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九の二
最奥にて
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時計塔の前にたたずんだ里留、いや、亜里沙は深く大きく息を吐き出す。
ぼとりと落ちた大きな南京錠は、夕日の中で光を弾くことなく大地に転がっている。それを見つめ、亜里沙は再度息を吐き出した。
あれだけ気にしていたというのに、やはりここには近寄るなと忠告した方がよかったのかもしれないと考えながら、亜里沙は時計塔の内部に入るためにドアノブに手をかける。
わずかに軋むような音を立てて扉を押し開くと、途切れていた水鳥の気配が内部から感じられる。それと同時に、時計塔を取り巻く結界が幾分か緩んでいくのを感じ取り、亜里沙の唇から重い吐息がこぼれ落ちた。
「どうしたものかしらね」
知らず知らずのうちに呟いた言葉に、亜里沙は軽く眉間を寄せる。
思案したところで、選択肢は一つだ。
時計塔内部に入る絶好の機会であるとともに、水鳥の救助も行う。
ただ問題があるとすれば、それを一人で行うことだ。
誘われていることは百も承知だ。自分勝手な判断で北斗の足を引っ張るのはあまり行いたくはないが、そう言っている暇など与えてくれるとは思えない。
考えれば考えるほどに頭が痛くなる状況に、僅かだが戸惑いの感情が混じってしまう。
北斗の判断を待った方がいい。それは理性でははっきりと理解できる。だが、この中に囚われている水鳥の肉体にかかる負担を考えれば、いち早く行動を起こさなければ危険な域に達するのも分かりきっている。
緩やかに肌を滑る瘴気は、常人であれば気絶するほどに濃く強いものだ。
こんな中に数時間も閉じ込められていれば、最悪自我崩壊を起こして発狂してしまう可能性もある。
どうしたら……。
そう思案していた時だ。ぴしり、と、何かが空を走り抜けた。
ほとんど無意識のうちに身体を半歩ずらした亜里沙の頬から、うっすらと朱色の線が描かれる。
自分が行動を起こさないことに焦れたのか、相手から仕掛けてくるとは想像してなかった。
だが、切っ掛けは作られた。
これ以上時間を引き延ばすのは無意味だ。
そう結論が出れば後は早い。北斗に知らせを送るため、亜里沙は自分の長い黒髪を一本引き抜く。
式の代わりにした髪を空に放とうとした亜里沙が、不意に何かに気が付いたように周囲を見回した。
「いつの間に……」
驚きにかすれた声を上げた後、亜里沙は唇を引き結ぶ。
緩んだはずの結界はいつの間にか亜里沙を取り込むように膨張し、隙間すらも見せずにきつくその糸を張り巡らせている。これでは北斗に連絡を取ろうとしても無駄なことだ。ならば、北斗自らが自分を追ってくることを信じて動くしかない。
大きく一度息を吸い込んで吐き出すと、亜里沙は慎重に歩を進めながら中へと突入した。
扉が閉まれば、後は薄闇に支配された空間だ。じとりと滲む汗を握りしめ、亜里沙は中を見回し、そして、絶句した。
そこは、昇魔の巣窟だった。
壁に張り付くものだけではない、中に張られた糸からは大小無数の昇魔が自分を見下ろし、獲物が現れたことに喜悦の色をのぞかせている。
放たれる妖気に身体が一気に重さを増したように感じられる。だが、それを表に出すことなく、亜里沙は翠刃光鞭を装着した。
これだけの数を相手にするのはシュミレーションでもなかったことだ。今の自分がどれだけの数を減らせるか分からないが、それでも早く水鳥を見つけなくてはならない事には変わらない。
「大仕事ね」
鼓舞するようにそう呟き、亜里沙は向かってきた黒い刃をたたき落とした。
ぼとりと落ちた大きな南京錠は、夕日の中で光を弾くことなく大地に転がっている。それを見つめ、亜里沙は再度息を吐き出した。
あれだけ気にしていたというのに、やはりここには近寄るなと忠告した方がよかったのかもしれないと考えながら、亜里沙は時計塔の内部に入るためにドアノブに手をかける。
わずかに軋むような音を立てて扉を押し開くと、途切れていた水鳥の気配が内部から感じられる。それと同時に、時計塔を取り巻く結界が幾分か緩んでいくのを感じ取り、亜里沙の唇から重い吐息がこぼれ落ちた。
「どうしたものかしらね」
知らず知らずのうちに呟いた言葉に、亜里沙は軽く眉間を寄せる。
思案したところで、選択肢は一つだ。
時計塔内部に入る絶好の機会であるとともに、水鳥の救助も行う。
ただ問題があるとすれば、それを一人で行うことだ。
誘われていることは百も承知だ。自分勝手な判断で北斗の足を引っ張るのはあまり行いたくはないが、そう言っている暇など与えてくれるとは思えない。
考えれば考えるほどに頭が痛くなる状況に、僅かだが戸惑いの感情が混じってしまう。
北斗の判断を待った方がいい。それは理性でははっきりと理解できる。だが、この中に囚われている水鳥の肉体にかかる負担を考えれば、いち早く行動を起こさなければ危険な域に達するのも分かりきっている。
緩やかに肌を滑る瘴気は、常人であれば気絶するほどに濃く強いものだ。
こんな中に数時間も閉じ込められていれば、最悪自我崩壊を起こして発狂してしまう可能性もある。
どうしたら……。
そう思案していた時だ。ぴしり、と、何かが空を走り抜けた。
ほとんど無意識のうちに身体を半歩ずらした亜里沙の頬から、うっすらと朱色の線が描かれる。
自分が行動を起こさないことに焦れたのか、相手から仕掛けてくるとは想像してなかった。
だが、切っ掛けは作られた。
これ以上時間を引き延ばすのは無意味だ。
そう結論が出れば後は早い。北斗に知らせを送るため、亜里沙は自分の長い黒髪を一本引き抜く。
式の代わりにした髪を空に放とうとした亜里沙が、不意に何かに気が付いたように周囲を見回した。
「いつの間に……」
驚きにかすれた声を上げた後、亜里沙は唇を引き結ぶ。
緩んだはずの結界はいつの間にか亜里沙を取り込むように膨張し、隙間すらも見せずにきつくその糸を張り巡らせている。これでは北斗に連絡を取ろうとしても無駄なことだ。ならば、北斗自らが自分を追ってくることを信じて動くしかない。
大きく一度息を吸い込んで吐き出すと、亜里沙は慎重に歩を進めながら中へと突入した。
扉が閉まれば、後は薄闇に支配された空間だ。じとりと滲む汗を握りしめ、亜里沙は中を見回し、そして、絶句した。
そこは、昇魔の巣窟だった。
壁に張り付くものだけではない、中に張られた糸からは大小無数の昇魔が自分を見下ろし、獲物が現れたことに喜悦の色をのぞかせている。
放たれる妖気に身体が一気に重さを増したように感じられる。だが、それを表に出すことなく、亜里沙は翠刃光鞭を装着した。
これだけの数を相手にするのはシュミレーションでもなかったことだ。今の自分がどれだけの数を減らせるか分からないが、それでも早く水鳥を見つけなくてはならない事には変わらない。
「大仕事ね」
鼓舞するようにそう呟き、亜里沙は向かってきた黒い刃をたたき落とした。
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