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剣と魔法の世界のストレンジャー

パフェが食べられるお店なのは確か

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 腕をむぎゅっとされながら踏み込むと、急に静けさを感じた。

 両開き扉の先はクラングルの陽気さからえらく切り離された世界だ。
 上品な内装と品のある程度の明るさのもと、落ち着く香りが満ちていた。
 ところどころ和風の装飾が施された和洋折衷ともいうべき静かな華やかさだ。
 そして正面玄関に構えられたフロントデスクには誰かを置かれていて。

「――むっ。ようこそ、ホテル・シュガリへ」

 ホテルさながら雰囲気の中でカウンター越しの女の子が怠惰な態度だった。
 白黒の制服をだらしなく着て、つるっと伸びた紫色の髪に曲がった角が二本。
 リム様ほどの体躯はあの人のような羽も尻尾も生やして――たぶんヒロインだ。
 っていうか今ホテルって言わなかったかこいつ。

「こ、こんにちはー。ミセリコルデです……!」

 そんな品のある雰囲気をミコはおそるおそる進んでいく。
 だがその瞬間だった、そいつは仲の良さそうな笑みをにんまり浮かべた。

「おや……ミコくん。ずいぶんとひさしぶりじゃないか、まさかこんな形でまた顔を合わせることになるとはね」
「久しぶりだね、オクニリアさん。元気だった?」
「あたりまえさ、わたしたちの経営はいぜんとしてうまくいってるんだからね。こうして怠惰に客をまちかまえるだけで豊かにやっていけるのだよ」

 まだまだ幼い声を使ってこっちをじっくりと見渡してきた。
 輝きのない目は「ふーん」といくらか興味を示したのか。

「なるほどねえ、かれがパートナーか。なんだかきみが殿方をつれているなんていましがた信じられないけども」

 にたぁ、とあんまり可愛げのない邪悪な笑みに変わった。
 今一度確認するけど俺はパフェを食いに来たはずだ。なんかおかしい。

「ふふっ、驚いちゃったかな……?」
「まあねえ。ああそうだ、オーナーがミセリコルディアのマスターとやらをお目にかかりたいと言っていたんだけど」
「えっ、オーナーさんが……?」
「どんなヒロインなのか興味があるみたいだよ。いま呼ぶからね」

 二人はどうにもヒロインらしいやり取りをしてる。
 やがて不真面目な受付の興味はそばの野郎の方にも向いたらしく。

「きみ、スクリーンショットの印象とはだいぶちがうけど……あの『デストロイヤー』くんだろう?」

 いつもと格好を変えたストレンジャーの正体にも気づいておられるようだ。
 バレちゃしょうがない。まだ腕を掴まれながらもそうだよと頷いた。

「どうも親愛なるデスロトイヤーです、とでもいった方がいい?」
「ならこう返そう。サキュバスのオクニリア、ミコくんとはAIだったころからの付き合いで、そしてこのホテル・シュガリの受付のおねえさんさ」
「ってことはヒロインか――いや待て、今ホテルって」

 自己紹介ついでにまた「ホテル」って言ったぞこいつ。
 どういうことだと二人の顔を伺おうとするも。

「はーい、いらっしゃいお客様ー♡」
「みこちゃだ! 久しぶりだねみこちゃ~♡」
「みこさん、その男の人どしたの~?」

 俺の疑問はわいわい明るい女の子たちの声に押しつぶされてしまった。
 通路の奥からここらしい制服を着た角と尻尾の面々が駆け寄ってきたからだ。
 サキュバスとか言うやつの象徴を浮かべた何人かがやって来れば。

「良かった、みんな元気だね? えっと、この人がいちクンです……♡」

 店員さんたちの面前で、ミコの柔らかボディにぎゅうっと腕を持ってかれた。
 主張の強い抱擁だった。もちっと頬も重なって距離感が過去一番近い。

「……へー、この人がそうなんだ?」
「ほうほう……おにーさん目がきりっと鋭いけど可愛いね♡ どう? 良かったらフレンド登録しない?」
「ひょっとしてあのすっごい強い新米さん? いかついイメージがあったけど美男子じゃない、ちょっとお姉さんに顔見せて見なさい君」
「これが戦うパン屋のお兄さんか……うちは従業員お持ち帰りオーケーさ、持ち帰れるもんならね? 当ホテルへようこそお客様♡」
「おいなんだお前ら触るな触るなそういうサービスいらないから」

 目の前の面々も距離感がバグってる。こっちを知るなり一斉に迫ってきた。
 ちんまりしたやつからミコより背の大きなクールなお姉さんまでバラエティ豊かな美少女どもがべたべた触れてくる。
 なんだここ、あとまたホテルっつたぞ。

「……ふふっ、この人はわたしのだからね?」

 しかしそんな親密すぎる歓迎も、圧たっぷりのミコの笑顔ですぐに鎮圧された。
 腕がそろそろ血のめぐりを失いそうだ。きっつい。

「み……ミコちゃんが怒ってる……」
「すごい、あのみこちゃが笑顔の圧力を……!」
「みこさん、強くなったんだね……お姉さん感動しちゃった」
「……あの、いい加減聞くけどここどんな店なん? パフェ食べるって話だったよな? 絶対違うよな? なあ?」

 やっぱりなんだかおかしい。パフェ食べれるって聞いて楽しみにしてたのにどこか違和感を感じる。
 まさか騙されたんだろうか、あとホテルって三度は耳にした気がするぞ。

「大丈夫、パフェを食べられるところだよ? そうだよね、みんな?」

 俺の不安に対する返答はというと物言う桃色髪の相棒の穏やかな笑みだ。
 でもなんか声がガチだ、穏やかな表情なのに目が据わってる。

「……う、うん、そーだね! パフェを食べれる場所だよ!」
「パ、パフェがおいしいお店です……」
「ええと……うん、当店はパフェに定評があるの。どうぞごゆっくり」
「ミコ、変わったね……! どうぞおくつろぎください、お二人とも」

 けれども店員たちがそういうんだ、ミコの言うことが真実だと証明してる。
 ならいいか、三度ほど耳にしたホテルっていう単語は忘れることにしよう。

「おもしろいねきみたち。さて、ここで手続きをしたまえ。身分証明として『シート』もみせてもらおうか」
「はい、どうぞ。いちクンも見せてね?」
「……パフェ食べるだけだよな。まあいいか」

 今度は受付のロリが手をくいくいしてきた。
 カウンターにある紙に書きこめとばかりの備えがある。
 パフェのためだ、ミコと一緒に冒険者の首飾りを見せた。
 一目見たそいつは「ふむ」と何を納得したのやら、手渡すとすぐに返ってきたが。

「確認した、こちらにきみたちの名を書きこんでくれ。これは円滑な経営と、良質なサービスの提供のためさ」

 お次はサインだ、名前を求める紙が羽ペンとセットで突き出された。
 さらっと書いて提出すればそれでパフェを食べる資格はできたようだ。

「よろしい。ではミコくん、これが部屋のカギだ」

 次に受付の子はにやっと何かを掲げた――待て、なんだ部屋の鍵って。
 その真意を確かめようと身体が動くも、ミコは素早く受け取って。

「……じゃあいこっか、いちクン♡」

 またぎゅうっと腕を抱きしめてきた。やっぱりなんかおかしい。
 まあでもミコが言うんだ、この相棒は人を騙すような人柄じゃない。
 そう言い聞かせて引っ張られてサキュバスガールズをかき分けていくと。

(こ、こんにちは……)

 ちょうど向かう先のあたりから、明らかに妙なものが姿を見せた。
 「彼女寝取りそう」と想像が続く、金髪と口ひげが特徴的なチャラい中年だ。
 けっこうなガタイの良さに清潔なエプロンが被って異様な存在感があるが、可愛い店員たちの背後でおどおどしてる。

「大丈夫ですよオーナー、こわくないですよー」
「あっ、ごめんなさい。この方が私たちのオーナーです、ほら大丈夫ですからちゃんとご挨拶してください」

 そんな大層な姿はお姉さんたちにおいでおいでされてるが中々出てこない。
 なんだこいつ。流石に俺たちが足を止める理由にもなったものの。

「え、えーと……そちらの方がオーナーさん、なのかな?」
「おい、なんかめっちゃぼそぼそ言ってるけど大丈夫かオーナーさん」
「オーナー、怖がらないで堂々としてくださーい。ミセリコルディアのミコさんですよあの人が」
「あ、大丈夫ですよ我らがオーナーはちょっと小心者なだけで」
(あれがミセリコルディアのマスターさんなの? 私初めて見ちゃったよ、もっと凛々しい方を想像してたんだけど優しそうなお姉さんなんだね、確かに慈悲の名がつくだけはあるね)

 チャラそうなおっさんは女の子に隠れてまだもにょもにょしてる。
 聞き取れないが仕草的にはミコを見てちょっと感激してるような感じだ。

「えーとですね、オーナーは「お会いできて光栄です。優しそうなお姉さんですね」って安心してます」
(声がちっちゃくてごめんなさいお客様、女の子を怖がらせたくないんです。どうか当ホテルでごゆっくりおくつろぎください)
「それから「声が小さくてごめんなさい、周りを怖がらせるのが不安なんです。どうかごゆっくり」だそうですよ」
「ふふっ、いっぱいくつろがせてもらいますね?」
(彼氏さんと仲良くしてくださいね。腕を振るって当店自慢のパフェを作りますので、気の行くままにいくらでもご注文してください)

 店員の口も借りてそう伝えてくると、ぺこっと一礼を込めて離れていった。
 クラングルって変わったやつばっかだな。改めてそう思った。

「なんて言ってるのかマジで分からなかったな」
「うん、でも悪い人じゃなさそうだよね……」
「態度でいい人だっていうのはなんとなく理解できた。面白いとこだなここ」

 いろいろと疑問を呈する部分はあるけど、ここは滅茶苦茶な国フランメリアの混沌した都市クラングルだ。
 きっとそういうパフェの店に違いない。そう割り切ろう。

「ではお客様、こちらへどうぞ。お部屋に案内いたします」

 そして案内を受ければ、通路をだいぶ進んだ先に「それ」はあった。
 まるでホテルさながらの内観を潜り、そしてホテルみたいなお洒落な通路を歩き、待ち構えていたのはホテルの一室と思しき――もうこれホテルじゃないのか?
 とにかく「どうぞごゆっくり」と案内されれば。

「……んん?」

 それは――パフェの店にしてはあまりにも充実しすぎた。
 広く、洒落て、明るく、そしてなんか色っぽかった。

「わっ、なんだかすごく充実してる……!?」

 こうしてミコが良い意味で驚くほどだ。
 宿の部屋よりもずっと広くて、晴れやかな清潔感があって、大きなテーブルや魔力で動く冷蔵庫もどきにソファに本棚に――

「うん、充実してるけどさあ……」

 更にジャグジーが見えるお風呂場と、二人でも持て余しそうなベッドが見える。
 問題は枕が二つもあることと、壁に【使用済みの衣装はこちらへどうぞ♡】と収納用の空間が設けられてる点だ。
 俺にはホテルにしか見えない。それもラブがつくほうの。
 でも言えなかった、「これラブホじゃね?」なんて言ったら何かが起きそうだ。

「あの、ミコ? いい加減言わせてもらうけどな、これってラ」
「……えーと、ここで注文するみたいだね? さっそくパフェ食べよっか?」

 人が言おうとした矢先、ミコは当たり前のようにソファに落ち着いてた。
 テーブルには革張りのメニューが置かれて、傍らに青く輝くものがふよふよしてた。
 金色が眩しい台座の上、独りでに角ばった水晶体が浮いてる。
 一見すれば「わーお洒落」な飾りだが、歯車仕掛けの印と共に【こちらに触れてご注文してください】と説明文があった。

「これ、やっぱラブ」
「わあ……ほんとに種類豊富なんだね。しかも丁重に一つずつイラストもついてて、これ全部食べ放題なんだ……!?」

 やはり何かおかしいと訴えようとするもミコは平然としてる。
 分厚いメニューを開いて「こっちおいで」と無邪気に招いてるほどだ。
 いや、相棒が人を騙してラブホに連れてくるような奴じゃないのはよく知ってる。よってパフェの店だ。
 そう信じるしかなかった。「これラブホじゃねーか」なんて言う勇気はもうない。

「……うん、パフェ頼もうか。どれどれ……」
「どうしよう、いっぱいあって迷うっちゃうよ……」

 べっっったりくっつかれつつ、二人で開いたメニューを覗いた。
 分厚さ相応にすさまじい情報量だ。
 手書き描かれた自慢のパフェの図に説明が乗ったものが何百と続いてる。
 もはやパフェの図鑑かなんかだ。【農業都市直送の食材と認可されたミノタウロスのミルクを使用しています】とあって。

『スパシャルミックスベリーパフェ』『プリンパフェ』『抹茶パフェ』『コーヒーゼリーパフェ』『濃厚チョコパフェ』『ソイパフェ』『信玄餅風パフェ』『ティラミスパフェ』『レモネードパフェ』『チョコチップクッキーパフェ』『ヨーグルトソースパフェ』『這い寄る混沌パフェ』『ミノタウロスづくしパフェ』

 やっぱここパフェの店なんじゃね? そう思うほど品目がこだわってる。
 じゃあラブホなわけないよな。ページの分厚さをそう信じて選ぶことにした。
 ご丁重にいろいろ書かれてる。注文したら専用の受け取り口でどうぞだってさ。

「うっっわこれ全部パフェかよ!?」
「す、すごいよね……!? でも、全部美味しそう……」
「マジで悩むな……まあどうせ食べ放題だ、とりあえずミックスベリーパフェ」
「じゃあわたしは……ミックスフルーツパフェにしようかな……?」

 注文が決まった。「さわって」とばかりにある謎のオブジェに触れてみるも。

 ことん。

 なんてこった、指先とタッチした瞬間に浮遊する飾りが落ちてしまった。
 そうか魔壊しパワーが働いたか。やべえどうしよう。

「あっ……もしかして、マナを壊す力が効いちゃった……?」
「やべえすっかり忘れてた……! そりゃそうか魔力使ってそうだもんな!?」

 すぐに浮かんだのは「どう弁償するか」だ。
 ところがミコの手が墜落したそれを拾い上げると……ふわっとあるべき場所に戻った、おかえり謎の水晶。

「……戻ったかも?」
「……戻ったみたいだな」

 よくわからないが――まあヨシ!
 試しに相棒がまたそっと触れれば、誰かさんの手つきとは違って魔力らしい青さが表面に波打ち始めた。

「すみません、パフェの注文を……えっ、そ、それはまだいいですから!? あの、えーと、ミックスベリーパフェとミックスフルーツパフェをお願いします……!」

 ミコがパフェの名称込みで語りかけると、まあしかるべき場所に伝わったらしい。
 どういう仕組みなんだろうこれ。魔法が使えたらなと強く思った。

「えっと、しばらくお待ちください、だって」
「了解、楽しみだな」

 そしてパフェまでどうか待っててね、だそうだが。
 だけどこんなラブホとしか思えない環境でだぞ?
 というかこの無駄にデカいダブルベッドを傍らにパフェを食べるのか?

「……あの、ミコ?」
「なあに、いちクン?」
「これやっぱりラブ」

 いいやもう言っちまえ、そう思って現状について物申そうとした瞬間。
 ちりりっ、と独特のベルの音が出入口あたりから聞こえた。

「あっ……パフェ来たみたいだね?」
「もう来たのか。注文の品はそこの受け取り口か?」

 見ればドアの近くに受け取り口にうってつけな扉がある――ここか。
 二人で取りに行った。扉をそっと開けた先にあったのは。

「……ワーオ」
「……わ~お」

 それはもう立派な品だった。
 ガラスの容器いっぱいに芸術品が作られてるというべきか。
 ベリー系の赤色が作る鮮やかさの上にクリームが冷たげに飾ってあった。
 ミコの頼んだものなんて二色のアイスに果物たちがカラフルに組み合っていて、食べていいのか迷うぐらいだ。

「これ、元の世界じゃ絶対食えないだろうな……フランメリアありがとう」
「すごくきれいだー……! さっそく食べてみよっか?」

 さっきの疑問はやっぱり撤回しよう。ソファに戻ってがっつくことにした。
 一口すくってよく混ざったベリーを頬張ると――甘酸っぱい!
 甘さほどほどの濃いクリームに自然な甘さと軽い香りが乗っかって、なんていうかすごくうまい。たった今語彙力を失った。

「うまいなこれ……!?」
「すごくおいしい……!」

 異様なほどのうまさにはミコだって驚いてるし、手が止まらない。
 これ作ったやつはどんな顔してるんだろう。リム様も驚きそうなパフェだ。

「……いちクン、こっち」

 そのまま黙々と食べ尽くそうとした時だ。
 急にいつもの呼び声がして、どうしたんだと振り向けば。

「あーん、だよ♡ 一度やってみたかったの」

 うさぎなパーカーを着た相棒がふわふわした笑顔でスプーンをすすめてた。
 果物でいっぱいのそれを「めしあがれ」と突きつけられてる――了解、相棒。

「……んん」

 やけにしっとりした視線が気になるがぱくっといった。
 香り豊かないろいろな果物の味が一気にきてうまい。
 でもやっぱりダブルベッドが気になる。どうしても視界に入るのだ。
 やっぱり騙されてるんじゃ? そう危惧するも。

「ふふっ♡ お返しはないのかなー?」

 ミコがぴとっと止まってこっちを見てた。
 「あ」と小さく口をあけて餌待ちのひな鳥みたいにしてる。

「……あーん」

 律儀にその通りにした。やっぱり視界に映るベッドが気になりながらも。
 味も見た目も色とりどりのベリーを差し出せば嬉しそうに食べてくれて。

「んっ♡ よくできました♡」

 頭をなでなでされた。まるでよくできた犬かなんかを褒めるようにだ。
 次第に桃色の髪がぐりっ、と頬に当たってきて。

「……ねー、いちクン?」

 ぐりぐりぐり。
 さらさら感がこれでもかと当たってくすぐったいし、すごくいい匂いがする。

「どうした」
「わたしと一緒にいない間、誰かといちゃいちゃしてなかった?」

 そのまま質問すら来た。なんなら上目遣いで伺われてる。
 じとぉ。そんな擬音が合うようなニクもびっくりのジト目がそこにあった。

「する暇もなかった」

 でもご安心を、ストレンジャーはそれどころじゃなかった。
 少なくとも俺の記憶にあるのはパン屋と敵の破壊に尽力した日々だ。

「ロアベアさんとは?」
「フレンド登録はしてる。たまに会う程度」
「……ニクちゃんとも?」
「一緒に寝る時撫でながら寝てた」
「えっちなことは?」
「してませんでした」
「そっかー……」

 断じていうがお金稼ぎに必死だった。本当にその通りだ。
 ところがミコはまた頭をぐりぐりしてきた。いい香りが染みついてる。

「確かにずっと距離を置いてたことは謝るけどさ。俺が異性にぐいぐい行く奴じゃないことぐらいよくわかってるだろ?」

 やめなよと撫でてやった――だがぐりぐりは止まらない。ドリルかお前は。

「ちゃんと埋め合わせしてほしいなー?」
「もちろんする」
「ほんとー?」
「ほんとだ。なんだってする」
「なんだってするんだー?」

 ぐりぐりぐりぐり。
 人の発言をしっかり根付かせるようにまた頭をすり寄せてきた。
 するからと撫でてやると、ようやくぴたっと停まって。

「ふーん♡ なんでもしてくれるんだー?♡」

 むにゅ、と頬に頬がぶつかってきた。
 ミコのもっちり感がいっぱいだ。ぐいぐい押されながらも頷いた。

「言ったからにはそうする」
「ほんと?」
「ほんと」

 念入りに「YES」と伝えた。
 するとどうだろう、ミコは「ふふっ♡」と可愛らしい笑顔を見せつけてきて。

「うん、いいよ。いちクンのこと、信じちゃうからね?」

 ふにゃっとした笑みのまま頭を撫でてきた。
 何か含みのある言い方だが、桃色髪の相棒は食べ終えた容器を手に取ると。

「…………あっ、ちょっと行ってくるから待っててね? すぐ戻るから」

 受け取り口に丁重にしまい込んで――そのまま部屋から出て行ってしまった。
 何事なんだろう。呼び止める暇も与えぬ素早さを前に取り残されたけれども。

「……なんか妙だなあいつ」

 ミコの様子がなんだかこう、おかしい。
 もっと言えばこの部屋っていうかこの店そのものもおかしい気がする。
 まあパフェ美味しいしいいか。次に何を頼むかメニューでも見ようと思ったが。

「いや、やっぱりホテルかなんかだよなここ……」

 あいつがいなくなったのをいいことに、俺はとうとう動き出す。
 やっぱここホテルじゃないのか? パフェを餌に引きずり込まれた気がする。
 調べるなら今のうちだ。ひとまず見渡すと重厚なラインナップの本棚が目に付き。

「――!?」

 なんとなくその一冊を手にした瞬間だった。
 視界に映った表紙を見れば、リザード系ヒロインを模した美少女がきわどいメイド服を着せられたイラストがあって。

【好色牝蜥蜴メイド 著者・黒井ウィル】

 とR18マークと共に本の方向性を示してた。
 つい適当なページをちょっとだけ開いてみて……。
 ……そっと閉じた。ワーオ、誰かが喜びそうなトカゲフェチのための漫画だ。
 世の深淵を覗いてしまった気がする、誰が言ったか可能性は無限大らしい。

「いや、まさかな……!?」

 口にした「まさか」と共に他の本を調べれば。

【人畜無害な妖精さんをけそけそ愛でよう初級編 著者・黒井ウィル】
【リザード系女子と泥甘共依存~冬のナマズみたいに~ 著者・黒井ウィル】
【彼氏クン、植物系ヒロインを育てよう! 著者・黒井ウィル】
【悪魔族から見るマゾな彼氏の甘やかし方、甘え方 著者・黒井ウィル】
【羊ヒロインたちは夢見る 著者・黒井ウィル】
【(ヤンデレ幽霊系女子が)あなたを探してます 著者・黒井ウィル】
【うつろに語る、アンデッドな彼女 著者・黒井ウィル】

「なにやってんだ黒井ウィル!?」

 いかがわしい本ばっかじゃねーかクソが!
 なんてこった! 全部エロ本だこれ!
 この本棚はもう駄目だ、地獄のようなラインナップが繰り広げられてる。

「くそっ! まさかとは思うけどそういうことか!?」

 いやまだだ、他の手がかりを求めてベッドそばのキャビネットに目星をつける。
 その上にはパフェのメニューほどじゃないページ数が置いてあって。

【プレイ用衣装リスト♡ 妖精さんサイズもあります♡】

 マイクロサイズのビキニからロングスカートなメイド服、競泳水着からオプションまで様々なカタログがあった。
 黒井ウィルの名と共にアダルトなイラストが――おい!!!
 それならこうだ。キャビネットの中を開いた。

 そこに詰め込んであったのはバラエティー豊かなグッズの数々だ。
 まず目隠し――いやアイマスク。安眠のためなら仕方ない。
 問題は手錠や猿轡までくるとフォローしづらくなることと、バイ――材質不明の近接戦闘用の棒と、オナ――魔力実験用の筒、用途不明の液体入りの瓶が過剰火力を成していた。

「…………やっぱラブホじゃねーか!! サービス豊富過ぎるだろここ!?」

 クソッ! パフェ専門店じゃねえラブホだここ!
 信じてたのにあの野郎! パフェで釣りやがった!
 どうする? このままじゃ次ミコを見た時何があるか分からないぞ、成すがままやられるなんてごめんだ!

 パフェを餌におびき寄せられた俺はすぐ動いた。ひとまず脱出しよう。
 いかがわしいグッズだらけのそこから逃れようと扉に手をかけると。

 がちゃっ。

 唯一の出入り口が先に開いてしまった。
 最悪のタイミングを見上げると、そこにいたのは。

「……え、えっと……ば、バニーさんだよ!?」

 でっかい兎がいた。
 ちゃんと耳をみょんみょん生やして、黒くてきわどいスーツを着た方の。
 本人も相当恥ずかしいのか目をぐるぐるにしつつ、むっちりあふれ出る肉をゆさゆさしながらのとんでもない帰還を果たしていて。

「どうもどうもー♡ サキュバスハメどりサービスでーす♡」

 お前は何をしにきたんだ!? 付き添いの店員がいい笑顔で襲来してきた!
 あんまりにもヤバすぎる情報量を前に俺は。

「――チェンジで」

 ばたん。
 気が動転して閉めてしまった。
 思わず後ろに一歩退くも、構わず扉はまた開き。

「…………ふ、ふふっ♡ もう逃がさないからね……?♡」

 翡翠色のきれいな瞳に欲求が乗った――妖しい笑顔のミコが押しかけてくる。
 ニク以上に「じゅるり」した口元で舌なめずりをしつつ。
 それもバニースーツのきわどさからこぼれかける大きな乳肉と、黒ニーソの上でゆさゆさ揺れるぶとももを突き付けるように。

「ちょっ……おまえっ……は、ハメやがったなぁ!?」
「ハメるのはお客様ですよー♡」
「あとお前なんなんださっきから!? おい、やめろ! おいっ、おっ――うわああああああああッ!!」

 ――次に見えたのは、両手を広げてデカい胸と共に迫ってくる桃色髪の相棒だった。

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