我儘女に転生したよ

B.Branch

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「こちらを」

ベッカーがスッと1枚の紙を差し出した。
紙には簡易化された雪の結晶の絵が描かれている。

「先日、奥様に頂いた下絵を元に絵師に描かせたものでございます」

ああ、前回帰り際に商品に刻印する図柄を考えて欲しいと頼まれて描いたんでした。
何となく思い付いたものを適当に描いたので、すっかり忘れていました。

もしかして、採用になったの?
確かに絵師が書き直した図柄は中々きれいに描けている。
雪の結晶だが、花のようにも見えて可愛らしい。

でも、、、

「図柄はよく描けていると思うわ。けれど、ベッカー商会を表す意匠デザイン図案としては違和感があるのではないかしら?」

そう、どう見てもベッカー商会をイメージしたブランドのマークとしては相応しくないでしょう。
私がよく考えもせずに描いたのが悪いが、女性的過ぎてベッカーっぽくない。

ん~例えば、、、つたとかどうかな?一度絡まったら二度と解けない感じとか合うと思います!
締め付けない、でも、離さないって感じ?

「はい、ですからこちらは奥様のブランドの図柄でございます」

は?なんですと?空耳かな?

「私のブランド?」

「左様でございます!奥様のお考えになられた商品を同一のブランドの商品として売り出します。そうすれば、後から出す商品も売れやすくなります」

「なるほど、、、」

「はい、奥様の商品は今までになかったものばかりですので、最初は皆、手に取るのをためらいます。しかし、ブランドとしての信用があれば、次の商品も使ってみようという気になりやすいかと。まず、計量カップとスプーンで信用を築きます。そうすれば、その後は次の商品を出す度に人々が競うように手にするようになるでしょう」

ベッカーは自分の構想にご満悦だ。

そんなに都合よくことが運ぶとも思えないが、大商会の主の考えなので、勝機はあるのだろう。
要するに、有名なメーカーの出した商品なら安心と信用で買ってもらえるという事なので、理にはかなっている。

「そう、では、計量カップとスプーンが広まらなければ意味がなくなってしまうわね」

「はい、そこで奥様にお願いがございます!」

ベッカーが決意に満ちた目でこちらを見る。

「な、何かしら?」

「はい、奥様に料理を教えていただきたいのです」

「え?」

私が訝しげな声を上げると、ベッカーが前のめりになって話し出した。

「以前、計量器具を使用した基本レシピの普及のお話を致しました。その為にレシピ本を作成したいのです。この本に載っているレシピが誰も知らない美味しい料理のものであれば、本は売れ計量器具も認知されます。そうすれば、成功は間違いないかと」

ああ、そういう事ね。
鬼気迫る感じだったから何を言われるのかと、ビクビクしたよ。

「成る程、分かりました。どんな料理のレシピがいいかしらね?」

「よ、宜しいのですか?」

私がこんなにあっさり了承すると思っていなかったのか、ベッカーが目を丸くする。

別に構いませんよ?寧ろ美味しい料理が世間に広まるのは望むところです。
レシピがアレンジされたりして、新たな料理が出来たらすごく嬉しいです!そうなったら、ヴィアベルとお忍びで食べに行きましょう!

「ええ、何か問題が?」

「いえ、問題と申しますか、、、料理のレシピとは基本的に料理人が秘匿し占有している私的財産のようなものです。特定の弟子に継承し受け継がれますが、大々的に広めるものではないのです」

そっか、じゃあ、レシピ本を出すっていうベッカーの試みは画期的なものなんですね。
私的にはレシピを教えてベッカーに丸投げするだけだから、何の問題もありません。

「構いません。ですが、本だと裕福な人々しか手に出来ないわね」

紙は貴重なので、自然と本も高くなる。庶民が手にする事は難しいだろう。
市井に広まらなければ料理の発展は遅れる。貴族達の料理人は知った料理をまた秘匿するだけだろう。

「はい、薄利多売で調理器具を全世界各家庭に広めるという奥様のお望みには適わないかも知れません」

いやいや、その言い方だと私の企んだ野望みたいですけど、違いますよね?
私は皆がちょっと便利になればいいと思っているだけですよ!売りまくりたいのはあなたでしょ!責任転嫁は止めてください!

「皆が見る掲示板に載せる事も考えたのですが、市井では文字を読めない者も多くいます。どうしたものかと、、、」

ベッカーもいろいろ考えていたらしく、思案げに眉をひそめる。

そうですね、、、どうしたらいいかな?
文字が読めない人も理解し易い方法、、、あ、そうか!

「実演したらどうかしら?」

「実演、でございますか?」

「ええ、主婦を集めて無料で料理の実演を行うの。そうすれば、各調理器具の便利さも分かり易く説明できていいのではないかしら?」

うん、案としてはいいと思う!実現する為のあれこれはベッカーが何とかするでしょう。
丸投げ、これ基本です。
ベッカーは売る為には苦労は惜しまないはずです!

「ふむ、では、後は料理のレシピに何を選ぶか、ですね」

「そうね、お菓子だと砂糖が貴重なので庶民には向かないから、夕食に出来るような料理の方がいいと思うの」

何がいいかな?ん~、子供も好きなあれ・・かな~

「奥様はお菓子以外の料理にも精通されていらっしゃるという事ですか、、、さすが奥様です!」

ベッカーがそう言うと、周りにいた侍女数人が同時に頷いた。
皆から感心したようなような瞳を向けられる。

精通って言われると困ります。素人ですよ!
まあ、侍女達は美味しい料理が試食できるかも、と思っているだけでしょうけど。

「では、レシピ本にはお菓子も載せる事にして、実演の件はあなたに任せます。調理器具の説明なども書いて後日届けさせるわ」

「はい、有難うございます。奥様のご助力誠に感謝の念が絶えません」

ベッカーが大袈裟な謝意を述べた。

「実演する料理は"グラタン"にしようと思うの。料理長に教えておくので、説明してもらって」

よし、今日の晩ご飯はグラタンです!
ヴィアベルも気に入ってくれるかな~
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