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第22話 堕ちる
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扉を開けると、その先には何もなかった。
ただ白い。真っ白しかない。
床があるのか、天井があるのか、壁があるのか、まったくわからない。
「…………」
冷や汗を滲ませながら、ラムティスはごくりと唾を飲み込んだ。
前にも似たような部屋に遭遇したことはある。
もし、床に落ちたらどうなるのだろう。
どこか別の部屋に到着するだけなのか、それとも死か——。
「……ガルド、どうする」
「ドアはこれだけだからな。別の道はねぇ」
「……落ちるか?」
ラムティスは振り返り、ガルドの顔を見つめた。
ガルドは苦虫を噛み潰したような、苦々しい表情をしている。
「そんな死に方はしたくねぇな」
「俺もだ」
部屋から出ないという選択肢もある。
だがそれは同時に、食料を得られないということでもある。
食べるためには進むしかない。
留まれば、餓死だ。
ラムティスは、つま先だけをドアの向こう側に出してみた。
感触が何もない。無だ——。
白くて何もない空間。
下を覗き見ても、ただ白が続くだけで、何もない。
「どちらにせよ、俺たちには死しかない。食料がないから、動かなければ餓死だ。ここを飛び降りるしかない。俺たちは魔王の玩具だ。生かすも殺すもヤツ次第。俺たちに選択肢など、最初からあってないようなものだったのだろう」
「初めから殺す気だった……か」
「わからない。この下に落ちても死なないかもしれない」
「俺が先に落ちてみるか」
ガルドがそう言うと、ラムティスが止めた。
「ダメだ。ふたり同時で行こう」
「なぜだ。俺が死んでもおまえが助かる可能性もあるだろう。どちらかが落ちて、どちらかが残る道もある。必ずしも同じ行動をしなきゃならないってわけじゃねぇだろ」
「俺が嫌なんだ。置き去りにされたくない」
ようやく人と会えたのに。また一人きりにされるのは嫌だ。
どうせ死ぬなら、ガルドと一緒がいい。ラムティスは心の底からそう思った。
ガルドがラムティスの肩の布を乱暴につかんだ。
「俺がおまえを突き落として、自分だけ生き残ろうとするとは思わないのか」
ラムティスは冷静な眼差しでガルドを見つめた。
「それでもいいぞ」
ガルドがハッとした顔を見せる。
「俺が落ちて、おまえが生き残る。それでもいい。突き落としてくれ」
「…………」
ガルドは疲れたようにため息をついて、ラムティスの肩から手を離した。
「わかった。同時にだな」
「ああ」
ラムティスが笑顔を見せた。
ガルドの手のひらに、ラムティスは手のひらを重ねた。
しっかりと握り合う。
「同時だからな。数えるぞ。3、2、1」
ガルドの掛け声に合わせて、ラムティスは足を踏み出した。
ガルドも同時に足を踏み出す。
両足で一歩跳ぶように。
何もない、白い空間に——。
ふわっと空気抵抗を感じた。重力に負けたように、身体が斜めに傾く。
逆さになり、頭が下へ向いた。想像通りの落下だった。
ガルドの手だけは離さない。ラムティスはもうそれしか考えられなかった。
生きる時も、死ぬ時も、彼と一緒に——。
落ちる空間の中で、視線を向けると、同じように落下しているガルドがいた。
そんな余裕があるとは思えないのに、彼は空いているほうの腕を伸ばし、ラムティスを抱き寄せた。
反射的にラムティスはガルドにしがみつき、そのまま落下しながらふたりは互いに抱き合った。
言葉などもういらなかった。交わさなくても、互いの気持ちがわかる。
ガルドはラムティスを守るように、ラムティスはガルドを守るように、互いを抱きしめながら落下して行く。
だが、どれほどの時間が経過しても、打ちつけられる衝撃はなかった。
地面に到着する前に、空中で止まったからだ。
ただ白い。真っ白しかない。
床があるのか、天井があるのか、壁があるのか、まったくわからない。
「…………」
冷や汗を滲ませながら、ラムティスはごくりと唾を飲み込んだ。
前にも似たような部屋に遭遇したことはある。
もし、床に落ちたらどうなるのだろう。
どこか別の部屋に到着するだけなのか、それとも死か——。
「……ガルド、どうする」
「ドアはこれだけだからな。別の道はねぇ」
「……落ちるか?」
ラムティスは振り返り、ガルドの顔を見つめた。
ガルドは苦虫を噛み潰したような、苦々しい表情をしている。
「そんな死に方はしたくねぇな」
「俺もだ」
部屋から出ないという選択肢もある。
だがそれは同時に、食料を得られないということでもある。
食べるためには進むしかない。
留まれば、餓死だ。
ラムティスは、つま先だけをドアの向こう側に出してみた。
感触が何もない。無だ——。
白くて何もない空間。
下を覗き見ても、ただ白が続くだけで、何もない。
「どちらにせよ、俺たちには死しかない。食料がないから、動かなければ餓死だ。ここを飛び降りるしかない。俺たちは魔王の玩具だ。生かすも殺すもヤツ次第。俺たちに選択肢など、最初からあってないようなものだったのだろう」
「初めから殺す気だった……か」
「わからない。この下に落ちても死なないかもしれない」
「俺が先に落ちてみるか」
ガルドがそう言うと、ラムティスが止めた。
「ダメだ。ふたり同時で行こう」
「なぜだ。俺が死んでもおまえが助かる可能性もあるだろう。どちらかが落ちて、どちらかが残る道もある。必ずしも同じ行動をしなきゃならないってわけじゃねぇだろ」
「俺が嫌なんだ。置き去りにされたくない」
ようやく人と会えたのに。また一人きりにされるのは嫌だ。
どうせ死ぬなら、ガルドと一緒がいい。ラムティスは心の底からそう思った。
ガルドがラムティスの肩の布を乱暴につかんだ。
「俺がおまえを突き落として、自分だけ生き残ろうとするとは思わないのか」
ラムティスは冷静な眼差しでガルドを見つめた。
「それでもいいぞ」
ガルドがハッとした顔を見せる。
「俺が落ちて、おまえが生き残る。それでもいい。突き落としてくれ」
「…………」
ガルドは疲れたようにため息をついて、ラムティスの肩から手を離した。
「わかった。同時にだな」
「ああ」
ラムティスが笑顔を見せた。
ガルドの手のひらに、ラムティスは手のひらを重ねた。
しっかりと握り合う。
「同時だからな。数えるぞ。3、2、1」
ガルドの掛け声に合わせて、ラムティスは足を踏み出した。
ガルドも同時に足を踏み出す。
両足で一歩跳ぶように。
何もない、白い空間に——。
ふわっと空気抵抗を感じた。重力に負けたように、身体が斜めに傾く。
逆さになり、頭が下へ向いた。想像通りの落下だった。
ガルドの手だけは離さない。ラムティスはもうそれしか考えられなかった。
生きる時も、死ぬ時も、彼と一緒に——。
落ちる空間の中で、視線を向けると、同じように落下しているガルドがいた。
そんな余裕があるとは思えないのに、彼は空いているほうの腕を伸ばし、ラムティスを抱き寄せた。
反射的にラムティスはガルドにしがみつき、そのまま落下しながらふたりは互いに抱き合った。
言葉などもういらなかった。交わさなくても、互いの気持ちがわかる。
ガルドはラムティスを守るように、ラムティスはガルドを守るように、互いを抱きしめながら落下して行く。
だが、どれほどの時間が経過しても、打ちつけられる衝撃はなかった。
地面に到着する前に、空中で止まったからだ。
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