33 / 35
三章
⑦
しおりを挟む「リアー!」
随分と長い距離を歩き階段を上りきった頃、前方から届いた声に眼を凝らす。そこに見えた人影に思わず声が出た。
「イツキくん⁉」
なぜここに、と驚いていればハリスは面白くなさそうに口を曲げながらも説明してくれる。
「俺がここに来れたのはあいつのおかげなんだ。イツキが本殿入り口で人目を集めてくれて、その隙に俺が忍び込んだ。ガロメ教の者も人目が合ったんじゃ危害を加えることもないしな」
「そうなんだ……」
本殿ということは、ここは王都なのか。
まさか会えるとは思ってもいなかった。
別れた日からそう長い時間が経ったわけではない。それなのに、元気にこちらに駆けてくる姿を見ただけで泣きそうな程に懐かしい思いが込み上げる。
「リア、無事だったんだ」
「当たり前だ」
「俺はリアに聞いてるの。ハリスなんて焦り過ぎて泣きそうな顔で走って行ったくせに」
「うるさい」
イツキの口を封じるためかハリスが拳でイツキの黒い頭をポカッと叩く。「痛い!」と悲鳴を上げてイツキはリアに抱き着いて来た。
「でも、本当に無事でよかった……リア」
「心配かけてごめんね、イツキくん」
以前のようにその丸い頭を撫でて黒い髪を梳く。そうすればイツキはリアの手に擦り寄るようにして表情を緩める。
「ルカはどうした」
「あなたは……」
イツキの後ろから少し遅れて現れたのは、詰襟に艶やかな藍色の髪をなびかせた男性だ。
光の角度で一瞬黒い色と見間違えて驚いた。
「殿下」
「今はいい。それよりも……ルカを見たか?」
ハリスが頭を下げるのを制してその人は問う。
「地下の部屋に……そうだな、リア?」
「あ、はっはい」
でんか……?殿下ってあの⁉
今度は別の意味で眼を見張った。
(それじゃあこの人はルカの言っていた……)
殿下は「そうか」と短く答えて早足で去ってしまう。確かにアレクと似ている気がする。アレクはいつも快活に笑っている陽気なイメージだったが、殿下は少し固い雰囲気を感じる。
「あいつ顔怖いよね。もっと笑えって言ってるんだけどさ」
「イツキ、殿下に向かって!」
「だ、だって!アルドが俺はこの世界の人間じゃないから気にしなくていいって言ったんだよ」
グルリとリアの背に回って隠れながらイツキは吠える。ハリスは眉間を抑えながら息を吐く。
「それでもだ……人前では気を付けろ……」
「はーい」
ご機嫌に返事を返してまたリアの前に躍り出たイツキはハリスと繋いでいる反対の腕を組んでふにゃっと笑う。
ノストグで見た時よりも明るい様子にリアも胸を撫で下ろす。
(辛い思いばかりってわけじゃないんだね……よかった……)
「表情は固くて怖いけど意外といい人なんだ。たまに冗談も言うし……顔が怖いから冗談なのかわかんないけど」
「イツキィ……」
「やばっ」
低く伸ばした声でハリスが言えば、今度こそ顔を青くしてイツキはリアの影に入る。
「ふ、ふふ……」
「どうしたの、リア?」
「ううん……何でもない」
ただ、堪らくなってしまった。それだけ。イツキは不思議そうに見上げて来るし、ハリスは優しい目で微笑んでいた。
「イツキ、いつまでリアに引っ付いているつもりだ」
「別にいいでしょ。いつものことじゃん」
「駄目だ」
きっぱり言い切ってハリスはリアの肩を抱く。
お互いの肩が触れ合ってすぐ近くで赤い瞳が笑う。リアも目を細めて笑い返した。
「え、え?なになに?何この雰囲気」
イツキが二人の間に割り込んでキョロキョロと見遣る。
「なんなの?何があったの?ねえ!」
それを見下ろして今度こそ二人は笑い声を上げた。
10
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。
水鳴諒
BL
目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)
幼馴染みの二人
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
三人兄弟の末っ子・三春は、小さい頃から幼馴染みでもある二番目の兄の親友に恋をしていた。ある日、片思いのその人が美容師として地元に戻って来たと兄から聞かされた三春。しかもその人に髪を切ってもらうことになって……。幼馴染みたちの日常と恋の物語。※他サイトにも掲載
[兄の親友×末っ子 / BL]
ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
闇を照らす愛
モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。
与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。
どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。
抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。
仮面の兵士と出来損ない王子
天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。
王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。
王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。
美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる