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本編
悪役令嬢の未来視*ルハルトside*
しおりを挟む「お帰りなさい、公爵様」
深夜。私が王城から帰宅すると、学園の寮に居る筈のマリアーノが居た。姿形はマリアーノそのものなのに、中身だけ違うとは実に気味が悪い。
私はマリアーノの偽者をチラリと見た後、すぐに視線を逸らして上着を脱いだ。
直に執事が酒を持ってくるだろう。それまで残っていた仕事の書類に目を通そうと、執務机に向かう。するとマリアーノの偽者が、私に向かって縋るような声を出した。
「ねぇ、公爵様!私の言った事は本当だったでしょう?!」
「……確かに本当だったな。お前が教えてくれた通り、エルオット殿下が発作を起こしていた」
「でしょう?!私の未来視は本物なのです!私は色々とお役に立ちますよ?だから、これからもご助力お願いします!!」
「…………」
事の発端は、私がラジアーネ伯爵家の次男、マクシミリアンとの婚約が上手くいきそうだと連絡した時だ。
その時、私はハッキリとコレに言った。
『私はもうお前の為には動かない。必要なもの、例えばドレスや宝石類も今後は婚約するラジアーネ伯爵家に出してもらえ。お前は卒業するまで寮で過ごし、卒業と同時に嫁げ。そしてこれ以上恥を曝してパルティンヌ公爵家の名に傷をつけぬよう努めろ』
水鏡通信で手紙ではなく音声でそう伝えたら、コレは焦ったように理由を教えて欲しいと言ってきた。
理由だと?
そんなもの、ひとつしかなかろう。
『お前が私の娘ではないからだ』
するとコレは言った。
『私には、先の事が分かる未来視がある』と。
嘘だな。
私はすぐにそう思った。
そんな便利な能力を持っているならば、とっくに王子の婚約者に納まっている筈だ。学園の成績だってもう少しマシだろう。
何故そんな見え透いた嘘をつくのだ?公爵たる私を舐めているのか?
そこで私は提案した。
『ならば試しに、その未来視とやらで視た事を1つ言ってみろ。当たっていたら少しは今後の助力も考えてやる』
『お父様!』
『……私を父と呼ぶな。そして勘違いするな。あくまで当たっていたらの話だ。外れていたら二度とこの家の敷居を跨ぐ事は許さん』
『そんな……!』
『どうした?やはり未来視とは嘘か?』
『……共通イベントなら確実に起こる筈。だから……』
『何をブツブツ言っている?』
『お父様。明日の夜、王城のフィリップ殿下の私室に行ってみて下さい』
『……何?』
『そこでエルオット殿下が発作を起こして倒れている筈です』
『何故フィリップ殿下の部屋にエルオット殿下が?』
『医師から逃げる為です。エルオット殿下が度々定期検診から逃げているのはお父様もご存じでしょう?』
『……エルオット殿下が医師から逃げている事は、上の者達の間では有名な話だからな。しかし、何故それをお前が知っている。それも未来視とやらで視たのか?』
『はい。本当なら、発作を起こして倒れているエルオット殿下を発見するのは別の人物なのですが……』
『……成程。王子を助けたとなれば、王家に貸しを作れるな。エルオット殿下は一人で倒れているのか?』
『その筈です』
『分かった。今夜王城のフィリップ殿下の部屋に行ってみよう』
『……あの、お父様。そんな簡単に王族の部屋へ行けるものなんですの?』
『行ける筈なかろう。だが、私の力を持ってすれば何とかなる。……それと、やはりお前は物覚えが悪いな。今ので三度目だ。次に私を父と呼んだなら、その口を縫い付けてやる』
『ひっ!……も、申し訳ありません、公爵様!!』
…………………………
…………
こうして今に至る訳だが。
確かにエルオット殿下は発作を起こしていた。けれど、一人ではなかった。
近衛の副団長であるネルファスと、何故かその息子が傍に居た。……明日話を聞く為に面会する予定だが、どうにも嫌な予感がする。
事実はどうであれ、此方にとって都合が悪ければ切り捨ててしまいたいが、ネルファスが相手だと……
いや、たかが近衛の副団長。爵位も伯爵だ。これまで通りでいこう。
「……訊きたい事がある。私が行かなかった場合、エルオット殿下を見つけて助けていたのはネルファスか?」
「ネルファス??誰でしょう?」
―――なんだと?
「まさか、近衛の副団長を知らんのか?」
「ああ!近衛の!最初からそう言って下さい、公爵様!」
「……お前はマクシミリアンと婚約したいのではなかったのか?いや、それ以前に貴族名鑑を暗記していないのか?」
「確かマックスの父親でしたっけ?肩書きは覚えてますけど、モブの名前までいちいち覚えていませんわ」
「モブ……?いや、そんな事より……まさかここまでだとは思わなかった」
「公爵様?どうかなさいまして?」
「……貴様はさっさと学園へ戻れ!不愉快だ!!」
「な?!公爵様、それでは話が違っ……」
「ならばもう1つ、何か役に立つ未来視を手紙で書いて送って来い!!それが出来れば前に言ったことを約束してやるっ!!今はとにかく、私の視界から消えろっ!!」
「し、失礼致しますっ!!」
―――バタンッ!!
アレを部屋から追い出し、私は勢いよく扉を閉めた。
『アレ』は何なのだ?
本当に完全な別人ではないか。
少しは利用出来そうだと思っていたが、これでは…………
「何か手を打たねば」
私が考え込んでいる間に、執事が酒を持って来た。私はその酒を煽った後で、執務室に飾ってある絵をじっと見つめた。
その絵はずっと昔に絵師に描かせた、幼いマリアーノと私の姿絵。あの日、階段から落ちるより以前のマリアーノだ。
私の可愛い娘。
私は執事に命令した。
「階段から落ちた後に描かせたマリアーノの姿絵を、全て焼却処分しろ」
「……宜しいのですか?」
長年我が公爵家に仕えてきた執事が、驚いた表情で私に問うた。
「ああ、全て今日中に処分しろ。……アレは私の娘などではない」
私がそう言うと、執事は更に目を見開いたが、どこか納得したように一度頷き、「承知致しました」と言った。
* * *
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