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本編
それは遠い日の話④*クロside*(改稿6/21)
しおりを挟む院長は治癒院へと帰されたが、アデルは王族専属の治癒師になって欲しいと望まれて、それを承諾した。そして、何故だか僕も王城に居て欲しいと国王から嘆願された。
僕はアデルが居るからここに居る訳で、この国の王族の為に居る訳ではない。
けれども、王城に留まった僕に、奴等はえらく喜んで『我が国は精霊の加護を受けた』なんて国民に広めてお祭り騒ぎ。
毎日のように贈り物が届き、僕に一目でいいから会いたいという貴族が後を絶たなくなり、この国の王女さえも、何故だか毎日必ず頬を染めて、僕に会いに来るようになった。正直言って、鬱陶しくて堪らない。だけど、アデルから王族を無下にしてはいけないと言われた。
(――どうして?僕にはよく分からない)
……そんなある日、僕は王女からお茶会に誘われた。
『ヨルク様、わたくしのお茶会に是非とも参加して下さいな』
『……なんで僕が王女のお茶会に参加しなくちゃいけないの?お茶ならアデルと飲むし、わざわざ君のお茶会に参加する必要はないと思う』
後でアデルに怒られるかな?でも、無下にするなって言われたけど、本当に必要性を全く感じなかったし。
僕がそう言ってお茶会の誘いを断ると、王女は少し口元をヒクつかせながら、笑顔で僕にこう言った。
『彼女が大事ならば、尚更わたくしのお茶会に参加した方が良いですわよ?』
『……どういう事?』
『高貴な精霊であるヨルク様が、たった一人の治癒師を贔屓している等と知られれば、彼女は王族専属治癒師としての居場所や立場を失ってしまうやもしれませんわ。……ヨルク様がわたくしのお茶会へ来て下さるならば、わたくしが彼女を庇護して差し上げます。王城で彼女が不愉快な思いをせず、心安らかに治癒師の仕事へ専念出来るよう、彼女の身体だけでなく、精神面もヨルク様が護ってあげてはいかがでしょう?』
王女の提案に、僕は心の底から驚いた。
僕は既にアデルを護っているつもりだった。
僕の行動でアデルが居場所を追われてしまうかもしれないなんて、今まで考えた事も無かった。
人間達は僕が思っていたよりも色々と面倒らしい。田舎の治癒院では、何も気にせずいられたのに。
『……人間達の事は、僕にはよく分からない。そんなに面倒なら、僕とアデルは元の治癒院へ帰るよ』
『それは無理ですわ、ヨルク様』
『……無理?』
『彼女は国王陛下であるお父様から王族の専属治癒師にと望まれて、それを承諾致しました。今更それを覆す事は不可能です。もしも勝手に帰ったならば、彼女は王族への反逆者として罰せられますわ。……彼女が自分で選んだ事です。王族の専属治癒師になれる事は大変名誉な事ですもの』
確かに、アデルは国王から専属治癒師になって欲しいと言われた時、僕は断るのかと思っていたのに、断らなかった。後から二人の時に訊いてみても、『王様に言われたからね』としか言わなかった。
僕にはよく分からなかったけれど、アデルが選んだ道ならば、僕はその道を護ってあげたい。
僕がほんの少し我慢して、王女のお茶会に付き合えば、居場所や立場を失わず、アデルは安心して仕事が出来る。
僕は、居場所を追われる辛さだけは、とてもよく知っている。アデルにあんな辛い想いはさせたくない。
『……分かった。アデルの居場所を護る事が出来るなら、君のお茶会に付き合ってあげるよ、王女様』
『光栄ですわ、ヨルク様!』
……………………
…………
『……なんだか、ヨルクが遠い人になっちゃったみたい』
『アデル?』
僕達には当然のように別々の個室を与えられていたが、僕は毎晩アデルの部屋へ行き、獣の姿で一緒に寝ていた。けれど、ここ最近、アデルがとても寂しそうな顔をするようになった。
『王女様もすっかりヨルクに夢中だし。それだけ格好良ければ当然だけど』
『……僕はアデルが居るからここに居るだけだよ。王族も貴族も、毎日の贈り物にも興味なんてない』
『……っ』
『アデル?顔が赤い。熱でもあるの?』
『ね、熱なんて無いよ。大丈夫』
『……今夜はこのまま一緒に寝てもいい?』
『え?』
『なんだか、寂しそうだから。この姿なら、アデルを抱き締めて眠れるでしょ?』
『よ、ヨルク?!それは、その、あの……』
『ほら、一緒に寝よう?』
『……う、ん』
僕とアデルは大きなベッドで横になり、僕はアデルを抱き締めた。
人間の姿なら、アデルの方が僕より小さい。僕の腕の中にすっぽりと収まってしまうのが、何故だかとても嬉しい。
『アデルはいつも良い匂い。柔らかいし。……今夜はいつもより顔が赤いけど、本当に熱ではないの?』
『い、良い匂いなのはヨルクの方でしょ。こ、こっち見ないで。顔が赤いのは気にしないで!』
『……気になるよ。アデルの事なら何でも気になる。なんだろう?今夜のアデルはいつもより可愛い。顔、隠さないで。よく見たい』
『だ、駄目!って……うひゃ?!やっ……どうして、舐め……』
『アデル??いつも寝る前や朝は、舐めると笑ってくれたのに……』
『そ、それは狼の姿だったから……っ?!や、だめ……』
『…………アデル、今夜はどうしてそんなに可愛いの?そんなに可愛いと、もっとしたくなる。……今の声も、凄く可愛くて……もっと聞きたい』
『ままま待ってヨルク!変なスイッチ入ってる!!駄目駄目!駄目だから!!離れ……ひゃん!』
『アデル……』
この日から、僕は毎晩人間の姿でアデルと眠るようになった。
アデルは日を重ねる毎に、何故だかどんどん可愛くなっていき、僕は堪らなくなった。
この感情は何だろう?
大好きなアデルを、食べてしまいたくなるような、この衝動。
アデルの表情とか、声とか、柔らかい身体。何より、アデルが僕を見る時の、熱を帯びたような、あの瞳。堪らなくゾクゾクする。
……………………
…………
『……ヨルク。私ね、ヨルクが好きよ。世界で一番好き』
『僕もアデルが一番好き。ね、アデル。僕、最近変なんだ。こんなに傍に居るのに、アデルが欲しくて欲しくて堪らない。アデル、僕はおかしいの?……好きなんて言葉じゃ、もう足りない』
『ヨル…………んんっ……!』
王城で過ごすようになって半年経ったある日、僕は初めてアデルとキスをした。
そして分かった。
もう『好き』や『大好き』って言葉だけじゃ足りない理由が。
僕はきっと、あの涙を見た時から、アデルを『特別な女の子』として見ていたんだ。
僕は精霊だけど、獣が混じった確かな『雄』で―――
『ねぇ、アデル。君を僕だけのお姫様にしたい。……僕の番になって』
* * *
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