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本編
断罪の始まり②
しおりを挟む学園祭が始まり、会場入りしてすぐに、私は悪役令嬢であるマリアーノ様に魅了の魔法を使用していると言われて捕えられようとしていた。
けれど、私が捕まる前に待ったの声がかかった。
第一王子であるフィーことフィリップ殿下が悪役令嬢マリアーノ様に制止の声をかけたのだ。
「待て!リトフォード侯爵令嬢は魅了の魔法など使用してはいない!!」
「フィー?!何故止めるの?!さっき指輪をつけてあげたのに!!外してしまったの?!」
マリアーノ様が焦ったような声を出すが、近付いてきたフィーとレジーは冷静そのものだ。歩きながら周囲に向かって、自分達の手を掲げている。
「皆、よく見て欲しい。私とレジーの指には、パルティンヌ公爵令嬢自らが嵌めてくれた指輪がある。状態異常無効の魔法効果が付与された指輪だ!」
その言葉を聞いて、会場中の視線がフィーとレジーに集まる。次いでレジーも口火を切った。
「俺にも同じものが嵌められている。効果は同じく状態異常無効だ。アリス嬢の魅了の魔法を解除すべく、これらを用意したのだろうが、俺達はこれをつける前も後も、何も変わっていない」
シュルリとニールたんが右手の革手袋を外し、周囲に己の右手に刻まれた魔法陣を見せる。
「私も仕事柄、状態異常無効の魔法陣をこの手に直接刻んでおります。故に、私が魅了の魔法にかかる事は一生ないでしょう」
ニールたんの時が一番ざわついた。驚いたのは、生徒達よりも貴族の父兄達の反応だ。この右手の魔法陣で、コドウェル先生と呼ばれる男が、あの【氷雪の魔法師】ニール・コドウェルだと分かったのだろう。
父兄達はみるみる青褪めていき、言葉を失っていた。
騎士団長だったブルストロード卿が不正を働き、彼に氷漬けにされて失脚した事は記憶に新しい。誰がやったと公には知らされていないが、貴族達の間では彼がやったという噂が既に広まっていたからだ。
マリアーノ様がニールたんの右手の甲を見て、その瞳を驚愕の色に染めた。ニールたんが少し口角を上げて、またシュルリと革手袋を嵌め直す。
「実に心外です。この私が魅了の魔法なんかに惑わされると思っていたなんて。サキュバスの討伐依頼が来た場合、どうするおつもりなんですか?」
「ど、どうするって……自分のターンがきたら自分に状態異常無効の魔法をかける、とか……?」
流石ファンタジーな世界。
サキュバスなんかも居るんだね。
というか、マリアーノ様。自分のターンて、完全にゲームじゃん。
ニールたんが首傾げてるよ。
「……自分のターン??何を仰っているのか分かりませんが、戦うならば最初から状態異常無効の状態でないと無理ですよ。……ああ、そうだ。念の為に言っておきますが、私の真似をして直接手に魔法陣を刻むのは止めてくださいね」
え。
めちゃくちゃ便利そうなのに駄目なの?
なんで?
「常に魔法陣を展開しておくだけの魔力と、刻む時に尋常ではない激痛を伴いますからね。刻み終える前に死んでしまう人の方が多いのでお勧めしません」
…………もう何も言うまい。
ニールたん、めっちゃドヤ顔してるけど、違うからね?皆が向けてる視線は尊敬とかじゃないからね?ドン引きしてるだけだから!!
「さて。これはおかしな事になりましたね?私もフィリップ殿下達も、魅了の魔法にはかかっていないようだ。貴女がアリスお嬢様に仰っていた事は、完全なる言い掛かりという事ですよね?」
「ひっ……!」
ニールたんが恐すぎて一歩後退するマリアーノ様。
台詞をニールたんに取られたフィーが、コホンと一度咳払いをしてから、更に一歩前へと進み出て、「そうだ」と言った。
「マリアーノ嬢。私達は魅了の魔法になど、かかっていない。よってリトフォード侯爵令嬢も、魅了の魔法は使用していない。分かってもらえただろうか?」
「そんな!!そんなの嘘よ!!私は絶対に認めないわ!!アル……アルとエルはどこ?!きっとフィーとレジーは学年が違ったから魅了の魔法の効果が弱まっていただけよ!!あの女との距離が近かったアルとエル、それにマックスは絶対に魅了の魔法に掛かっている筈よ!!」
決して己の非を認めないマリアーノ様の言い分に、いつも公の場では穏和な表情をしているフィーが、冷たい顔でマリアーノ様を見た。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
あんなに冷たく恐い表情をしたフィーを、私は初めて目にしたかもしれない。マリアーノ様もショックを受けている。
「なんで……?その顔は、ゲームで悪役令嬢を断罪する時の顔じゃない。止めてよ……そんな顔で、私の事を見ないでよ」
「何を言っているのか理解出来ないが、確かに貴女は悪役令嬢かもしれないね。私の大切な友人であるアリスを……リトフォード侯爵令嬢を貶めたのだから」
「ちが……違うわ!私は、魅了の魔法で惑わされてるフィー達を助けようと」
「余計なお世話だ。私達は好きで彼女と共に居るのだ。彼女の一番の魅力は性格なのだが、それらを言葉にして教える事は難しいだろう。だから今日は分かりやすく、他の魅力の一端をここに居る者達全員に見せよう」
「なんですって……?」
フィーがそう言うと、会場の入口からアルとエルオット殿下が入ってきた。エルオット殿下は車椅子に乗っていて、誰が見ても分かるくらい体調が悪そうだ。
事前に聞いていたとはいえ、病人を連れてくるのはいかがなものなのか。
アルが車椅子を押して、二人はそのまま会場中央へと進み出て来た。
「今まで病弱だと言われていたが、エルオットは病弱ではなく気管支の病気なのだ。成長と共に発作も落ち着き、最近では滅多に発作も起きなかったのだが……」
フィーが説明をしている間に、アルがレジーと立ち位置を交換する。そしてアルはニールたんの傍まで行き、小声で話し掛けた。
「ニール先生。本当に成功するのですか?」
「勿論」
「……怪我ではなく、病気なのに?」
「ええ。エルオット殿下の病ならば問題ありません」
「というか、エルオット殿下を見世物のようにしてしまっていいのですか?」
「本人が良いと言っているのだから問題ないでしょう。大方、自分の軽率な行動によってラジアーネ親子を危険に晒したと、責任を感じておられるのでしょうが……」
「……分かっているのに、先生は止めないんですね」
「ふふ、むしろ私はエルオット殿下に好感を覚えましたよ。例えみっともなくとも、前へと足掻く子は好きです」
「今現在のマリアーノ様も、足掻いてると言えなくもないですけど」
「彼女は足掻いてなどいません」
「え?」
アルが訝しげに、ニールたんをチラリと横目で見遣ると、ニールたんは薄っすらと口元に笑みを浮かべて冷笑した。
「アリスお嬢様に手を出した時点で、彼女は既に詰んでいたのですから」
マリアーノ様は、既に詰んでいた。
だから足掻く事すら出来ない。
私はエルオット殿下へ歩み寄り、光の最高位魔法を発動させた。
「奇跡の雫」
* * *
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