『観察眼』は便利

Nick Robertson

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(とうとうやったんだ、俺は………)
放心状態で、後ろに手をつき、ぼんやり天井の木目を眺めた。
ここは作業場と言っているが、それは俺が勝手につけた名前であって、本来は和室と呼ばれるべき部屋である。こうしていると、だいぶん薄くなったイグサの匂いがする。

(もう一つくらい作っとかなきゃな。……いや、今日はもういいか。体内エネルギーだって使い果たしてるんだ。いやいや、それでも……)
やがて、初めての回復薬作りを終えた感動がおさまってくると、俺の心の中で二つの意見がせめぎ合い始めた。回復薬作りを続行するか否かである。

リリリリーン
「……………」
リリリリーンリリリリーンリリリリーンリリリリーン………

「……ふあっ?あっ、ヤベッ、忘れてた!」
俺は急いで立ち上がると、回復薬をどうするか決めかねてオロオロし、結局持って行くことにする。盗まれる可能性は限りなくゼロに近いが、どうしても家に置いておけなかったのだ。

(これ、俺の努力の結晶なんだし、もう売らなくてもいいかなー、なんて)
そんなことを考えながら、探検者組合の建物に走った。

するとどうだろう、車の中に座っている運転手、また、日傘を差して信号待ちをしている歩行者達など、すなわち俺の周囲にいる全員がこっちを見ていたのだ!

(え、マジ?……ダメだぜ、この薬は絶対に渡さねぇからな?)
服の中に隠したそれを、さらに両腕でかばう。
ギラギラした注目をどこかしこからも浴びて、俺はだんだん怖くなってきた。

(あっち行け!!これは俺が生み出した最高傑作なんだからな!変なことを考えるなよ!)
足が速くなる。それと同時に視線も重なってくる。
俺は、思わず横に続く細路地に飛び込んだ。

「ハァー、ハァー、ハァー、ハァー……」
ブロック塀に手をつき、息を整える。まさか、回復薬を所持していただけでこんなに目立つとは。

(どうしよう……)
組合の場所へはまだ距離がある。このままでは、どうにかなってしまいそうだ。
だが、俺は気づいた。
この路地を反対側に抜ければタクシー乗り場の近くに出るはずだ!!

そうと分かればもう迷う時間なんてあるはずがない。
俺は一目散に駆け、自分の記憶に感謝しながら通りに出た。

(たく、タクシー、タクシー……、あれだっ!)
店に駆け込むと、事務員と思わしきおじさんが怪訝そうな顔をした。

「あっあっ、あの……」
言いかけて、俺はゾッとした。この人も、俺の懐を見つめている!!!

「なんだい?迷子?」
「いや、あっ、すみませっ……」

ジリジリと後ずさりした。すると、おじさんは一歩こっちに踏み出してきた。

「あっ、…うわああああああ!!!」
俺はクルリと後ろを向いて逃げようとしたが、床がツルツル滑る素材でできていたらしく、ゴツンとコケてしまった。

「ったくうるせぇぞ!俺が何かしたみたいじゃねぇか!ほら、早く立つんだ坊主。……それとも何かやましいことでもあるのかぁ?」
「やっ、やめっ、助けっ、わあああ!!」

俺がジタバタと暴れると、前から、「おいおい、どうしたんだ、一体」と言いながら別の男の人が走って来た。

「あぁ、こいつが勝手に騒いでんだよ」
「そんなワケがあるかっ!お前なんかしただろ?」
「してねぇよ」
「じゃあなんで倒れてるんだ!」
「勝手に俺から離れようとして勝手に転んだんだ」
「はぁ?」

男の人は意味が分からないという風に首を傾け、俺に手を差し伸べてきた。

「おい、君、大丈夫……」
「うわあああああ!!!!来るなぁ!取るなぁ!」
俺がその腕を蹴り飛ばすと、男の人はひどく驚いたらしく、大きく目を見開いた。

「ほら、こいつ変なんだよ」
おじさんが呆れたように囁く。
「こ、このぉ………」
右手首を押さえながら、男の人の顔は真っ赤になった。
そしておじさんに向かって、「何をモタモタしてる!警察を呼べ!警察を!!」と指示した。
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