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第三章 伏魔殿の一族

六、招かれざる客達

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「邪魔するぞ」
 綿雲流れる青い空の下、お昼過ぎにやって来たのは、望まぬ客人であった。
「うわ、次男様だ」
 門や扉の鍵を開け、遠慮なく入って来る袴姿の男に、藤花は慄いた。
 撫子の兄君でなければ、『邪魔だから帰れ』と言いたい所存。

「よう仔馬。これ」
「藤花です・・・・・・何これ」
 抗議の声も無視して、彼は遠慮なく玄関から上がり込む。
 差し出された袋は、ずしりと重い。
 袋の口を開けて中を覗けば、幾つかの茶色い塊。
「里芋?」
「ひゃあお! よくやった小僧ぉ!」
 藤花の呟きに歓喜の声を上げたのは紅鏡であった。
 今まで聞いたことのない雄たけびと共に、前脚を上げて万歳の姿勢・・・・・・今日の夕餉は里芋の豚汁で決まりのようだ。
「お兄様、いらっしゃいませ」
 桐矢の声が聞こえたのか、自室からは撫子も飛び出してくる。
 妹の期待する眼差しに答えるかのように、桐矢は懐から手紙を出した。
「ほれ、千代から」
「わあ」
 手紙を大事そうに受け取る撫子・・・・・・そんな笑顔を見せられたら、桐矢に文句を言いづらい。
 撫子と紅鏡――二者が歓迎するので、藤花としては受け入れざるを得なかった。
 何だか釈然としない。

「寝てねぇんだ。ちょっと休ませてくれ」
 まるで自室かのように、桐矢は居間に寝転ぶ。
 その辺の座布団を枕代わりにして、すぐにいびきをかき始めた。
(本当に、何なのかしら、この人)
 華族のお坊ちゃんらしく、歩く姿や食事の所作は、静かで丁寧。
 でも、口調は荒々しく乱暴で、家に乗り込む姿は野党の類にしか見えない。
 しかも、今日は衣服の所々に引っ掻いた跡が見られており、何かしらの荒事に巻き込まれていたであろうことが予測される。
 撫子曰く、桐矢は不在の当主や病弱な長兄に代わり術者として多忙を極めているらしいので、藤花の与り知らぬ重責があるのだろう。
(まあ、疲れてるなら仕方ないわね)
 静かに襖を閉めて、台所に向かう。
 面倒ではあるが、彼らのために里芋を処理する必要があるようだ。


「そうそう、これが良いのだ」
「そんなに好きだったのね」

 日の沈む頃に桐矢は目覚め、撫子と共に豚汁を食すと、邸宅を去って行った。
 それを見送ってから、藤花も夕食を食べることにした。
 向かいの紅鏡は、椀に顔を突っ込みながら、一心不乱に里芋を食している。
 里芋も美味しいとは思うが・・・・・・藤花は、やはり甘藷入りの方が好きだ。
「あの小僧、見所がある。お前もそんな顔をせんと、しっかりと持て成すんだぞ」
「・・・・・・里芋の為に?」
 初対面の印象が悪すぎて、彼の顔を見ると半眼になるし、思い出すだけでも半眼になる。
 藤花の精神衛生上、よろしくない存在なので、あまり顔を会わせたくない所。
「ちび姫のことを考えれば、天津家の術者に味方を作っておくほうがいいだろう? あの母親は頼りにならんし、青柳とか言う輩は腹に一物抱えてそうで好かん」
「それは・・・・・・まあ、そう」
 男としてなら最低の部類だが、撫子の身内としてはまともな方・・・・・・禄でもない姉や使用人を見ているせいか、評価基準がおかしい気もするが。
「それに」
 椀から顔を上げた紅鏡の笑みは、どことなく、品の無い印象を与える。
「腕もいいし顔もいい。天津家の生まれなら金もある。あれは将来有望――」
 何だか下世話な話題に持って行こうとしているらしき化け猫の耳がぴくりと揺れる。
「・・・・・・ふむ。面倒なことになりそうだぞ」
「え?」
 また、天津家から嫌な奴が・・・・・・と思いながら腰を浮かす。
 その時――

「きゃあああっ」
 予想していなかった方角――隣の部屋から、小さな悲鳴が聞こえた。


「お嬢様っ」
 慌てて撫子の部屋に飛び込んでみれば、部屋の中央には布の塊が転がっていた。
 何故か淡い藤色の光を放つそれは、小刻みに震えている。
 おそらく、撫子が隠れているのだろうと判断した。
 その周りを、犬のような形をした黒い靄が三つ囲んでいる。
 そのうち一つは脚を宿り木に取られて身動きが取れていないが、残り二体で撫子に噛み付こうとしていた。
「何してるのよ!」
「小物が」
 すかさず紅鏡が飛び掛かり、撫子を襲っていた二体は燃え上がるように姿を消す。
 藤花も残りの一体をお玉で叩いてみるが・・・・・・煙のように揺らぐだけで、姿を消すに至らなかった。
「これは・・・・・・何かの術で生み出されたようだな」
 紅鏡が呟きながら前脚を立てると、今度は静かに消えていく。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
 藤花が布を剥がすと、中には瞳を濡らした撫子がうずくまっていた。
「藤花ぁ・・・・・・」
「怪我はありませんか?」
 撫子は何度も頷きながら、藤花に縋りつく。
 そんな彼女を落ち着かせるように背中を擦った。
「急に、外から入って来て・・・・・・」
 撫子が指さす先は、閉ざされた障子窓。
「私、術を使ってみても、倒せなくて・・・・・・怖くなって、それに隠れてたの」
 撫子が掴んでいる布――彼女の為に藤花が繕った半纏であった。
 擦り切れた着物を使いまわしたもので、お守り代わりに下り藤の紋を刺繍している。
 先程までの光は、気付けば消えていた。
「ふむ・・・・・・『護りの才』のおかげかの」
 紅鏡が呟くそれは、藤花自身にもよくわかっていない力。
「外に、良からぬ輩の気配があった。そやつが術でちび姫を害そうとしたが・・・・・・おんしの力で守られたのだろう」
「そう・・・・・・」
 撫子を守れたのは僥倖である。
 僥倖ではあるが。
 術を使ってまで撫子を傷付けようとするとは・・・・・・。
(絶対許さないわよ)
 撫子を守るため、招かれざる客は全員追い払ってやる――
 怯える撫子を抱きしめながら、藤花は内心やる気に満ちていた。
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