101 / 121
本編
ギルバート・デラクール
しおりを挟むあれから一月程経った。
経ってしまった。
クロはやっぱり影からは出られず、影伝いに術者を追っているようだ。一月もかかるなんて、相当遠くにいるのかとも思ったけど、水鏡通信でフィーからファイスに訊いてもらったところ、距離の問題だけではないらしい。術者は追跡者が自分に辿り着けないように、様々な罠を仕掛けているのだとか。
罠だなんて聞くと、ますますクロが心配になってくる。
マックスとも、ずっと会えていない。不謹慎だよね。分かってる。分かってるけどさ…………
「寂しいよおおおお」
放課後になり、アルに先に帰って欲しいと伝えてから、私はよくマックスとお昼ご飯を食べたりしていた訓練場の裏手に来ていた。
切株の椅子に座って、思わず「寂しい」と口をついて出てしまう。
だって寂しいものは寂しいんだもの!!夏期休暇中なんて、毎晩音声通信でおやすみ言い合ってたのに、今はそれも無いんだよ!!
クロも居ない。
マックスにも会えない、話せない。
私に出来る事って待つだけなの?
待つ以外になんか出来ないの?
ニールたんに聞いても呪いの事以外は教えてくれないし。
術者って誰?目的は何なの?
ファイスに訊いても、クロを待てってそればっかりだし。
「何にも分かんないのって、余計に不安で辛いんですけど。……マックス……マックスに逢いたい。前みたいにぎゅうぎゅうして欲しい…………」
ここに来れば、マックスが来てくれるんじゃないかって期待して。
でも、マックスは来なくて。授業が終わった後、すぐに隣のクラスに何度も突撃したけど、既に居ないし。朝は待ち伏せしてもギリギリで来ているみたいで顔も見れないし。
そこまで徹底して避けなくてもいいんじゃない?!誘惑の呪いに負けないようにとか、己を戒めたいとか、いかにもマックスらしいよ?!マックスらしいけども!!
「マックスの馬鹿!真面目馬鹿!!騎士道馬鹿!!!」
「……聖女様?」
?!
やばっ誰かに聞かれた?!
というか、もしやマックス?!
思わず期待して振り向くと、そこに居たのは全然マックスじゃなかった。そうだよね。マックスは私の事を聖女なんて呼ばないもの。
「……泣いているのですか?」
「え?!あ、いえ、これはその……」
私は気まずさからつい俯いて、滲んだ涙を拭おうとしたら、目の前にスッと白い指が迫ってきた。
驚いてビクリと肩を揺らすと、迫ってきていた指がピタリと静止した。
「申し訳ありません。涙を拭おうとしたのですが、驚かせてしまいましたね」
「あっ……いえ、謝らないで下さい」
「……拭っても宜しいですか?」
「え?」
「失礼致します」
そう言ってその人は、私の涙を優しく指で拭ってくれた。
よく見てみると、その人はとても端整な顔立ちをしていた。瞳はルビーのように赤く、長い髪は雪のように白くて。まるで……
「アルビノみたい」
「あるびの……?それは何ですか?」
はっ!しまった!!
つい口に出していた!!
「い、いえ、あの…………っ?」
「嗚呼……!聖女様の涙は、とても美味しゅうございます」
?!!
ちょ、待っ…………
え?何これ。え?どゆこと??
まさか魅了の魔法のせい?
微々たる効果だって聞いてたけど、この人目が、目がさ、恍惚としてるんですけど。
めちゃくちゃチョロい人??
いやいや、それよりやばくない?
なんかこの人、目がやばくない?
目元赤いし。
顔近くない?え、近い近い。近いよ。ま……
―――まずい。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
私は近付いてくる彼の前に両手を突き出そうとするが、震えてしまって力が入らない。
……自分の身もろくに守れないなんて。
私はどれだけ役立たずなの?
「は、離れて……近いです!離れて下さ…」
「怖がらないで下さい、聖女アリス様。私は今この時より貴女の従順な下僕。そして聖教会が貴女と結ばれても良いと認める、唯一の男」
「聖……教会……?わ、私の婚約者はマクシミリアン・ラジアーネで……!」
「自己紹介がまだでしたね。私はギルバート・デラクール。デラクール伯爵家の嫡男で、聖教会の猊下は私の叔父なのです。昔から私の事を気に入って下さっている」
「……っ?!」
私の両手を、その細くしなやかな手で容易く拘束し、ギルバートと名乗る彼は恍惚とした顔で、嬉しそうに私との距離を縮めてくる。
私は何か魔法を使わなくちゃと思って防御魔法を口にした。
「わ、我を守れ!!物理障壁!!」
―――パキンッ!!
「な?!」
「酷いですね。何故、私に対して防御魔法を?……残念ですが、私に魔法は効きません。私がただ甥というだけで猊下に気に入られているとでも?私はユニークスキル持ちなのです」
「ユニーク……スキル?」
転生小説あるあるの?
「魔法効果無効。私の赤い瞳は、全ての魔法効果を無効にする。だから……」
「ひ、あ……?!」
「私の前では、貴女はただのか弱い令嬢なのです。聖女である尊い貴女が、私の前ではただの可愛らしい愛すべきたった一人の女性」
首筋をぺロリと舐められて、背筋に悪寒が走った。
ギルバートは私の両手首を片手で拘束し直し、空いた方の手で私の制服のボタンを外し始めた。
私の顔色は一気に青褪めて、恐怖で心がいっぱいになる。
あれ?前にも確か―――
「貴女が傷モノになってしまえば、貴族の男なんてそれだけで貴女を捨てるでしょう。傷モノの令嬢なんて誰も欲しがらない。……私だけが、貴女を愛する男になる」
耳元で囁かれた言葉は、まるで悪魔のように黒く冷たく、私の心をヒヤリと抉る。
ここでこの男に犯されてしまったら、マックスは私を捨てるの?
「……止めて……」
「その潤んだ瞳、堪らなくそそります。大丈夫、何も怖くなんか―――」
「アリス!!!」
「?!」
次の瞬間、私の視界からギルバートが消えた。思い切り殴られて吹っ飛んでいったからだ。
魔法効果は無効化出来ても、物理攻撃は普通に有効だったらしい。
ギルバートを殴った彼は、追撃をしようと身体強化で地面を蹴り、吹っ飛んでいったギルバートの元へ大きく跳躍した。着地と同時に、起き上がりかけたギルバートの頭を片手で押さえつけ、躊躇うこと無く鳩尾に鋭い一撃を叩き込む。
「ガハッ!!!」
ギルバートが苦痛に顔を歪め、身を捩って抵抗しようとするが、反撃する隙など微塵にも与えられず、数回殴られてから、ギルバートは意識を失った。
かなり悲惨な事になっているかと思ったが、ギルバートは初撃以外、身体強化した身体で受けていたようで、頬の怪我以外は然程酷い怪我ではなさそうだった。
そうして、へたり込んで放心している私を、彼―――マックスが抱き締めた。
* * *
0
お気に入りに追加
2,888
あなたにおすすめの小説
[R18]引きこもりの男爵令嬢〜美貌公爵様の溺愛っぷりについていけません〜
くみ
恋愛
R18作品です。
18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。
男爵家の令嬢エリーナ・ネーディブは身体が弱くほとんどを屋敷の中で過ごす引きこもり令嬢だ。
そのせいか極度の人見知り。
ある時父からいきなりカール・フォード公爵が婚姻をご所望だと聞かされる。
あっという間に婚約話が進み、フォード家へ嫁ぐことに。
内気で初心な令嬢は、美貌の公爵に甘く激しく愛されてー?
妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった
秋月乃衣
恋愛
「お姉様、貴女の事がずっと嫌いでした」
満月の夜。王宮の庭園で、妹に呪いをかけられた公爵令嬢リディアは、ウサギの姿に変えられてしまった。
声を発する事すら出来ず、途方に暮れながら王宮の庭園を彷徨っているリディアを拾ったのは……王太子、シオンだった。
※サクッと読んでいただけるように短め。
そのうち後日談など書きたいです。
他サイト様でも公開しております。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
リクスハーゲン王国の第三王女ルイーセは過保護な姉二人に囲まれて育った所謂''箱入り王女''であった。彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、獅子のように逞しく威風堂々とした風貌の彼とどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日ルイーセはいつものように森に散歩に行くと、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。何故だかルイーセはその光景が忘れられず、それは彼女にとって性の目覚めのきっかけとなるのだった。さあ、官能的で楽しい夫婦生活の始まり始まり。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が受け入れて溺愛らぶえっちに至るというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
+R18シーン有り→章名♡マーク
+関連作
「親友の断罪回避に奔走したら断罪されました~悪女の友人は旦那様の溺愛ルートに入ったようで~」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる