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 ユーリスとの研究生活は、なんのトラブルもなく二週間が経った。
 むしろ、彼が手助けしてくれているおかげで、今まで以上に充実しているとも言えた。
 学園側に申請をして助手としての許可が下りた初日、リシャーナとともに研究室に現れたユーリスの姿に、ヘルサは眼が落ちそうになるほど驚いていた。
 そして、リシャーナたちから事情を聞くと、「それはよかった」と嬉しそうに微笑んでいた。
「リシャーナ、この本は全て返却してしまっていいかい?」
 塔のように積み上げた本を両手で抱えたユーリスが、机で作業中のリシャーナに声をかけた。
「ええ、もう目を通したものなので大丈夫です」
「それじゃあ今から図書館に行ってくるよ。ついでに、事務棟で次の購入書籍の申請をしてこようと思う」
「それでしたら急いで申請書に記入しますね」
 すると、ユーリスはさらりと「もう書いたから大丈夫だよ」と言ってのける。
 リシャーナは虚を突かれて碧い瞳を丸くした。
「え、ユーリスがですか?」
 驚くリシャーナに、ユーリスは微苦笑して言った。
「勝手をしてすまない。ただ、いつもリシャーナは読み終えた本で購入するものは分けて置いてくれるだろう? だから、きみに筆を取らせるのも手間かと思ってね」
 一応確認してくれ、と手渡された書類に目を通すが、漏れもなく完璧だ。
「問題ありません。ありがとうございます」
「それならよかった。じゃあ少し留守にするよ」
 くるりと背を向けたユーリスを、リシャーナは慌てて追いかけた。
「ユーリス、その量の本を一人で持つのは危ないですから、私も手伝います」
 追いかけ、彼にとめられるよりも前に塔の上からごっそりと本を取る。
 リシャーナが持ちすぎると逆に気にするだろうと、ほんと数冊はユーリスの方が多くなるように調節した。
 先に研究室を出て振り返ると、あっという間の出来事に放心するユーリスが目に入った。
「ユーリス、早く行きましょう」
 声をかければ、ユーリスは少し呆れた顔で後に続いた。
「きみは作業を続けてくれてよかったのに。これは俺の本だって含まれているんだし……」
 彼の手元に残った本をチラリと見る。その数冊は、リシャーナの専攻である魔力とかあまり関係の無いものも含まれる。それらは、全てユーリスが自身のために借りてきたものだ。
 助手として入ってきてから知ったことだが、彼は意外と読書家らしい。
「両親も俺も、体が弱いものだと思い込んでいたんだ。だからずっと邸のなかで本ばかり読んでたよ」
 初めて一緒に図書館に行ったとき、ユーリスは家族への郷愁を滲ませながら笑った。
 疲れやすく病気になりやすいのは、ずっとユーリスの体が病弱だからだと家族は信じていたらしい。
 きっと彼の素肌が白磁のように日焼け知らずなのは、そういった背景があったからなのだろう。
 そのころは魔力過剰放出症といった診断はなかったので、ただただ安静にしていたという。
 あまり動かず、必要最低限の活動エネルギーの消費で済んでいたのが幸をなし、ユーリスは今も元気でいられているのだろう。
(そんなこと、全然知らなかったな……)
 ユーリスについてリシャーナが知ってることといえば、貴族然としたその装いだけ。人となりや彼の事情だなんて、微塵も気にしたことがなかった。
「大人しく部屋で過ごすのに、本はうってつけだったよ。文字を追いかけていれば勝手に夜になってるしね」
 好きも嫌いもなかったけれど、今はそんな本も恋しく思うと、ユーリスは感慨深そうに告げたのだ。
 そんなユーリスの横顔を思い出し、リシャーナはふと隣を歩く彼と比べた。
 今のユーリスは、以前に比べて血色も良くなり、少し楽しそうに見える。
「たまにはこうして外に出て気分を切り替えないと頭が働きませんから……だから気にしないでください」
 なんとなく自分の足取りも軽い気がして、リシャーナは揚々と図書館へ向かった。
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