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第二章 花散る所の出涸らし姫

一、勤労少女の向かう先

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 大仏様のお膝元――古き歴史が息づくこの地は、今日も人と鹿で賑わっている。
 世間様が寺社巡りに勤しむ中、人込みを縫うようにして歩く少女が一人。
 矢絣の着物に海老茶色の袴、長い髪を藤色のリボンで結んだ姿は、ごくごく一般的な女学生。
 彼女は他の者達とは違い、悠々と歩く鹿に目もくれず、正面を見据えて真っ直ぐ歩いていた。


 元華族令嬢、高鴨藤花が紹介された勤め先は、さるお嬢様のお世話である。
 天津家という、国内有数の名家・・・・・・そして、霊力を以て魑魅魍魎を征伐する家系。
 その産まれにありながら霊力を持たず、修行のために一人で暮らしているらしい。
 名前は天津撫子、今年で十歳になる御方。
 藤花の雇い主であり、天津家の長男である良夜は、たまに挨拶を交わす程度しか面識が無いので、彼女の人となりをよく知らないらしい。

 そのような経緯もあり、藤花は少し緊張しながら新天地へと向かっていた。
「撫子お嬢様、どんな方かしら」
 相手は四大名家のお嬢様。
 儚げな深層の御令嬢か、それとも気位の高いお姫様か・・・・・・まだ見ぬ主を、脳内であれこれと想像する。
「こんな没落したて、ほやほやの馬の骨がお仕えしても大丈夫かしら」
 自分でもよく分からない不思議な力――曰く『護りの才』という能力を見込まれただけの自分である。
 いきなり下々の者が伺って、気分を害されないだろうか・・・・・・と不安に思う。
「兄の紹介なのだから、無下にされることは無かろうよ」
 何気ない様子で、藤花の足元で呟くのは黒い猫。
 爛々と輝く赤い瞳が目立つのは、最近飼い始めた化け猫の紅鏡。
 両親の墓の前で出会い、藤花の才を見込んで付いて来た・・・・・・本人(猫)曰く、『ただの暇つぶし』らしいが。
「まあ、そうなんだけど・・・・・・」
 人の気配が無い道を歩いてはいるが、一応、小声で返事する。

 目的地は少し東の方。
 大社の参道を抜けて、御笠のお山の麓近く。
 参拝客も寄り付かない場所に、天津家所有の屋敷があるらしい。

 散りゆく椿や桜の蕾を横目に歩く道は、酷く寂しい。
 そして石畳から、山道へと変わる。
 人が歩けるようにと草は刈られているものの、むき出しの地面はひどく歩きにくい。
「靴が汚れちゃうわ」
「令嬢でなくなった途端に、令嬢みたいなことを言う・・・・・・年頃の娘は難しいの」
「だって新品なのよ」
 今着ている服も、黒いブーツも、全ていただいたばかりの物。
 餞別と支度金代わりにと、雇い主達から身の回りの物を用立てしてもらっていた。
 天津良夜と婚約者の霜凪葵には、本当に頭が上がらない。


 紅鏡と軽口を交わしながら歩くこと半刻――
 藤花はやっと目的地へと到着した。

「到着した・・・・・・のよね?」
 藤花は始め、自分の目を疑った。
 白い塀で囲まれた建物は、驚くほど小さい。
 思わず、紹介状に添えてあった手書きの地図を確認したが、間違いではなさそうだ。
「おんしの家よりちっこいな」
 足元で自分の感想を代弁された藤花は、無言で頷いていた。
 紅鏡の言う通り、高鴨家が所有していた屋敷の半分もないだろう。
「本当に、お嬢様が住んでいるのかしら」
「何者かの気配は感じるぞ」
 紅鏡の言葉を信じ、門扉を叩く。
「すいませーん!」
 声を張り上げても返事はなく、誰かが来そうな物音も聞こえない。

「どうしよう・・・・・・」
 来て早々に、門前払いを喰らうとは――
(一度出直す? 葵様の連絡先はお聞きしているけど・・・・・・でも、私、雇ってもらわないと、今日の寝床が・・・・・・)
「何を躊躇うことがある」
 どうしようかと藤花が悩む傍で、紅鏡がすっと立ち上がった。
「入ればよかろう」
 器用に二本の前脚を使い、門を押す――施錠の類はされていなかったらしく、ゆっくりと開いた。
「不用心な方が悪い。行くぞ」
「悪い猫ちゃんねぇ」
 新しい勤め口で、無断侵入をすることになろうとは――
 飼い猫の後に続き、藤花は足を踏み出した。

 門扉から飛び石を数歩踏めば、邸宅の入口へと到着した。
(私が裕福なお嬢様だったら、『まあ、これは何の倉庫ですの?』とか言ってしまいそうだわ)
 不躾な事を思いつつ、周囲を見渡せば、雑草が伸び放題。
 何年も放置されていたような寂れ具合だった。
「おじゃましまーす」
 念のために一声掛けて、引き戸に手を伸ばす。
 中に入っても、物音一つ聞こえなかった。

「・・・・・・本当にお嬢様が住んでいるのかしら?」
 室内の簡素な造りに、思わず藤花は呟く。
 小さな玄関を上がれば、真っ直ぐ廊下が伸びており、左右に幾つか部屋がある。
 家具や木箱が乱雑にしまわれている部屋が二つに、水回りが幾つか。
 物置のようにされている部屋には埃が目立つが、台所や風呂場は人が出入りしている形跡がある。

 全ての部屋を見て回るが、誰も見つからなかった。
「どうしましょう・・・・・・後は、奥の方なのだけど」
 途方に暮れる藤花が見つめる先は、廊下の最奥。
 そこは、鉄製の扉に阻まれていた。
「あれ、勝手に入っていいのかしら・・・・・・」
 何か、大事な物がありそうな雰囲気を感じ、入ることが躊躇われた。
「おんし、これは外鍵だぞ」
「え?」
 扉をよく見れば、閂がかけられており、中から開けない構造になっていた。
「罪人か何かを閉じ込めているようだな」
 紅鏡の言葉で、藤花は座敷牢の類を連想させた。
「えぇ・・・・・・そんな危ない人がいるの?」
「まあ、術者の家系なら珍しくもない。魑魅魍魎と関わる内に、正気を失う人間もおるだろうよ・・・・・・もしくは、天津家の娘がそうなのかもな」
「嘘でしょ・・・・・・」
 十歳の少女と聞いて油断していたが、術者の家系。
 危ないお嬢様という可能性もあるのか・・・・・・藤花は、気軽に引き受けたことを少し後悔した。
(でも・・・・・・そんな御方だったら、良夜様が教えてくれていたと思うし・・・・・・)
「なに、この中の気配は本当に弱い」
 そう言うと、後ろ脚で立つ紅鏡は、左右の前脚を交互に突き出した。
「柔拳倶楽部で鍛えた我にかなう相手ではなかろう」
「・・・・・・まあ、他に誰もいないし・・・・・・」
 言葉が通じる相手なら話を聞くし、通じなければ紅鏡に任せよう――そんな気持ちで、閂に手を掛けた。
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