黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

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16、この雨が止んだら

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「私に何か・・・・・・?」
 振り返ったブライアン様は、どことなく警戒しているような雰囲気を感じられて・・・・・・当然ですよね。

 私はローブを頭から被り、目元まで顔を覆った姿。
 おまけに、傘をブライアン様の方に向けて、できるだけ上半身を隠していたのですから。
 でも、ここまでしないと、ブライアン様に近付く勇気が・・・・・・。

「私、洗濯番の者なので・・・・・・よろしければ、洗いましょうか?」
 声の震えを抑えきれなくて、傘の下から伸ばした手も震えていて。
 ブライアン様からすれば、とてつもなく怪しい女に見えたでしょう。

「・・・・・・そうか・・・・・・なら、頼む」
 お優しいブライアン様は、このような不審者にも紳士的な態度を変えず、優しく声を掛けてくださいました。
 渡された上着はずっしりと重く、所々に泥も付いています。
 これは、洗うのにも苦労しそうです。

「できたら騎士寮に届けてくれ。そんなに急がなくていいから」
「はい、わかりました」
 これ以上濡れないように上着を抱え、私はブライアン様の横を通り過ぎようとしました。

「その髪・・・・・・」
 傘の角度を変えた時、ブライアン様の呟く声が聞こえました。
 もしかして、私の髪のことを言っておられるのでしょうか?
 今日も頭の高い所で結んでいましたが、肩の所に一房垂れていました。

「貴女は、もしかして、この前の・・・・・・」
「し、失礼しますぅ!」
 ひょっとすると、ブライアン様と騎士様達がいた所から逃げ出した私の姿を、見ていたのかもしれません。
 私ったら、なんて軽率なのでしょう・・・・・・。


 王宮の敷地内を走り抜け、都合よく乗合馬車に飛び乗ることが出来た私は、誰にも捕まることなくハーキュリー伯爵邸へと帰ることができました。

「奥様、大丈夫でしたか?」
「まあまあ、そんなに濡れてしまわれて・・・・・・」
 私が戻るとモーリス達が駆け寄ってくれます。

 カーライルの一件があってから、私は、モーリス達にもただただ申し訳なく、顔を合わせるのも辛かったのですが・・・・・・不思議と、そのような気持ちは吹き飛んでいました。
 例えお飾りでも、私は、ブライアン・ハーキュリー様の妻なのですから。
 あの方の憂いを少しでも無くしたいのです。

「モーリス、エイダ・・・・・・私は洗濯をします」
「え?」
 目を丸くしている二人を余所に、私は自室へと向かいます。
 外は生憎の雨模様・・・・・裏庭の洗い場は使えないので、浴室を使うと決めました。

「お、奥様、こんな日に何を・・・・・・」
「取りあえず、着替えを」
 二人と、お留守番をしていた猫達を引き連れて、私は自室へ戻りました。


「ふう・・・・・・」
 屋敷の空き室で、私は溜め息を吐きました。
 目の前には、綺麗になった騎士服・・・・・・時間は掛かりましたが、何とか汚れを落とせました。
 やはり、お掃除や洗濯はいいですね。
 自分の心も洗われるようです。

 外に干すことはできませんが、部屋の暖炉に火を付けて、室内を温めながら乾かすことにしました。
 できるだけ、火に近い所で・・・・・・でも、燃えないように。

「あらあら、悪戯をしては駄目よ」
 吊るした服に飛び掛かろうとしている猫達を持ち上げながら、私は窓の外を見ました。
 日が沈み、夜を迎えた今も、雨は降り続けています。
 雨季は終わったはずなので、長くは続かないはず。

 この雨が止んだら、早くあの方に届けに行こう――
 こんなにも、晴れの日が待ち遠しいのは、産まれて初めてのことでした。
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