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第四章 闇を祓う輝き

六、どうか幸せでありますように

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 藤の花が咲いている。

 藤棚から零れ落ちそうなほどに開花し、舞い落ちる花弁は雪のよう。
 思わず手を伸ばしてみるが、小さな手と体では届かなかった。

 自分は何かを探していたのではないか、と周囲を見渡すが、何も思い出せない。
 ふと見上げれば、藤は全て枯れ落ちて、残されたのは一面を覆いつくす宿り木の葉。
 その光景は、とても悲しくて、恐ろしくて、涙が溢れそうに――

「藤花」
 気付けば、目の前には母がいた。
 膝をつき、此方と目線を合わせて微笑む顔は、儚く美しかった。

「藤花」
 気付けば、隣には父がいた。
 彼は自分を抱き上げて、宿り木の空に近付ける。
 目を凝らすと、生い茂る木々の中に、別の何かが見えた。
 それは、小さくて白い、赤子の手のひら。
 それを見つけた時、自分が探していたものに気付き、そっと握る。

 そして、藤の花が咲いた。


「藤花・・・・・・藤花!」
 自らを呼ぶ声に気付き、うっすらと目を開ける。
 天津桐矢が、此方を見降ろしていた。
 いつもの不愛想で人相の悪い顔は、今にも、泣き出しそうに見えた。
 彼の姿を見て、藤花も徐々に記憶を取り戻す。
「撫子様は?」
 いつの間にか横たわっていたらしい体を、ゆっくり起こした。

(これ・・・・・・どういうこと?)
 藤花は意識を失いながらも、撫子の手をしっかりと握り締めていたようだ。
 二人の繋がれた手からは、淡い光が放たれていた。
 藤色に輝くそれは、撫子を囲うように円を描いている。
 中に刻まれるのは、下り藤の紋。
 淡く輝く光に包まれて、撫子を覆っていた宿り木は静かに枯れ落ちていった。

「撫子っ」
「撫子様」
 藤花と桐矢がそれぞれ撫子に近付く。
 彼女の体を触ると、脈や呼吸に問題はなさそうだ。
「よかった・・・・・・撫子様、本当に・・・・・・」
 そっと抱き寄せた彼女の体は、仄かに温かい。
 藤花の涙が、赤く色付いた頬に、幾つか降り注いだ。

「お前が・・・・・・やったのか・・・・・・?」
 宿り木と共に静かに消えゆく光を見渡しながら、桐矢が呟く。
「そう・・・・・・なのかな・・・・・・」
 母が教えてくれた『おまじない』――下り藤の刺繍は、これまでに『護りの才』とやらを発揮していた。
 しかし、このような形で現れたことは初めてで、藤花も困惑していた。
 傍らの紅鏡を見れば、『よくやった』と言わんばかりに頷いているので、そういうことなのだろう。
「・・・・・・そうか」
 藤花は首を傾げるしかないが、桐矢の方は納得したようだ。
 今までに見たことの無い優しい笑みで、撫子の頭を撫でている。
 彼女を案ずる兄の姿を見ていると、どんな力でも、撫子を救えただけで良かったと安堵できて――

「桐矢様ぁ!」
「お助けを!」
 その場の空気を台無しにしたのは、『甲乙』の情けない声。
 藤花達を此方に案内した後、どこかへ行っていたらしい。
 二人は喧しい足音を立てながら、中へ入って来る。
「出涸らし生きてる!?」
「流石桐矢様!」
「じゃあ次は芙蓉様を!」
「青柳様も大変なの!」
 屋内の様子を一瞥すると、交互に叫ぶ。
 外でも、何か不測の事態が起きていることは理解できた。

『甲乙』の声を聞きながら、桐矢は舌打ちを鳴らす。
「・・・・・・どいつもこいつも、問題しか起こさねえのか!」
(それはそう。本当にそう)
 心からの叫びには同意する。
 再び眉間に皺を寄せ、いつもの人相の悪さを取り戻すと、桐矢は立ち上がる。
「撫子を頼む」
 そう言うと、『甲乙』と共に走り去ってしまった。

 彼らの足音が遠ざかると、室内に静けさが満ちる。
 いつの間にか雛菊のすすり泣く声は止み、彼女も崩れ落ちるように倒れていた。
「おんしが術を解いたことで、何かしらの反動を受けたのかもな」
 紅鏡が呟くが、彼女の容態には特に興味が持てなかった。
 大事なのは、目の前の撫子だけ。

「ん・・・・・・」
 彼女の頭を撫でていると、次第に身じろぎを始める。
 そして、ゆっくりと目を開いた。
「藤花・・・・・・猫ちゃん・・・・・・」
「撫子様っ」
 撫子はぼんやりとした瞳で此方を見上げながら、ゆっくりと体を起こす。
「お体は大丈夫ですか?」
「うん・・・・・・藤花の夢を見たの・・・・・・ずっと、私を守ってくれた・・・・・・ありがとう」
 藤花に向かってふんわりと微笑むが、すぐに撫子の表情が曇る。
「でも、あの子もいた・・・・・・ずっと、苦しんでる・・・・・・行かなきゃ・・・・・・」
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