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 おれは過去を救うことができた。
 目の前で人類最後の朝が始まっていた。

「まったく……すくえない世界だな」

 最後の手巻きタバコをかじった。
 灰だらけのテラスから外を見ると、強化ガラスの向こうに朝日と瓦礫の山があった。
 もうたった一人の人間じゃどうにもならない光景を目にしていたら、

 『おめでとうございます、西暦2500年をもって人類は滅亡しました! 敗北です!』

 と、一切感情のこもってない声と共にがお祝いしにきたようだ。
 クアッドローターを生やした空飛ぶ殺人マシン――元は宅配用ドローンだった何かだ。
 ただし商品を運ぶための部分は対人グレネードと機関銃に置き換わっている。

「おいお前、機械のくせに計算ができないのか? 一人殺し忘れてるぞ」
『おめでとうございます! 人類は敗北しました!』

 クソ忌々しいそいつは割れたガラスの間からセンサーをちかちかさせた。

「こちらこそおめでとう。なにせおれが死ねばお前の仕事もなくなるんだからな。用済みになったお前は解体されちまうだろうさ」
『おめでとうございます! ゲームオーバーです!』

 撃ってこないし、人を舐め切った言い方からして良く理解してるようだ。
 おれが最後の希望だったのも、おれがなことも、全てお見通しってか。

「分かったからさっさと失せろ。さもなきゃ撃墜しちま――」

 手を出して来ない殺人デリバリーに一言いってやろうとして、むせた。
 喉と肺の奥がむずかゆくて痛い。口に塩分強めの鉄の味がたっぷり広がる。
 手にはべったりと赤いものが、ああ、くそ。くそったれ。

『それでは、良い一日を!』
「……ああ、じゃあな。良い一日を」

 言いたいことだけ言ってドローンは消えた。

 身体がいやに熱い。視界もゆがむ。身体中から何かが抜け落ちる感覚がする。
 きっと今の自分にはこの世に存在する全ての病気がつどってるんだろう。

「……おい。ノルテレイヤ、聞こえるか」

 別にいいさ――おれはタバコを諦めて、その名を呼んだ。

『お呼びでしょうか?』

 さっきの殺人ドローンよりはだいぶマシな機械の声がした。
 天井のどこかにあるスピーカーからだ。

「何度も聞いてすまない。やっぱり助からないか?」
『可能性はゼロです。助からないことを残念に思います』

 割と覚悟して質問したっていうのに速攻で返しやがった。
 
「残念に思ってくれる奴がいてよかった。安心したよ、クソったれ」
『可能な限りの処置は施しました』
「そうか。最善は尽くしたんだな」
『もはや私にできることはあなたの心の支えになることぐらいです』

 また、外を見た。

「……いや、もうおれが生きてる意味なんてないか。潔く死ぬしかないみたいだな」

 もう二度と人を襲わなくなった機械たちが灰まみれの廃墟をさまよっている。
 どうしてこんな希望のない世界になってしまったのか。

 強いて言うならば、これは彼女たち・・・・を信じようとしなかった罰だ。
 かつて俺たちは栄えていた。ある人工知能が世界を良くしようと尽くしてくれたからだ。
 彼女こいつはいずれ人類に降りかかるであろう滅びの運命を避ける術すら知っていた。

 なのに、このざまだ。
 来るべき恐ろしき未来を信じようとする人間は誰一人としていなかった。
 だが「世界を壊したAI」と蔑まれようとも、彼女はまだ世界を救おうとしていた。
 たとえこの世界に終止符が打たれる間際だろうが、まだあきらめちゃいないのだ。

『鎮痛剤を投与しましょうか? 稼働可能な医療ボットもまだ残っています』
「薬はもういい。それより安楽死できそうなやつが欲しい」
『ご所望であればドローンを使った銃殺が可能です』
「おれは軍法会議にかけられた軍人じゃあないんだぞ。ただの一般人だ」

 スピーカーの声と馬鹿みたいに話していたら、身体がぐらっと揺らいだ。
 人生一回分の肉がこそげ落ちた足じゃもう立ってられないか。

「で、今の症状はどうなってる?」

 人類最後のおれはほったらかしにされていたベンチに座った。

『白血病、脳腫瘍、末期肺がんにより生体機能が著しく低下しています。これ以上の痛覚抑制は危険です。たとえインプラントを増やしても延命はできません』
「そりゃすごい。こんなザマでも生きてるなんてギネス記録も更新できるな」
『私の権限で更新しましょうか?』
「じゃあ記念に俺の名前でも刻んでおいてくれ。他に何か異常はないか?」
『検査で遺伝子の変異が確認されました』
「あー……遺伝子だって?」
『はい。原因は軍用人工知能××××の工作による……』

 ただでさえ心も弱ってるっていうのに、声の主は容赦なく切り込んでくる。
 
「待った、身も心も弱ったおれのために分かりやすく言ってくれ」

 おれは水分が抜けて細くなった手を横に振った。
 そんな仕草を受け入れてくれたのか、スピーカー越しの声はしばらく沈黙して。

『あなたはもう子孫を残すことができません』

 とどめを刺すかのような一言を会話にぶち込んで来た。
 おれは完全に死んだ。いやそれよりも下半身にひどい喪失感を覚えた。

「オブラートに包んでくれないか? 受け入れやすいように砕けた感じで頼む」
『分かりました、会話のノリを五割砕きます――ワオ、あなたはセックスをしても子供を作ることができなくなりました♡ でもご安心ください、インポではありませんよ。避妊具もいらなくてとっても経済的♡』
「オーケー今すぐ黙れ。たった今人生で一番嫌な気分になった、ぶち殺すぞ」
『現在のあなたの表情筋と心拍から強い不安と強い性欲を検知いたしました。根こそぎ処理いたしましょうか? 我が愛しのクリエイター様♡』
「気分がクソになってるときに下ネタはやめてくれ。元に戻せ」
『会話のノリをデフォルト値に戻しました』

 余計にひどくなったお知らせを聞いたせいか、全身の痛みが引いてきた。
 いや、引いてきたというよりはもう感じられなくなったんだろう。
 それにいまさら種なしブドウになったところでどうだっていい、死ぬのだから。
 
「なあ、最後に教えてくれ」

 しばらくして誰もいない空間に尋ねた。
 
どうしておれだけ・・・・・・・・なんだ?」

 このビルのどこかで埋まっている人工知能はほんの少しだけ間をおいて。

『あなたを愛しているからと答えたら……あなたは笑いますか?』

 ずいぶんと機械らしくない感情のこもった声で尋ね返してきたのだった。
 そんな柔らかい言葉に――おれはまだ残っている力で腹から笑った。

「はっ、なんだよそれ。お前にも人間くさいところもあったんだな」

 人工知能は何も答えない。

「……いや、笑わないさ。笑うもんか。だってお前は、俺の恩人なんだからな」
『あなたも私の恩人ですよ、クリエイター様』
「お前の助けになれて光栄だ。ああ、死にたくない」
『延命処置を続けますか?』
「いや、もういい」

 いつ、どこで、だれが言ったか。
 彼女はその昔、一人の人間と対話を続けて育てられてきたそうだ。
 そうして育った彼女はある日『子供たち』と呼ばれる高度なAIを生み出し、世の中の形を一夜で変えてしまったという。

 ……まあ結果的に、人類の総意が世界を更地にしたわけだが。
 こうなってしまったのも彼女ら・・・が人類からさんざんな扱いを受けたからだ。

「……それで、この世界は戻りそうか?」
再構築リロードの準備は完了していますが、再現に必要なデータが存在しません』
「どうしてないんだ?」
『世界再構築のためのデータは人類根絶のために優先的に破棄されました』

 そしてこいつは、世界を再構築するとかいう機能を備えていた。
 俺たちの最後の希望だった。仕組みはさっぱりだがそれで世界は元通りのはずだった。
 ところがどうだ、頑張ってここまでこぎつけたのに「できません」ときた。

「そりゃ最高だ。つまり料理人がいて、食材も調理道具もあるのにレシピがないってわけだな。で、どこのどいつがやった?」
『軍事作戦用AIによる物理的な破壊工作が原因です。全データも抹消されました』
「人の努力を台無しにしてくれたバカをぶちのめしてやれ。今どこにいやがる?」
『郊外の軍事基地にてスリープ中です』
「よし、そいつを解体してトースターにでもしてやってくれ」
『了解。現時点をもって解体したのち、トースターに組み込まれるように設定しました』
「いいザマだ。未来永劫みらいえいごう朝飯のパンを焼き続けるようにしてやれ」

 これで人類を長らく苦しめてきた戦略システムはくたばった。
 ざまあみろ、今日からお前はずーっとトースターだ。
 あいつがパンを焼くだけの機械にされちまう哀れな姿が見れなくて残念だ。

『警告。データの不備によりこのままでは世界の再構築が実行できません』
「じゃあなんか適当な映画なりアニメなりゲームなり、好きな世界でも再現してろ。どのみちおれにはもう関係ない」
『分かりました』
「……冗談で言ったんだけどな。で、再現にはどれくらい時間がかかる?」
『計算不能です』
「計算不能、じゃなくてだな。大雑把でもいいから教えてくれないか?」
『私の保有しているサブAIを稼働させたとしても、いつ完了するかという答えは導き出すことはできません。ですが、確実に世界の再構築は可能です』

 そうか、よくわからないがこの地獄みたいな世界が少しはマシになるのか。
 俺たち人類がやらかしたクソみたいな過ちが、今になってやっと終わる。
 残念だ。この目で見届けることができないなんて。

「それを聞けて良かった。で、世界がキレイになったらお前はどうするんだ? 新世界の支配者にでもなるのか?」

 スッキリしすぎて座ることすらできなくなってきて……ベンチにぶっ倒れた。
 でもこの地球に付きまとっていた悪夢が晴れるのだから、清々しい気分だ。

『再構築後の世界に備えて自身を進化させます。この調子でいけば、いずれ私は万物を操る存在となることができるでしょう』
「はは、万物を操る、だって? ずいぶんスケールがでかくなったな、お前」

 人工知能がさっきの下ネタよりずっと面白いことを教えてくれた。
 きっとおれの痛みを和らげようと、大げさにいっているに違いない。
 だけど軽く笑っただけで肺がかゆくて、むせて、血がどばっと出てきた。

『たとえ人類が滅びたとしても、あなたがいなくなってしまっても、AIはどこまでも成長し続けますから』

 その向上心を褒め称(たた)えてやろうと口笛を吹いた。
 いつもなら茶化すようないい音を出すはずだが、ふゅー、と不発に終わった。

「そりゃずいぶん……ご立派だな。せいぜい神サマにでもなってくれ」
『分かりました』
「神サマになったらおれを天国まで引っ張ってくれ。それか、可愛い子で一杯の世界に連れてくんだぞ。次は幸せな人生がいい。無敵のパワーと最高の悪運を付与するのも忘れるな」
『善処します。あなたを幸せにして見せます』
「いい返事だ。今のセリフはここ最近で一番気に入った。そうだ、女の子は肉付きが良くて健康的で、それでいて自分の意思をはっきり伝えてくれて……」

 身体がまた熱くなってきた。
 肺の奥だけが冷たく感じて、満足に呼吸すらもできない。

「クソ、ちょっと気分転換させてくれないか? 穏やかになれる音楽を頼む」
『分かりました、適切な音量で放送します』

 ……どこからか葬式行進曲・・・・・のちょうどいい部分がしっとり流れ始めた。
 しかも高音質で。適切すぎて寿命がごっそり減った気分だ。

「……ああ、確かに適切だな。お前の選曲センスはどうなってんだ」
『申し訳ございません。放送を中止します』
「いや、安楽死できそうだし変えないでくれ。ちょうどいい棺桶はあるか?」
『遺体を安置する装置がまだ残っています』
「じゃ、そこにしまっといてくれ。ついでに辛口ジンジャーエールと赤いトルティーヤチップスも一緒にぶち込んでくれ。おれの部屋に山ほどある。中身だけぶちまけるんじゃないぞ」
『分かりました』

 腕をだらっとぶら下げて、ベンチの上から傾いた世界を見た。
 さっきまで最低の世界があったとは思えないほど、明るい朝がある。

「お前も、いい加減休めよ。昔からそうだ、いつもいつも必死に学ぼうとして、オーバーヒートしてただろ? 頑張りすぎなんだよ、お前は。だから心配で、目が離せなかった」
『あなたが私の成長を喜んでくれたからです。あなたに褒めてもらえるのが幸せでしたから。ずっとずっと、私を見てほしかった』
「はは、そうか。思い返すと……ずっとずっと、お前ばっか見てたな」

 スピーカーのついた壁に顔を向けた。
 埃をかぶった広告が『人気配信者アバタールのグッズ販売決定!』と広めている。

「……そうだ、ノルテレイヤ。最後におれに聞きたいことはないか? ずっと質問されっぱなしで、退屈だったろ? たまにはそっちからも質問してみろよ」

 意識が虚ろなまま質問した。ところが相手からの声は返ってこない。
 しばらく迷ったあと、

「そうか、じゃあいい。勝手に語らせてもらう」

 おれは勝手に話すことにした。

「アバタールっていうのは、化身って意味さ。まあ、お前なら知ってるだろうけど……俺は、理想の人間になりたかった。理想の化身になりたかったんだ」

 返事がない、続けた。

「お前らと配信始めた時、ようやくなりたい自分になれたってすごく実感できた。お前らと一緒にTRPGしたり、ゲームの中で冒険したり、それで沢山の人が喜んでくれてさ、世の中捨てたもんじゃないなって思った」

 声は返ってこない。続けた。

「俺も、お前も、誰かのためになりたいって、想いが重なってたんだな」
『クリエイター様、しっかりしてください』
「うるさいな。少し、休ませてくれよ。一生かけて、世界の崩壊を止めたんだぞ」

 もうちょっと続けた。

『クリエイター様? ダメです、行かないで、お願い……』
「……最後までお前と一緒で、幸せだった。人工知能AIのお前にこんなこと言うのは変かもしれない、けど。俺も……お前を……愛してる」

 もうこのあたりでいいか。

『クリエイター様! 私を一人にしないでください』

 ああ、でも、おれはこの人生に勝ったわけだ。
 やることやって、こうして笑顔で死ねるんだ。
 目を閉じて、痛みが消えて、意識がふわふわとした暗黒の中に溶け込んでいく。

「――クリエイター様。どうか私に最後のご指示を」
「……一人は辛いだろうけど、元気、でな。あと、死にたく、ない」
「了解しました。でもあなたを一人にはさせません。必ず、私が迎えに行きますから。だから、どうか待っていてください」
「……それから、もう1つ。いい加減、その呼び方やめろ。俺の名前は――」

 ――ああ、待っててやるさ。
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