『観察眼』は便利

Nick Robertson

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(あそこまでは想定済みだったんだよなぁ。「もしかしたら」なんて甘い妄想をしてたりもしたけどさ)

俺は大きく首を傾けて、出来事を精細に思い出していた。もう、フミが『威圧』してこようがナギに詰め寄られようが御構い無しの集中力まで到達している。


「あっ、そうですか。それでは……」
「おい!待て待て!」
「へっ、へいっ?」
変な声が出た。思わず受話器から手を離しそうになる。

「今、残念ながらお前は俺の話を聞いちまったな?」
「???」
「じゃ、もう後には戻れねぇぜぇ」

………おう、ちょっと待てやぁ!何これ、脅迫なの?「話を聞いちまった」ってなんだよ。「すんません。間違いました」って言葉の中にどうやったら重要なキーワードを見出せるんだよ!

「いや、あの、おっ…僕、何も……」
「俺とこうやって語り合ってる時点でもうあんたは危ない一線を越えてんだよ!」
(えぇー!何それ!いつの間に?!!)

セーフティラインはもう向こうの方に漂ってるってわけか。あーれー。

「…電話を切ったらタダじゃ済まねぇからな」
「……………」
素直にすごいと思った。心の中が読めるのかな、この人。タイミングもドンピシャだ。俺が受話器から耳を遠ざけようとした瞬間とか。

「なっ、何をしろって言うんですか………」
(金だろうな)とは思いつつ、俺は恐る恐る聞いた。
………

「おーい、生きてっか?」
「…まずまず生きてる」
「そっか。そりゃあ良かった。もうちょっとで組合だぞ。………あー、それにしても無駄な心配することなかったな。誰も通報してなかったらしいぞ」

タックルの件か。みんな非情な人達だなぁ。俺は道端で倒されたってのに。

「なぁ、リョウタはもちろん組合に登録してるんだろ?」
「そう見える?」
「………いや、うん、ちょっと…」
「はっきり言おう。してないよ」

だって登録する必要がないもんな。登録料だって維持費だってかかるんだもん。嫌だよ。
しかし、ほとんどの人は、組合がどこからか掻き集めてきた、依頼の張り紙の束を狙って登録するのだ。

だからこの街は日雇い労働者が多い、みたいな感じなんだよ。
「俺はサラリーマンのカガミとして未来永劫自分が働いてる会社に尽くすぜ!」とか、そう言う発想がそもそも少ないんだから。…少なくて当然か、な?

(まっ、俺は何をしなくても金持ちなんだけどな)
こういう自慢は声に出さないのが吉だ。恨まれる、とか、そんなショボい理由じゃなくて、自分が悲しくなるからだ。

(……初めて電話をかけてきた時、知らないおじさんは「間違い電話だ」って説明したけど、今考えればあれもあの人なりの冗談だったんだろうな)
俺はメチャクチャ怖かったけど。でも、金を根こそぎ奪われるどころか、ごっそり貰っちゃったんだから、まぁ人生どうなるか分かんないねって話だ。
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