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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち

ブロンズ等級、ただしパン屋

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「――じゃがいものフォカッチャ二つと塩なしパン三つで1000メルタでーす。昼飯はどっかで総菜挟むおつもりで?」
「ええ、グレディウスさんのところでね。あの人の健康意識のおかげでいつでも野菜のグリルが食べられるのよ、いいお店でしょ?」
「あそこの料理好きなんだけどなあ……俺が片足突っ込むと第一声が「野菜」だから肉ばっか頼めないんだよ、おかげで健康的だ」
「きっとあの人なりに親しくしてくれてるのよ。健やかに通い続けてくださいって証拠と思うべきよ」
「こっちは目の前にいらっしゃるエルフの奥さまと違って野菜だけじゃ生きられないんだよ、健康上の理由でな」
「お肉も食べないといけないなんて人間っていうのは大変そうねえ。食費とかもすごくかかりそうじゃない」
「今のところはフランメリアの物価に助けられてる。またどうぞ」
「またね、ブロンズおめでとうイチ君」
「どうも、これからもよろしく」

 がらん。
 カウンターの向こうでご近所のエルフの奥さまがご機嫌に去っていった。

「クルースニク・ベーカリーって本当に人気なんですねー? あんなにあったパンがもうあっという間に売れ切れです!」

 そこに店の閉め時を感じてると、厨房から澄んだ青髪がにゅっと出てきた。
 頭巾をかぶったリスティアナだ。この日の仕事を元気にご一緒してくれてる。

「確かにな。なんかしらんけど最近売れるの早いんだよな」
「……まーた人増えたからなあ、この頃。そこに最近話題の冒険者が絡んだ店となれば、嫌でも宣伝になっちまうだろうよ」

 頭巾にサングラスをかけ合わせてしまったような奴もついてくる――暇を理由に手伝いにきたタカアキだ。
 こんな奇抜なスタイルもおいしいパンの前にはかすむらしい、今じゃ誰も気にしちゃいない。

「どうも売れ行き良すぎな感じがするのもそれが原因か」
「うんうん、私たちも市民の皆様からだいぶ頼られてますしね? 私たちと深い縁があるお店って箔がついてるからかもしれませんよ~?」
「そりゃもちろんあるだろうが、一番はやっぱお前にあると思うぜ。特に首からぶら下げてるそいつな?」

 宿を同じくする二人の視線は人の首元に「じー」だった。
 板状のパーツは目が悪ければ金にも見えなくない『ブロンズ』を表現してる。

「……ん、ぼくもブロンズ」

 更にニクもドヤっとやってきた、これでご主人と揃って昇格済みだ。
 日頃の行いもあって等級が一つ上がったけど、これがどうして売り上げに絡むかは謎だ。

「客寄せのおまじないでもかけてあったのか? そりゃ助かるな」
「どっちかっていうとイチ君がお客様を招いてますね! だってあなたのこと、巷じゃ話題になってるんですからねー?」
「お前さあ、一応は何度かこの街の危機救ってる身だからな? そんなやつがいる縁起のいい店だってさ」
「そうはいっても俺たちの下にある物件についてはほぼマッチポンプみたいなもんだぞ、それでいいのかクラングル市民ども」

 これもまた俺が成してきた所業によるものだってさ、笑える話だ。
 カルトどもが起こした一連の騒ぎなんて、けっきょく俺が転移させてしまったものによる出来事だ。
 けれどもそこらじゃ『都市を脅かす邪教を成敗した』と解釈されてるってさ。

「なんだか複雑な経緯で謎の地下空間ができてるみたいだけれども、私は大歓迎よ? ドワーフのおじいちゃんたちがそこで暮らすとか言ってたし、あの人たちがそばにいてくれればみんな安心できるわ」

 ところが厨房か届くた奥さんの言葉はこうだ。
 あれからドワーフが都市のあちこちで働きつつ地下施設を調べてくれていた。
 その結果分かったのは地上に影響を与えないほどよく馴染んでること、ドワーフが住むのにうってつけということだ。
 構造が理解されてくうちに爺さんたちは快適さを見出して市にこう求めた。

『良かったら地下わしらにくれ』

 里から離れたドワーフ族が使うにはいい場所と判断したに違いない。
 ついでに街のためになるよう改装してやるし、管理も任せろだとか申したそうだ。
 これに対して「世にも珍しい地下観光名所」ぐらいの打算が働いてくれてやったとか言う話だ。

 がらん。

 そう考えが進んだとき、タイミングの良さが今日も誰かを招く。
 髭面ガチムチの小さなご老人が小柄向けの作業服を着こんでいた。
 ちょうど仕事の一休みに店隣の階段を上ってきたような装いだ。

「パン屋やっとる聞いたから来てみたらマジじゃないの。どしたのお前さん」
「いらっしゃい爺ちゃん。ご覧の通りパン屋です」
「ん、ドワーフのお爺ちゃんだ。いらっしゃいませ」
「あっ、ドワーフのお爺さん! クルースニク・ベーカリーへようこそー♪」
「マジで絵にかいたようなドワーフだな、しかもすげえ現代的だし」
「おいなんで冒険者たちがおるんじゃこの店。防犯対策ばっちりじゃねーの」
「強盗来ても返り討ちだぞすげーだろ」
「いやすげーけどね? それよりジョルジャのやつはおるか?」
「奥さんなら厨房だぞ。どうしたんだ?」

 冒険者らしく歓迎するも、ドワーフらしい爺ちゃんのご興味は奥さん寄りだ。
 ジョルジャ。店主の名前がそう呼ばれると。

「どしたんみんなー? お客さんきたんかー?」

 後ろからスカーレット先輩がにょろにょろ這ってきた――違うそうじゃない。
 赤いスライムボディに、ドワーフの顔も「なにこれ」と迷ってる。

「お前さんはちと違うのう……いやスライムがパン屋やっとるってどゆこと?  少し見ん間にクラングルも変わっとるなぁ」
「スライム系美少女だけどここの顔だぞスカーレット先輩は。奥さんに用あるってさ」
「お~、ドワーフのおじいちゃんかあ。奥さん呼んでくるからちょっと待ってなあ」

 「おじいちゃんきとるでえ」と脱力系の呼び声が厨房をさまようと、肝心の奥さんはすぐやってきて。

「あらいらっしゃいお爺ちゃん、どうしたのかしら?」
「地下を調べてきたぞ。ちょうど店の下にジェネレーターってのがあるんじゃがなんの問題もないわい、店にも商品にも悪影響なしじゃ」
「特に問題はないのね? 音がするって聞いて気になってたんだけど良かったわ。調べてくれありがとうね?」
「んなことよりもっといい知らせじゃ、市から増築許可あっさり下りちゃった」
「あら、本当? でもいいのかしら……そう簡単にもらっちゃっていいものじゃないわよねえ」
「市がお前さんのことを良く信用してるからじゃろ、ジョルジャ」
「嫌ねえ、私はただのパン屋よ、そうでしょう?」
「よくいうわ! てことで隣の変なのは明日ぶち壊しちまうぞ、これで街の景観が一つよくなるのう」
「えー、壊しちゃうの? ちょっともったいない気がするんだけれども」
「あの事件で街のやつらもぶっ壊しちまえってムードなんじゃよ、カルトの使ってた物件なんざ気味悪いとさ」

 まるで見知った仲を思わせるやり取りが始まった。
 横から聞くに二人の親しい関係も気になるが、増築という単語とあの薄い建物が取り壊される話が驚きだ。

「なんの話か俺も混ざっていい? 特に増築ってワードあたりから」
「いやね、こやつに頼まれて異音の原因調べるついでに店の調子も見てやったんじゃけど、話が盛り上がるうちに建物広げてみんかってなってな」
「なんでもお隣のあのお家があるでしょう? あれを取り壊して地下への入り口を作るっていうんだけど、うちの横に空くスペースをせっかくだし使ってみないかって言われちゃってね」
「店の増築にちょうどいいんよ。市に報告するついで、増築についてもちかけたらこーしてあっさり許可降りちゃったわけでな」
「できることならいつかお店を拡張してみたいって夢はあったけれども、こうして叶っちゃうなんてびっくりだわ。でも本当にいいのかしら……?」
「勝手に話に入り込んだ俺もびっくりだよ。いきなり店が広くなるなんて聞かされるとは思ってもなかった、こういう時っておめでとうっていうべき?」

 話しに入り込むに【クルースニク・ベーカリー】が横に伸びるって話だ。
 確かにこの頃、客足に対して店の大きさが不十分に感じることは多々あった。

「店が大きくなるなんていいニュースだね奥さん。でも外の壁広しいえどもここの土地は有限だろ? やすやすくれてやっていいもんなのかね?」

 同じく挟まってきたタカアキの疑問も確かにそうだ。
 たとえあんな薄っぺらさが立つ程度のものでも、壁の内側じゃ土地の価値もそれなりになるはず。

「まあ善意でくれてやってるとは思わんほうがいいじゃろうよ、向こういろいろ免除してくれとるし。それにわしの考えじゃとこうして街に貢献してくれる奴がおるからかもしれん」

 その理由もすぐ分かった、爺ちゃんからの視線が俺を見てる。
 ストレンジャーがもたらした恩恵だとさ。それで店が栄えるなら何よりだが。

「俺のせいでこの店がえこひいきされてるみたいにも取れないか?」
「なに、どうせ条件つきのえこひいきじゃ。もろもろの過程すっ飛ばしてこうしてすんなり通すってこたー、お前さんの今後の活躍が市に利益をもたらすと信じての投資かもしれんぞ」
「そのために人の職場に肩入れしてくれたってわけか。見返りは「だからもっと頑張れ」だろうな」
「わははは、お前さんはどこいっても期待されとるのうイチ」
「そう言われると割とどこでもうまくやってけそうな気がしてきた」
「もしそうなら私としても嬉しい話だわ。あれからイチ君のおかげでうちが栄えてるもの、店をもっと大きくして一層頑張らなきゃね?」
「ジョルジャもこういっとるし、お前さんにあやかって近いうち改装がてら増築してやるからの。相変わらずストレンジャーさまさまじゃ」
「オーケー、責任もって俺も精進するよ。パン屋兼冒険者としてな」
「いやお前さんほんとにパン屋目指しとるんか……?」

 お知らせが終わったドワーフは「これ書類な」と紙束を残して立ち去るつもりだ。
 理由はともかくそばで奥さんが嬉しそうにしてるんだし、まあいいか。

「ああそうだ爺ちゃん、地下はどんな感じだった?」
「わしらの進捗か? とりあえずあのスーパー周りは白じゃよ、念のため防御も固めとるからすっかり安全地帯。構造も色々判明したからそろそろお前さんらに報告がゆくと思え」
「了解。ところであのいってるやつの正体は?」
「異音の正体は稼働中のリキッド・ジェネレーターじゃから心配せんでいいぞ」
「よくわからない名称だけどドワーフ感覚で安全ってことだな?」
「安全どころかとんだ掘り出しもんじゃよありゃ。でかしたぞイチ」
「いいニュースってことで受け止めとくよ」

 ついでに地下の具合については向こうのいい顔色がその答えだ。
 ご機嫌な筋肉質の小さな背中は「またな」と退店していった。

「冒険者の方々と縁ができてからいいことづくめで嬉しいわねえ」
「けっこー前から店おっきくしたいいうてたもんなあ、良かったなあ奥さん」

 奥さんもスカーレット先輩も笑顔だし、店の改装は確定したみたいだ。

「俺たちだけじゃなくこの店も昇格か。なんか感慨深いな」
「クルースニク・ベーカリーが大きくなるんだ。どうなるんだろう……?」
「突然現れた謎の地下空間は何も悪いことばっかじゃないってわけだろうさ。やったなイチ、職場が大きくなるよ!」
「良かったですね奥さん! この頃お客さんもいっぱい来てますし、ちょうどいいかもしれませんねー?」
「ええ、前々から事業をちょっと広げてみたいと思ってたし……って建築費用やらも免除されてるみたいね? いいのかしら本当に……」
「わ~お、特別待遇やなあ……」
「まあ、この書類は外部に漏らさない方が絶対いいだろうな。その分頑張るよ」

 しばらくしてカウンター上の文面にある小難しさから人が散った、ともあれ仕事の続きだからだ。

 がらん。

 おっとお客様だ、気を取り直して営業スタイルをびしっととるも。

「……パン屋で勤めているという言葉がきっと何かの隠語としてまかり通ってると思ったんだが、言葉通りとは恐れ入った」
「ここがクルースニク・ベーカリーか! パンを買いに来たんだが良い売れ行きみたいだな!」

 黒い格好と白い髪が二つ並んできたところですぐ人物像が掴めた。
 買い物ついでとばかりに紙袋を抱えたクリューサとクラウディアだった。
 ダークエルフはともかく、お医者様の方は俺の姿を特に疑ってる。

「お前らか。クルースニク・ベーカリーにようこそ、ガチでパン屋務めだぞ」
「ん、いらっしゃいませ。もうパンはほとんど売れちゃってるけど……」
「まさか本当にパン屋で働いているとはな。俺は何を見せられてるんだ」
「む、間が悪かったか。近所の住民から評判がいいと聞いて楽しみにしてたんだが」
「パンが欲しかったら開店間もなく駆け込んだ方がいいぞ。タカアキ、リスティアナ、こいつらが向こうで一緒に旅してたクリューサとクラウディアだ」

 さっそく店にいる面々に紹介した。
 視線をカウンター越しまで誘導すれば、医者の目から見てもサングラスとエプロンの幼馴染は相当胡散くさそうだ。

「あっどうもこいつの幼馴染のタカアキです。趣味は単眼美少女、好きなものは単眼美少女、好みのタイプの単眼美少女は背おんなじぐらいで単眼とかコンプレックスに持ってない堂々たる単眼美少女です」

 そこにとても最悪な自己紹介がぶちまけられたはずだ馬鹿野郎。
 お医者様が「なんだこいつ」を嫌そうに浮かべるのも無理ない

「……おい、まさかそこのパン屋にあるまじきヒト科の奇行種がお前の幼馴染か?」
「これがそうだ。ちょっと性癖こじらせてるけどお気になさらず」
「無視できるほどの奇抜な言動ではないだろうな。どこに初対面に向けて訳の分からん気持ちを表明する奴がいるんだ」
「イチの幼馴染なんだなお前は! 単眼族が好きとは変わった趣味だな!」
「ああ、もう単眼じゃねえと気分が高揚しねえわ。ところでその人なんかすっごい顔色悪いけど寿命はまだ大丈夫?」
「よし、こいつの第一印象は最悪なものとしてとらえてやるからな。お前もアレなら幼馴染もアレだということがこうして証明されたぞ」
「失礼だろタカアキ! 確かに不養生な見た目してるけどこいつ医者だからな? 謝れオラッ!」
「クリューサは今にも死にそうな肌色だがこの頃は元気だぞ! 心配はいらんぞイチの幼馴染!」
「すみませんでした」
「失礼なのはお前らの言動もだ馬鹿どもが。くそっ、この街にはもしかして変人が集うきらいでもあるのか……?」

 クリューサは剣と魔法の世界でも変わらず苦労してるそうだ、気の毒に。
 おそらく次に目につくのは球体関節な青髪のお姫様で。

「あっ、初めましてー! 私は"ドール"のリスティアナっていいます! イチ君たちとはよく仕事をご一緒してます、よろしくお願いしますね!」

 視線が合うなりパン屋うってつけの笑顔がおもてなしである。
 世紀末世界にはないきらっとした雰囲気に、流石のクリューサもたじたじだ。

「あー……ああ、そこの元気極まりない奴にはいろいろ世話になった。よろしく頼む」
「その関節はドールか。私は護衛兼助手のクラウディアだぞ、よろしくな!」
「あなたがたが最近噂になってるお医者様なんですね? 人を助けるお仕事をしてるなんて素敵です! もし何かお困りでしたら、このリスティアナにお任せくださいっ!」

 陽気なお人形姫のご挨拶には「そうか」と気難しく納得したらしい。
 俺も最初は面食らったけど、今じゃ明るく返せるほどには慣れた。

「……お前らに聞くが、というのはどいつもこいつもこうなのか?」
「人のいい奴ばっかりだから気にするなクリューサ。俺はもう慣れた」
「ヒロインに悪い奴はいねえから肩の力抜けよ先生、仲良く付き合った方が得だ」
「ん、みんないい人だから信じて上げて。大丈夫だよ」
「ところでリスティアナとやら、パンはもう売り切れか? 私ずっと楽しみにしてたんだが」
「あっ……ごめんなさい! 最近お客様が良く買ってくれるからすぐに品切れになっちゃうんです……ええと、今あるのは塩なしパンにスコーンに……」
「ここは実に繁盛しているな、よいことじゃないか? ある物全部買ってまた日を改めるぞ今度は開店直後だクリューサ!」
「俺を巻き込むなお前だけで行ってこいこのバカエルフ、あと勝手にパンを買い占めようとするな」
「全部買ってくれたらすごく助かるぞクラウディア」
「分かった任せろ! 全部お買い上げだ!」
「見ろ、俺が食費で頭を悩まされてる理由がこれで分かっただろう」

 野郎三人でリスティアナの人の良さを伝えると、クラウディアが店の売り上げに貢献してくれそうな流れだ。
 獲物を見定める捕食動物のごとくトングがカチカチとパンを威嚇すれば。

「あら、話の感じからしてイチ君のお友達かしら? ようこそお二人さん、ここが最近熱いって言われてるクルースニク・ベーカリーよ」
「イチ君たちの知り合いみたいやなあ、ようこそやでえ。うちはスライムのスカーレットや、よろしゅうなあ」

 何かの合図になったのか、奥さんとスカーレット先輩がつられてきてしまった。
 ふくよかなお人柄といい、スライム系ヒロインといい、クリューサの顔はだいぶ接し方に困った感じだ。

「……錬金術師ギルドから派遣されたクリューサだ。いきなり押しかけるなりずいぶんとやかましくしてしまって申し訳ないな、ご婦人」
「いいのよ、うちのお店のいいところは賑やかさなんだから。イチ君にはとってもお世話になってるもの、あなたがたが来てくれて嬉しいわ」
「そうか。俺は医者も兼業している、もし必要ならそこのパン屋兼冒険者の男を通じて俺に連絡するといい」
「はえ~、本物のお医者さんなんやなあ……イチ君いろんな知り合いおっておもろいわあ」
「ここはスライム娘も勤めているのか、面白いお店だな! これ全部くれ!」

 こうして店の顔ぶれと面識ができると、褐色の魔の手が店の残りをさらった。
 全部お買い上げだ――お医者様のポケットからしぶしぶ財布が出てきた。

「ワオ、ほんとに全部買ってくれるとは思わなかった。大丈夫? 食いきれる?」
「どうせあいつが食いつくすからな。それよりも俺の財布の心配をしたらどうだ」
「まあパンって高いもんじゃないしいいだろ」
「お前の職場環境はさぞ恵まれてるようだが、そこにいるのは七つの大罪のうちの一つを犯したようなエルフだぞ」
「そりゃ気の毒に、お買い上げどうも2000メルタでーす」

 クリューサはどこまで苦労するんだろう、パンが山ほどしめて2000メルタ。

「ああそうだ、この大きくて皮が厚いパンがあるだろ? こいつは当店自慢のだ、近所のお惣菜屋にもってけば具を挟んでサンドイッチにしてくれるからな」
「おお、そんなシステムだったのか! さっそく行くぞクリューサ! いっぱい具を挟んでもらおう!」

 ついでに外のお総菜屋【ベスパクチナ】も紹介すればクラウディアが食いついた。 
 たぶん店主がクリューサを見たら早急に野菜をすすめるはずだ。

「店に持ってく前にパンつまみぐいするなよ、怒られるからちゃんと新品持ってけ」
「……ついこの前まで巨大な兵器を単身ぶちのめしていたやつがここまでパン屋に染まってるとはな。プレッパーズはとんでもない奴を迎え入れたものだ」

 二人に紙袋を手渡すと、苦労の多い視線がそっと壁の方へ向かった。
 目で追えばそろそろ店の雰囲気として溶け込んでるクソデカゴーレムの残骸だ。
 感想は――「相変わらずだな」といいたげな目をしてる。

「あんな感じでこの前もちゃんとぶち壊しておいた」
「ギルドの集大成だとか言われたゴーレムがお前のせいで急激に陳腐化したからな。こんなものを飾るとかこの店は大丈夫なのか?」
「もう一個あるぞ、持ってく?」
「いるか馬鹿者が」

 この店の経緯にだいぶ不安を覚えたらしい。ストレンジャー的な意味で。
 ゴーレムがお邪魔しにくるわ地下にカルトはいたわと、この頃なにかと物騒な思い出ばっかりだけど――

「心配するな、今までの反省も生かして当店はちゃんと対策済みだ」

 俺はここぞとばかりにカウンターの棚からある物を取り出す。
 銃床を折りたたまれた口径九ミリのコンパクトな短機関銃だ。

「俺も準備はいい方だぜ、ほらこれ見てくれよ」

 こんなものを借してくれたタカアキも便乗してきた。
 スーツとエプロンの間からにゅっと44口径の拳銃、火力がお待ちかねだ。

「たった今もっと心配になったぞ。どこにそんなもの忍ばせるパン屋がある」
「もっとデカいのがよかった? 妥協してこれなんだ」
「お客様への安心を考えてせいぜい大口径の拳銃弾がせいぜいだぜ」
「俺が心配してるのは人体への抑止力じゃなくてパン屋に笑顔のまま短機関銃やら持ち出すお前らの脳みそだ」
「ニクもいるぞ」
「ん、ぼくがいれば安心」
「ご安心ください! 私もいますから何か来てもやっつけちゃいますからね!」

 現代火器二つにニクとリスティアナのドヤ顔も混じれば、この世界のおかしさに諦めたような溜息のつき方だ。

「……卿に従えという言葉があるが、これほど苦痛に感じることはないだろう。まあ、ここまで安全なら非常事態の際には駆けこませてもらうからな」
「またゴーレムが暴れたらきてくれ、歓迎してやる」
「クリューサ、イチは相変わらずだな。このあたりの住民が安心してるのも頷けるぞ」
「そろそろこの世界にも慣れたと思ったがこいつのせいで振り出しだ。せいぜいこの先も驚かせてくれ」
「パン買うなら是非うちで頼むぞ。お帰りに気を付けて先生」

 あいつは紙袋を抱えてダークエルフに引っ張られにいった。
 おかげで店は空っぽだ、これにて本日の営業は終了。

「で、どうだ二人とも。あれが噂のクリューサ先生だぞ」
「あれがウェイストランドのねえ。俺のイメージとはだいぶ違ったな」
「どんなイメージだ」
「ガン患ってハゲてて子持ちで麻薬作ってそうなおっさん」
「ほんとにどんなイメージだ……? 残念だけどあってるのはおクスリ要素だけだ」
「なんだかご苦労されてそうな方ですねー……でもイチ君と話してるところ、ちょっと楽しそうでしたよ? 仲がよろしいんですねっ♪」
「中々ほどけない縁が結ばれてるみたいでな。お前らも仲良くやってくれ、いいやつらだから」

 俺たちはすっかり慣れた店の感覚で何も言わずとも片づけに入るが。

*ぴこん* *ぴこん*

 と、店じまいの手続きの最中に通知が二連続だ。
 誰かと思って左腕を覗けば【ホンダ】と【ハナコ】の地味コンビの名前で。

【イチ先輩! 俺カッパーになりました! やっと新米抜けましたよ!】
【このたびホンダと一緒に昇級しました。これも先輩方が助けてくれたおかげです、返信に【パンどう?】とか交えたメッセージはしないでください怒りますので】

 そうか、あいつらもようやくワンランク上か。
 なんだかハナコが今なお厳しいが【おめでとう】とすぐに返した。

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