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一章
①
しおりを挟む動物たちも寝に入り始める夜のこと。
空を覆う宵の闇とは裏腹に、その森は仄かに光を纏ったままだった。
深い緑を宿した木々に、小さな光がポツポツと止まっている。
人の指先ほどの小さな光は、ときどき収縮しては元の大きさに戻る。一つがフワリと浮かび上がって何かに気付いたように素早い動作で木の隙間を縫うように飛び立った。
その動きに気付いたいくつかの光も、後を追うように葉から飛び移る。
そう進まずに辿り着いた開けた場所に、人が倒れている。
それを認識した光がピタリと動きを止める。警戒する様に倒れ伏した人影に近づいて行くが、その人物は気を失っているらしく身じろぎもしない。
追いついた光たちも、物珍しげに人の周りをふわふわと浮かんではトンと一瞬触れた。
地面に頬を預ける形で倒れた人影は、足首まである丈の長い真っ白な生地を広げており、緑が多く映る森の中では異質に見える。
身に纏った衣服とは反対に、腰のあたりまで伸びた髪は真っ黒で夜の空気に溶けこもうとしていた。
光たちはそれが気になったのか、草の上でなだらかな線を描く黒髪に寄っては撫でるように触れて離れる。
(神子さま?)
(神子さま?)
葉の擦れ合う音の合間に光たちが囁く。
光が集まってひそひそと言葉を交わす中、「っん」と呻くように声を上げて人影が身じろぐ。長い睫毛がゆっくりと押し上げられて青い瞳が現れた。
まだ虚ろな色を宿した瞳を何度か瞬いて鈍い動きで上体を起こす。白い肌と服をサラサラと落ちた黒髪が隠してしまう。
「ここは……」
低さも兼ね備えた柔らかな声は、まだ若い男のものだ。手で体を支えたままキョロリと辺りを見渡して飛んでいる光たちに気が付いた。
浮かぶ光たちを青い眼差しが追いかける。
まだ意識が回復していないのか、青年はぼんやりとした表情のまま、震える足に力を込めて立ち上がる。
(起きた?)
(大丈夫?)
気遣うようにクルクルと青年の周りを飛ぶ光が問う。しかし、その声は届いていないようで、青年は忙しなく動く光たちを不思議そうに見つめていた。
青年の様子に一つの光が輪から抜け出して森の中に躍り出る。気付いた青年も残りの光たちもその光を眼で追った。
少し先で立ち止まった光が青年を振り返る様に動く。
誘われるように青年が足を踏み出してゆっくりと歩き始めた。
先を行く光は道を示し、他は身体を心配しているのか青年から離れることなく一緒に移動している。
やはり起きたばかりの体は辛いのか、息が上がり始めた。励ます様に頬に光が寄りそう。
覚束ない足取りでも着実に一歩ずつ進んで行くと、森を抜けて平坦な原っぱに出た。
一つだけ森に続く道が整備されており、その道沿い―――森からそう遠くはない場所に一軒の家がある。道標の光はその家に向かい、青年も息をついてまた足を上げる。フラフラと道を辿り、もうすぐ家に辿り着く時。
明かりの漏れる窓に人影を見た瞬間、青年の体から力が抜けて固い地面に倒れた。
ワッと光が近寄って青年を囲う。
家に辿り着いた光が扉に数回体当たりをして中から聞こえた声と共に青年に駆ける。玄関から現れた老婆の目を引くように光は自分たちを大きく発光させる。
老婆の皺の寄った細い瞳が見開かれて青年を捉える。それを見届けた光は一斉に飛び上がり、そしてまた夜の森に消えて行った。
「あんた、大丈夫かい?」
老婆のしわがれた声が届くと同時に、青年も意識を飛ばした。
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