。ますますデート色が濃い。向かい合わせに腰掛ける。顔が近かった。
息が詰まる。
「どうして、ここに?」
さすがに問いかけた。藤原がにっこりと微笑む。
「あなたとじっくり話したかったんです、徳川さん」
課長から徳川さんに呼び方が変化していた。
「昼間は辟易しましたよ。友枝さんにつかまって、彼女がいるのかとか、何歳までに結婚したいと思ってるのかとか、根掘り葉掘り訊かれて」
「彼女は……いるのか?」
「いません」
徳川は、内心でホッとしている自分が嫌だった。
(なんの期待をしてるんだ、俺は)
自己嫌悪に陥る。
「なに飲みます? ワインもカクテルもウイスキーもありますよ」
「酒は……そんなに強くないんだ」
「そうなんですか?」
一瞬、藤原の眼差しがきらめいたように見えた。
「じゃあ、カクテルでも」
「こういう店、慣れてるのか」
「いいえ。誘う相手もいませんからね」
「慣れてるように見える」
「気のせいですよ。僕だっていっぱいいっぱいなんです」
意味ありげな表情で、藤原が徳川を見つめた。
「心臓バクバクですよ。触ってみます?」
「え……」
手をつかまれ、藤原のスーツの胸に押し当てられた。
「ほら」
「……いや、スーツの上からじゃわからないから」
まだ飲んでいないのに、やけに頬が熱い。頭が煮えたように、思考が働かない。
「飲んでからどさくさに紛れて誘おうと思ってたのに、ずるいですね。まだ飲んでないのにそんな顔するなんて」
——どんな顔だ?
徳川は自分でもどんな表情をしているのか、まるでわかっていなかった。
藤原は徳川の手を握ったまま、口元へと運ぶ。
そっと口づけられた。
「……っ、な、にを……っ」
「僕の視線に気づいてませんでした? ずっとあなたのこと見てたんです、この一年」
「……え?」
藤原の熱を帯びた眼差しが、真っ向から見つめてくる。逃げ場のなさに、徳川は焦った。
(動揺するな、落ち着け、俺)
必死で自分に言い聞かせるが、震える手を止めるのは難しかった。
「……かわいい。小動物みたいですね、徳川さん」
「か、かわいい? 二十も年上の男に何を言ってるんだ、おまえは」
言われるなら、あの頃がよかった。まだ高校生だったあの頃に。
今頃になって、よく似た顔の男から言われることになるとは。
「からかってるなら、いい加減にしろ」
「からかってません。僕は本気ですよ」
藤原が店員を呼んだ。カクテルをふたつ注文する。
「お酒の弱い徳川さんに合わせます。本当はもっと強いのもイケるんですけどね」
「手、離せ」
「いやです。離したら逃げちゃうかもしれないし」
「逃げないから」
「どうかな。逃げそうな顔してますよ」
藤原に手を離す気はないようだ。徳川が困惑している間に、店員がカクテルを運んで来た。若い男と中年の男が手を繋いでいる光景を見ても、顔色ひとつ変えないのは、やはり店員のプロだからだろうか。
「飲みましょう、徳川さん」
藤原が空いている手でグラスを持った。つられるように徳川も空いている手でグラスを持つ。
「僕たちの未来に乾杯」
それはどういう意味なのだろう。徳川は疑問に思いながら、カクテルを口に含んだ。
藤原が選んだカクテルは美味かった。つい飲み干してしまいそうになる。
藤原はカクテルを半分ほど飲むと、また徳川の手に口づけた。
「……っ」
びくっと徳川が小さく跳ねる。
藤原は唇から舌先を覗かせ、徳川の指を舐めた。
「……おい……っ」
止めようとするが、藤原に止まる気はないようだ。
一本一本丁寧に舐められる。徳川はぞくぞくと小さく震えた。気が遠くなりそうになる。
変な気分だった。高校生の頃に戻ったような錯覚をする。片想いをしていた彼に指を舐められているような気分だった。顔がよく似ているせいだ。藤原は彼じゃない。頭ではわかっているのに、身体が、感覚が、言うことを聞かない。
「……指、舐められるの、好きですか。気持ちいい顔してる」
カッと全身が熱くなった。そんなつもりではなかったのに、そんな顔になっていたなんて。
「……ちが……」
手を奪い返さなければ。そう思ったのに、力が入らない。
「ねえ、徳川さん」
藤原が熱い眼差しで徳川を見つめながら口を開いた。
「ホテルに行きませんか?」
——何故、誘いを断ることができなかったのだろう。
シャワーの音が耳に響く。後ろから抱きしめてくる腕が、思っていた以上に力強い。何をしているのだろう。自分でも自分がよくわからない。
半ば強引に口づけられる。舌を吸われ、絡め取られた。こんなキスは初めてだ。徳川は高校生のあの日以来、恋をしていない。四十五年も生きてきて、まともに誰かと身体を重ねたことがない。
「慣れてないんですね。かわいい」
向かい合わせになり、胸に吸いつかれた。動揺で震える。
目の前に立つ、若い胸板、腹筋。張りのない自分の身体が恥ずかしい。徳川はただ細いだけで、鍛えあげた筋肉など微塵もない。
「俺じゃなくても、もっと他にいるだろ。若くて、顔のいい奴なんて、いくらでも」
「僕はあなたがいいんですよ、徳川さん。あなたでないとダメなんです」
はっきりと言われ、心が揺らぐ。拒むなんて無理だった。
「……う……」
バスルームに座る藤原の足の間に挟まれ、徳川の足が大きく開かされる。足の間では後ろから伸びた藤原の手が、遠慮を忘れたように性器を握ってきた。根元から先端にかけて丁寧に揉み込まれ、手早く扱かれる。もう片方の手でその下の袋も優しく揉まれ、徳川は頭が変になりそうだった。
「あぁ……あぁっ……もう……っ」
「イキそうですか?」
問われて、徳川は何度も頷く。なのに藤原は急にいじるのをやめた。離した手をさらに下へと運ぶ。窄まりに指先が当たった。徳川が焦る。
「待っ、そこも、なのか?」
「そうですよ。僕が挿れる側ですから」
きっぱりと断言され、徳川は戸惑った。二十も年下の男にリードされるのか?
確かに自分が藤原に挿れるなんて、とても考えられなかった。ならば当然こうなるわけだが、自分が藤原から挿れられるのも考えにくい。
「大丈夫です。僕を信じてください。気持ちよくしてあげますから」
耳元で囁かれる。徳川はそっと息をつき、藤原の胸板に背中を預けた。
流されている自覚はあるが、ここまで来てしまった以上、もう後戻りはできない。
窄まりに指先が当たり、ゆっくりと進入してきた。かすかに声が出たが、シャワーの湯の音でかき消される。第一関節まで入って、ゆっくりと引き抜かれた。また入って来る。
呼吸が乱れた。しばらく入り口ばかり、もてあそぶようにいじられる。やがて第二関節まで入って来た。また抜かれる。再び入って来る。
「……あぁ……」
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