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第19話 刹那の夢

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 目を覚ますと、天井がなかった。
 いや、遥か遠くにあるのかもしれない。
 ただただ白いだけの空間が広がっている。
 天井が近いのか遠いのかすらわからない。
 まるで空のように、どこまでも続いている。
 今まで目の前の扉や部屋に気を取られすぎていた。
 天井に意識を向けていなかった。
 どうして気づかなかったのだろう。
 壁はあるのに天井がないことに。
「……ガルド、いるか?」
「いるぜ?」
 声だけ聞こえた。視界にはいない。
 ラムティスは首を動かし、声の主を探した。
 すぐそばにいた。座っている。服を着ていた。
 ラムティスは自分の身体に触れ、いつの間にか着せられていたことに気づいた。
「部屋は移動したいが、動けそうにない」
「ああ」
 ガルドはすべてわかっているような顔でうなずいた。
「モンスターと遭遇したら、戦えそうもねぇな」
「……こんなに疲れるんだな」
 ラムティスは、ほぅと息をついた。
「享楽に耽るのも、それほど楽ではないな」
「俺は楽しかったぜ?」
「……俺も、思っていたよりは悪くなかった」
 あれほど抗っていたのに、越えてみれば、それほどたいしたことではなかったような気もする。
 憑き物が落ちたように、今はすっきりしてしまっている。
 タガが外れてしまったので、これからは安易に交わってしまうのだろう。
 この男と。
「悪くなかった?」
 ガルドが不思議そうな顔をする。
「あんなに泣いて嫌がってたのに?」
「俺も、よくわからないんだ。なんで急に泣いたのか、なんで受け入れられたのか。とても悲しかったし、だけど気持ちよかった。どういう感情が渦巻いていたのか、今となってはもうよくわからない……」
「慰み者じゃないと泣いたんだ」
「あぁ……」
 思い出した。
「性の対象としてもてあそばれるのが悲しくなったんだ。なんというか……貶められているようで」
「だから俺も謝った。俺は楽しみたかっただけだし、いじめてるつもりじゃなかったからな」
「でも今となっては……悪くなかったし、気持ちよかった……と思う」
 ガルドが近づいてきた。横たわるラムティスの真上から覗き込んでくる。
「キスするぞ」
「……ああ」
 ラムティスはまぶたを閉ざした。唇に柔らかな弾力。
 ガルドの舌にこじ開けられる。歯列を舐められ、そっと口を開けて舌を差し出した。
 舌にガルドの舌先が押しつけられる。互いに押し合い、絡み合った。
 さんざん互いの唇を味わった後、そっと離れる。一瞬、寂しいような、後ろ髪を引かれるような気分になった。
 ガルドがラムティスの真横に転がった。ラムティスもそちらへ視線を向ける。
(俺はただ、寂しかっただけなのかもしれない)
 ガルドが手を伸ばし、腕の中にラムティスを閉じ込めた。ラムティスはされるがままでいた。
(だから突然与えられた温もりを、心地よく感じてしまっているだけなのかもしれない)
 ラムティスは、ガルドの腕の中でまぶたを閉ざす。
(愛とか恋とか、そういうものではなく、ただ温もりに飢えている。それだけなのかもしれない)
 半年もの時間を、一人きりで過ごしてきた。
 誰とも喋らず、誰とも接することなく、触れ合いもなく。
 今は、ガルドの腕が愛おしいもののように感じる。
(ずっと抱きしめていてほしい。この温もりから出たくない)
 いつの間にかそんな風になってしまった自分に戸惑う。
(きっと俺は寂しかったんだ)
 ラムティスは自分を納得させる言葉を探した。
 でなければ、自分の心に起きた、この急激な変化を説明できないからだ。
(このダンジョンから出ることができたら、あっさりとさよならだろう。きっと今だけ。今だけの温もり。ダンジョンにいる間だけの)
 束の間の。
 疑似恋愛。
 なぜなら彼は、娼館で誰かを抱くのと同じようにラムティスを抱いていたに違いないからだ。
 まぶたを開くと、とても近い場所にガルドがいた。彼はラムティスを見ていた。ずっと見ていたのだろうか。ラムティスの髪に優しく触れる。
 彼は誰と寝る時も、こんな風なのだろうか。
 嫌いだったのに、うっかり好きになりそうになる。
 まるで恋人なのかと錯覚するような触れ方をする。
 身体の奥の奥まで暴かれた。恥ずかしい場所をさんざん見られ、触られ、いじられた。今となっては、不思議と嫌ではない。さんざん好き勝手にいいようにされたのに、嫌ではない。
 ガルドの顔が近づいてきた。あ、キスされる、と思った時にはもうされていた。
 先のことは考えるのをやめよう。ラムティスは思った。今この瞬間の刹那を、何も考えずに味わっていよう。そう決めた。
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