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世紀末世界のストレンジャー

思い返せば、余所者は真っ白だった

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 夢を見ていた。
 クソガキがテーブルの上に乗った食事をまずそうに食ってる。
 まるで何もかもあきらめて死刑を待つ囚人みたいなひどい面構えだ。
 しかもそいつの左右には二人の大人がいた。

『お前は俺のいうことを聞けばいいんだ、いい加減大人になったらどうだ? 誰のおかげで飯が食えるのかよく考えてみろ』
『あなたはまだ幸せなほうなのよ? だって世の中にはあなた以上に不幸な人がいっぱいるんだから、ちゃんと今の幸せをかみしめて――』

 挟まれたクソガキはなんだかあれこれ教え込まれてる。
 やがて目が合った。この世のすべてを恨むような瞳は潤んでる。

『もうやだ……殺して』

 オーケー、楽にしてほしいんだな。
 三連散弾銃を構えた。そして45-70ライフル弾を眉間に向けて――

*ワンッ!*

 誰かの形見が誰かを殺す前に犬の鳴き声がして、夢は途絶えた。
 続いて顔のあたりにべろっと生暖かい感触もした。

「ワンッ」
「…………はっ!?」

 体を起こすと、そこは捨てられたキャンピングカーの中だ。
 埃まみれで寝ていたストレンジャーのそばで、心配そうに見上げるニクがいた。

「起きたか、イチよ。ひどくうなされていたぞ?」

 じとっとした目で見てくる犬の横にはオーガの姿もあった。
 額をぬぐった。ひどい汗だ。
 髪の生え際に触れるとずきっと痛みが走る、角材でやられたとこだ。

『良かった……すごく苦しそうにしてたんだよ? 大丈夫?』

 物いう短剣の声もした。腰のあたりからだ。
 なんとか答えようとしたものの口の中が張り付くように乾いてた。
 ベルトから水筒を抜いて飲み干した、ぬるいが目が覚めた。

「……クソみたいな夢見てた。起こしてくれたのはどいつだ?」

 150年前の遺物が残した窓の向こうで青色と茶色の荒野の姿がある。
 そこでようやく思い出した、ここで一晩明かしてたんだった。

「ウォンッ」
「やっぱお前か。また助けられたな、ありがとう」

 グッドボーイは優しく頬を舐めてくれている。撫でてあげた。
 立ち上がって背を伸ばした、ぼきっと不健康な軋みが鳴った。
 けれども気分は最悪だ、人食い族の悪夢のほうがマシなほどに。

「悪い夢でも見ていたのか?」

 飲みかけのドクターソーダが差し出された、一口だけ飲んで、

「言ったろ? クソみたいな夢だ、クリンよりひでえ悪夢だ、化け物が出た」

 持ち主に返してさっさと荷物を身に着け直した。
 誰かさんの形見の銃身を折ると、ちゃんと弾が三発入っていた。

『あんなもの見ちゃったからだよ……』

 あんなもの、それはあの人食いどもだろうか。
 いいや、ちがう、幸せそうな三人の家族の顔がちらついてしまった。

「……ああ、見たからかもな」

 外へ出た。
 荒れ果てた地の新鮮で乾いた空気が妙にうまい、腐肉の香りはしない。

「なんだ? 化け物と戦う夢でも見たというのか?」
「いいや、逃げる夢だ」
「そうか、ならば話してみるとよい。悪夢を目の当たりにした時は誰かに話せば消え失せると聞いたことがあるぞ」

 左腕のPDAを見た。
 化け物を殺して化け物となったストレンジャーは現在レベル9だ。

「俺たちの旅には関係ないくっそつまんない話だ。先に行くぞ」

 東に向かって歩き出した。
 人類の名残である道路と線路はスティングへとつながっている。



 クリンを出てから南に降りて、さらにそこから東へ。
 俺たちは150年前の人間が作った長い道をたどりながら進んだ。

 そのついでにレベルアップボーナス配分も済ませておいた。
 ようこそレベル9へ、今やこのストレンジャーはPERKの影響もあってステータスがすごいことになってる。

 【筋力8 耐久力6 感覚8 技量7 知力5 幸運5】

 こんな具合だ。
 【生存術】も人食いシェルターで回収した本でSlev《スキルレベル》4まで上がった。
 その効果がどう出てくるのかは謎だが、始めたてのころよりも俺はずっと強くなっているはずだ。

 さて『PERK』だ、スキルも上がってだいぶ種類が増えてる。
 中で一番目につくものといえば【ドアノッカー!】というもので。

【なんということでしょう! あんまりにも殺意が高まりすぎて、あなたの自らをドブに捨てたような保身なき攻撃は致命的なダメージを与えるようになりました! 憎たらしいアイツのパーツをぶっ飛ばしてさしあげましょう! 近距離での射撃ダメージにボーナスが入ります】

 長距離射撃なんて無縁な俺にはちょうどいい効果だった、これだ。
 これでまた一つ強くなったと思いながら歩いていると。

「ワンッ!」

 先導していたニクが急に吠えた。
 『感覚』は危険を促すというか「ねえみて!」という訴えを感じた。

「どうした? また敵か?」
「おお……! イチよ、あれをみるのだ!」

 ノルベルトの声も重なってすぐにその正体に気づいた。
 ずっと遠くに巨大な女性の姿があったからだ。

「おい……なんだあれ? あっちの世界のやつか?」

 もっと近づいて目を凝らすとよく見えた。
 ビルほどの大きさはある石造りの彼女はゆったりとした衣を着て、二つの手で誰かのための祈りを捧げている。
 西の世界へ眠そうな瞳を向けてうつむいたままに。

 そしてその背中には――羽があった。
 いわゆる天使の持つようなものじゃない。歯車がはめ込まれ、鋭利な刃物を並べたようなお堅い羽が左右に広がっている。

 そんな彼女は間違いなくあっちの世界のものなんだろう。
 どうやら異世界にあった緑まで持ち込んでしまったのか。
 巨象の足元ではどこかの地から持ち込まれた緑が広がっていて、いい感じに荒れ果てた地を侵略してるようだ。

『わっ……! 石像だ……! それもすごく大きい!』
「ノルベルト、あのクソ眠そうな女神さまの像はなんだ? お前の知り合いか?」
「いや、俺様も分からんのだが……あのような見事な像を見るのは初めてだ。一体どうやってあのような像を作ったのだろうな」

 三人で異世界から来たとしか思えない像を見上げていると、

「ワンッ!」

 またニクが吠えた。グッドボーイは女神像の足元を気にかけている。
 何事かと思って『集中』して確認すると――すぐわかった。

「……おい、足元見てみろよ。すごいのいるぞ」

 彼女の下、もっといえば割と近いところに動物がいた。

 それは牛、なんだろうか。
 剣みたいな角をにょきっと生やした、黒毛の牛らしきものが群れていた。
 そいつらはかなりデカい上に、力強い肉の張った腹を横に向けて。

「モー」

 ただそれだけ発して、のんびり草食んでいた。なんていうか、声がゆるい。
 中には荒野に生えたサボテンをトゲごと食らうやつもいる。
 見た目は恐ろしいがここだけひどく牧歌的というか。

「なんだあいつ、あの見た目で鳴き声が貧弱すぎるだろ……」

 そっと近づいてみると、荒野のサラダを食らっていた牛はぎろっと睨んできた。
 すぐ理解した、こいつらやっぱり強いぞと。

「あれにうかつに近づくなよ。縄張りに踏み込むと人間程度軽く引きちぎるぞ」
「詳しいな、ってことはあっちの生き物なんだろうな」
「無論だ。あれはクレイバッファローといってな、ドワーフどものいる地域に生息する屈強なやつらだ。刺激さえしなければ可愛かろう?」
「そのかわいい生物にたった今殺意向けられたんだけどな」

 しかもノルベルトからもそうコメントされた、やっぱりか。

「……だそうだけど、ミコは知ってるか?」

 俺は物いう短剣に聞いてみることにした。

『ゲームのころは近づいても無害だったよ……』
「もともとは荒れ地の生き物だ。ここでも生存できるとはたくましい生物よ」
「あれも幼いころ殴り倒してましたとか言わない?」
「幼き頃は武器を使ってやっとだったな、まあ今なら素手でもいけるが?」
「ああうん、順当に成長してるみたいだな。これからも精進してくれ」
『……やっぱり倒したんだね、ノルベルト君』

 彼らはいま、ウェイストランドのサラダ食べ放題に勤しんでる。
 よくみると荒野のあちこちにその恐ろしいモンスターの姿がある。
 こんな世界でもたくましく生きてるようだ――足元に踏み潰されたドッグマンの死体が転がってるぐらいには。

「おい、そんなの食ったら腹壊すぞ! やめとけ!」
『いちクン、気にするのそこ!?』

 道路の方に戻りながらサボテンを食らう水牛もどきに声をかけた。
 しかし余計なお世話だ、と一瞥された。

「やつらは何もかも頑丈だからな、あの程度では傷もつかん。まあおかげで農業都市まで進出して作物に甚大な被害をもたらしているというが……」
『……うん、そういえばそうだったね。冒険者ギルドにも駆除依頼が毎日貼ってあるぐらいで……』
「あの図体じゃライフル弾も効かなさそうだな。ところで農業都市ってなに?」

 巨大な女神像の足元で豊かに暮らすモンスターたちについて説明を聞いていると。

『オラッ! 歩けッ!』

 荒野の途中から聞き覚えのある女の子の声がした。
 続いて『モー』と迷惑気味な鳴き声がして。

『お嬢ちゃん、そいつから離れろ!』
『なにしてるのよおチビちゃん! 持ち帰るつもり!?』
『やってみないと分かりませんわ! この子を持ち帰ってウェイストランドにもっと乳製品を!』
『モォー』

 ものすごく懐かしい会話の流れもつられてやってきた。
 声のした方向、巨大石像からやや離れて北東へ向かう荒野に進むと。

「Honk!」

 どう見ても知っている姿のガチョウが乾燥した地面をぺたぺた走ってきた。
 リム様の使い魔だ。羽を広げて自らの存在を示すとくいっと後ろを向いて。

「もう帰ろうぜお嬢ちゃん、狩りが終わったんだしよ」
「いやですわ、この子持ち帰りますの! 名前は爆乳ハイパーバトル!」
「モォー……」

 ちょうどそこに牛のモンスターにしがみつく――悪魔風の魔女様がいた。
 いつものとんがり帽子をかぶった小さな女の子が、クソみたいな名前をつけて意地でも連れて帰ろうと引っ張っている。

「早く帰らないと農場のみんなが心配するだろ、だからさぁ」
「どうせうちにも何匹か居座ってるしもういいでしょ? 帰りましょ」

 その周りには軍隊色を感じさせる柄の服を着た男女がいた。
 仕留めた水牛を乗せたトラックのそばで帰りたがっていたものの、

「――! 誰だっ!?」

 そんなやり取りを眺めていると、やっと向こうは気づいたようだ。
 すぐに男のスコープ付きの小銃が、女性の散弾銃がこっちに向けられ。

「Honk!」

 その間を縫ってガチョウがあの恐ろしい声を上げた。
 さすがに気づいたんだろうか、リム様は牛のモンスターを手放して。

「……まあ! まさか――」

 迷惑そうに逃げていく獲物をバックにこっちに走ってきた。
 やっぱりそうだったか、リム様だ!

「イっちゃん! お久しぶりですわ!」
「リム様! 何してんだよこんなところで!」
『りむサマ! お久しぶりです!』
「ミコちゃんも! お元気そうで何よりです!」
「ワンッ!」
「わんこも!」

 抱き着いてきた、思わず抱きしめた。
 俺もだいぶたくましくなったんだろうか、リム様を軽々と抱っこできた。

「紹介するぞ。芋の魔女のリム様だ」

 そのままノルベルトの方へ向かって紹介することに。やわっこい。

「おお、まさか飢渇の魔女、リーリム殿か!?」
「まあ! あなたはローゼンベルガー家のノルベルトちゃん! あなたもここに転移してらっしゃったのですね!」
「うむ、楽しくやっていたぞ。しかも俺様だけではなくチャールトン卿も来ていてな……」

 みんなでわいわいやっていると、不意にトラックの方から声がした。

「あー、おい、これは一体どういうことなんだ?」
「……えーと、あなたたちこの子の知り合い?」

 取り残された男女が首を突っ込みづらそうにしていた。
 一旦小さな魔女を降ろして俺は答えた。

「ああ、ストレンジャーだ。あんたらは?」

 すると男が驚いて、

「お前がボスのいってた新人かよ!」
「ボス? ってことはまさか――」

 不信感のある表情をすぐに笑顔に変えて握手を求めてきた。

「俺たちはブラックガンズのやつらさ、つまりお前の兄弟みたいなもんだ!」

 握り返してやると相手はそう答えた。それはもう嬉しそうに。
 なるほどな、どうやら彼らは仲間だったみたいだ。

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