19 / 72
第二章 花散る所の出涸らし姫
九、静寂と疾風
しおりを挟む
「・・・・・・外部の者を連れてくるのは憚られるのですが」
青柳の表情からは『不本意』という言葉がありありと伝わっていた。
「なに、気にするな」
彼の視線を受けても、葵は朗らかに笑っている。
「私は天津家長男の婚約者だからな。身内同然であるし・・・・・・」
そこで、青柳の肩を叩く。
「私と貴殿は、先程『友人』となった。夜分に出掛ける友に付き添うのは当然だろう」
「良き友を持ちましたな葵殿ぉ!」
「天津の屋敷を見張った甲斐がありましたぞぉ!」
葵の付き人達の囃し立てる声を聞き、青柳は深く溜め息を吐いた。
「さて、藤花さん」
「は、はいっ」
突然のことで、唖然としていた藤花は、声を掛けられて我に返った。
(まさか・・・・・・こんなに早く来てくださるなんて)
目の前の遣り取りを見るに、葵が半ば強引について来た様子。
『早急に』と自分が書いたせいで、無理をさせてしまったのか――と些か申し訳ない気がした。
「撫子は元気にしているか?」
「昨日から色々ありましたが・・・・・・今はお休みになっています」
「そうか。では、様子だけ見ておこうか」
門を潜り邸宅へ入ろうとする葵に続き、男達も足を踏み入れるが――
「撫子は十歳とはいえ天津家の令嬢だ。男は外で待っていろよ」
「分かりましたぞ!」
「さ、青柳君、我々は外で待機でありますぞ!」
「・・・・・・」
彼は不服そうな反応を見せるが、屈強な男達に囲まれては身動きを取れないだろう。
「相談があると電報を受けてから、すぐに行きたかったのだが」
邸宅に入りながら、葵は口を開く。
「天津家は撫子のことになると頑固でな・・・・・・使用人はともかく、我々のような他家の術者との接触を、極端に嫌う」
そう語りながらも、葵は困惑した表情で屋内を見渡している。
本当に撫子が住む家なのかと感じている様子であった。
「仕方がないので、天津家から此処へ遣わされる者がいないか探らせていたが・・・・・・遅くなってすまない」
「いえいえ、滅相もございません」
軽く頭を下げる葵に、藤花は恐縮する。
電報を送ったその日に対応など、本当に感謝しかない。
「早く来てくださって安心したんです。撫子様の待遇を知っていただきたくて・・・・・・」
藤花が指し示すのは、邸宅の奥にある撫子の部屋。
扉を開けたままにしてあるので、葵は寝息を立てている撫子を一瞥してから、次いで部屋を見渡す。
「何だ此処は」
胡乱気な顔で見つめられた藤花は、葵を廊下に出して扉を半分ぐらい閉じる。
「私が来た時、撫子様は閉じ込められていました」
葵は扉の閂を見て、眦を吊り上げていた。
「これは・・・・・・まるで座敷牢ではないか!」
葵が声を荒げても、撫子が起きる気配はなかった。
藤花も同じように怒りたい。
そして、もっと話を聞いてほしい――
藤花は葵の手を引き、台所へと導いた。
「それだけじゃないんです」
他にも、貧相な食事や塩水風呂など、昨日見たことを説明すれば、葵の眼差しと口調は鋭さを増す。
「ありえない・・・・・・術者をそのように育てるなど、聞いたことがないぞ!」
「ですよね? ですよね!?」
藤花は安堵していた。
『術者なら当然の生活だ』と言われていたら、もう誰も信じられなくなってしまう。
「これは早急に対処する必要があるな・・・・・・」
出したお茶をぐいっと飲み干すと、葵は立ち上がる。
「藤花さん、連絡ありがとう」
そう言うと、玄関の方へと駆け出していった。
「お前達、帰るぞ!」
「葵殿、待って下されぇ!」
「おじゃましましたぞぉ!」
藤花が門扉に到着した頃には、既に葵と付き人達の姿は遠く、土埃が舞うのみ。
(葵様・・・・・・やはり勇ましくて素敵)
撫子を思い怒る姿も、迅速な行動も、全てが惚れ惚れしてしまう。
「・・・・・・」
「・・・・・・何か?」
見えなくなった葵の後ろ姿を目で追い続ける藤花を、青柳が見つめている。
「あの・・・・・・撫子様の」
「ああ、内職ね」
「・・・・・・課業です」
青柳は、今日も撫子の組紐を受け取るために来ていたようだ。
(本当に、この人は業者さんみたいね)
そんなことを思いながら、藤花は組紐の入った箱を持ち出す。
「・・・・・・どうぞ」
「ありがとうございます」
また霊力とやらを確認するのか――
そう身構えたが、彼は箱の中を一瞥すると、足を翻す。
そして、音もなく、ひっそりと、夜の道を去って行った。
青柳の表情からは『不本意』という言葉がありありと伝わっていた。
「なに、気にするな」
彼の視線を受けても、葵は朗らかに笑っている。
「私は天津家長男の婚約者だからな。身内同然であるし・・・・・・」
そこで、青柳の肩を叩く。
「私と貴殿は、先程『友人』となった。夜分に出掛ける友に付き添うのは当然だろう」
「良き友を持ちましたな葵殿ぉ!」
「天津の屋敷を見張った甲斐がありましたぞぉ!」
葵の付き人達の囃し立てる声を聞き、青柳は深く溜め息を吐いた。
「さて、藤花さん」
「は、はいっ」
突然のことで、唖然としていた藤花は、声を掛けられて我に返った。
(まさか・・・・・・こんなに早く来てくださるなんて)
目の前の遣り取りを見るに、葵が半ば強引について来た様子。
『早急に』と自分が書いたせいで、無理をさせてしまったのか――と些か申し訳ない気がした。
「撫子は元気にしているか?」
「昨日から色々ありましたが・・・・・・今はお休みになっています」
「そうか。では、様子だけ見ておこうか」
門を潜り邸宅へ入ろうとする葵に続き、男達も足を踏み入れるが――
「撫子は十歳とはいえ天津家の令嬢だ。男は外で待っていろよ」
「分かりましたぞ!」
「さ、青柳君、我々は外で待機でありますぞ!」
「・・・・・・」
彼は不服そうな反応を見せるが、屈強な男達に囲まれては身動きを取れないだろう。
「相談があると電報を受けてから、すぐに行きたかったのだが」
邸宅に入りながら、葵は口を開く。
「天津家は撫子のことになると頑固でな・・・・・・使用人はともかく、我々のような他家の術者との接触を、極端に嫌う」
そう語りながらも、葵は困惑した表情で屋内を見渡している。
本当に撫子が住む家なのかと感じている様子であった。
「仕方がないので、天津家から此処へ遣わされる者がいないか探らせていたが・・・・・・遅くなってすまない」
「いえいえ、滅相もございません」
軽く頭を下げる葵に、藤花は恐縮する。
電報を送ったその日に対応など、本当に感謝しかない。
「早く来てくださって安心したんです。撫子様の待遇を知っていただきたくて・・・・・・」
藤花が指し示すのは、邸宅の奥にある撫子の部屋。
扉を開けたままにしてあるので、葵は寝息を立てている撫子を一瞥してから、次いで部屋を見渡す。
「何だ此処は」
胡乱気な顔で見つめられた藤花は、葵を廊下に出して扉を半分ぐらい閉じる。
「私が来た時、撫子様は閉じ込められていました」
葵は扉の閂を見て、眦を吊り上げていた。
「これは・・・・・・まるで座敷牢ではないか!」
葵が声を荒げても、撫子が起きる気配はなかった。
藤花も同じように怒りたい。
そして、もっと話を聞いてほしい――
藤花は葵の手を引き、台所へと導いた。
「それだけじゃないんです」
他にも、貧相な食事や塩水風呂など、昨日見たことを説明すれば、葵の眼差しと口調は鋭さを増す。
「ありえない・・・・・・術者をそのように育てるなど、聞いたことがないぞ!」
「ですよね? ですよね!?」
藤花は安堵していた。
『術者なら当然の生活だ』と言われていたら、もう誰も信じられなくなってしまう。
「これは早急に対処する必要があるな・・・・・・」
出したお茶をぐいっと飲み干すと、葵は立ち上がる。
「藤花さん、連絡ありがとう」
そう言うと、玄関の方へと駆け出していった。
「お前達、帰るぞ!」
「葵殿、待って下されぇ!」
「おじゃましましたぞぉ!」
藤花が門扉に到着した頃には、既に葵と付き人達の姿は遠く、土埃が舞うのみ。
(葵様・・・・・・やはり勇ましくて素敵)
撫子を思い怒る姿も、迅速な行動も、全てが惚れ惚れしてしまう。
「・・・・・・」
「・・・・・・何か?」
見えなくなった葵の後ろ姿を目で追い続ける藤花を、青柳が見つめている。
「あの・・・・・・撫子様の」
「ああ、内職ね」
「・・・・・・課業です」
青柳は、今日も撫子の組紐を受け取るために来ていたようだ。
(本当に、この人は業者さんみたいね)
そんなことを思いながら、藤花は組紐の入った箱を持ち出す。
「・・・・・・どうぞ」
「ありがとうございます」
また霊力とやらを確認するのか――
そう身構えたが、彼は箱の中を一瞥すると、足を翻す。
そして、音もなく、ひっそりと、夜の道を去って行った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―
色数
キャラ文芸
「ああそうだ、――死んでしまえばいい」と、思ったのだ。
時は江戸。
開国の音高く世が騒乱に巻き込まれる少し前。
その異様な仔どもは生まれてしまった。
老人のような白髪に空を溶かしこんだ蒼の瞳。
バケモノと謗られ傷つけられて。
果ては誰にも顧みられず、幽閉されて独り育った。
願った幸福へ辿りつきかたを、仔どもは己の死以外に知らなかった。
――だのに。
腹を裂いた仔どもの現実をひるがえして、くるりと現れたそこは【江戸裏】
正真正銘のバケモノたちの住まう夜の町。
魂となってさまよう仔どもはそこで風鈴細工を生業とする盲目のサトリに拾われる。
風鈴の音響く常夜の町で、死にたがりの仔どもが出逢ったこれは得がたい救いのはなし。
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
【書籍化します!】【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。
ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。
でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる