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本編
聖女
しおりを挟む私が奇跡の雫を唱えたら、会場中が眩い光に包まれた。全ての人々を飲み込んで、私はごっそりと持っていかれる魔力にくらくらしながらも、魔法に集中した。
この世界では、異世界小説あるあるで、魔法が発展した為に医療はあまり発展していない。つまり、前世では薬や手術で治るような病気でも、この世界では死んでしまう事がほとんどなのだ。
回復させる為の光魔法では、怪我は治せても病気は治らない。
しかし、私に魔法を教えてくれたニールたんはこう言った。
『光魔法で治る病気もある』と。エルオット殿下の病気は、恐らく気管支喘息。何らかのアレルギー物質による刺激で炎症を起こし、気管支が狭くなる病気。
手術が必要な病気や、高齢によるものは、恐らく治せない。けれど、それ以外の病気ならば状態異常と判断して治す事が可能な病気もあると、ニールたんは言った。
万能じゃない。
だからこその、最高位魔法。
大丈夫。きっと大丈夫。
私の隣には、ずっとマックスがついている。車椅子に座っていたエルオット殿下の表情が、みるみる変わっていっている事に気付きもせず、私は一心不乱に魔力を流し続けた。
* * *
気付くと、私はマックスにお姫様抱っこされていた。ほんの少しの間だが、気を失っていたらしい。
マックスが心配そうに私を見つめている。
「マックス……?」
「アリス、身体は大丈夫?」
「どう、なったの?」
「無事に成功しましたよ。それどころか、エルオット殿下だけじゃなく、会場にいた父兄達の悪い所も治ってしまったらしいです」
「えっ」
「勿論、全てではありませんが。それでも効果を感じた方々が、一斉にアリスを擁護し始め、今ではアリスを聖女様だと言い始めてます」
「聖女って…………」
明らかにやり過ぎたっぽくない?
しかも、なんで会場にいた父兄達まで??
ねぇ、ニールたん。これは一種の賭けだって、事前の打ち合わせで言ってたよね?だからこその最高位魔法なんだって…………
私が周囲を見回してニールたんの姿を見付けると、ニールたんは私の視線に気付いてにっこりと破顔した。
「アリスお嬢様、気がつきましたか?流石は私の一番の可愛い教え子です。期待通りの成果に、私はとっても嬉しいですよ」
期待通り??
さては謀ったな、この野郎。
聖女なんて肩書き、空気のように過ごしたかった私には心底いらない称号なのに!!
会場中央には、膝をついて呆然としているマリアーノ様が居た。
父兄席で見ていたマリアーノ様の父親と思われる人も、何故だかフィーの傍に降りてきていた。
あんまりにも冷たい瞳をマリアーノ様に向けるから、とても実の父親には見えなかった。
「もう1つの未来視は当たらなかったな。リトフォード侯爵令嬢が魅了の魔法を使って殿下達を惑わせている等と言うから私兵を貸してやったが……とんだ茶番だった訳だ」
「………………」
「パルティンヌ公。彼女はこちらで引き取らせていただきます。貴方にも、後程お話を聞かせていただきますが、宜しいですね?」
「応じましょう。フィリップ殿下、今回の事は大変申し訳なかった。まさか我が家からこのような者が出るとは……」
「お父様?」
マリアーノ様が、呆然としたままパルティンヌ公を呼んだ。その呼び掛けに、最初は嫌悪感を示していたパルティンヌ公だったが、マリアーノ様の様子に目を見開いた。
マリアーノ様の様子がおかしい。
「お父様?……ここは何処なんですの?私、確かピアノのお稽古をしようと…………」
「……マリアーノ?」
「階段から下りている途中で、足を滑らせて………………頭が痛い。お父様、私はどうなったのですか?ここは何処?」
「マリアーノ!!」
それまで、まるで汚ないものでも見るような冷たい目をしていたパルティンヌ公が、突然マリアーノ様を抱き締めた。
そこにはただただ娘を想う、父親の姿があった。
さっきまでと180度違うパルティンヌ公の態度に、その場に居た私達はただただポカンと二人を見つめるばかりだった。
これは一体どういう事……??
* * *
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