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本編
ご褒美を下さい
しおりを挟むそういえば、女子寮へ男の人が見舞いにくるのって大丈夫なの?ニールたんは一応先生だからいいのかな?
……まぁ今は、騎士団長の件が先だ。
私は上体を起こした状態でベッドに居る訳だが、とりあえず理由だけは訊いておくかと、ベッドの横の椅子に座っているニールたんへ質問した。
「……一応訊きますけど、どうして騎士団長を氷漬けにしたんですか?」
「騎士団長の頭が悪かったからです」
……おいコラ。
駄目だろ、その理由。
結果的には捕まえられたから良かったのかもだけど、話してみて聞かないから武力行使、みたいな。
それ駄目なやつじゃない?いや、頼んだのは私だから、そもそも頼んだ私が悪かった訳なんだけど……
「アリスお嬢様。ああいう人に説得は無理なのです。仮に根気強く何度も説得を試みたとしましょう。恐らく生意気な口を利くなと激昂して、余計に聞く耳持たずとなる可能性が高い。ではお金を積んでお願いしてみてはどうか?調子に乗ってその後も強請ってくるか、別の誰かに情報を売るでしょう」
え。
それは…………
「今度は軽く相手を懲らしめてみてはどうか?それは一番の愚策です。下手な脅しや暴力は逆に相手を刺激してしまい、此方への報復を企んでくるでしょう。最も効果的なのは悪事の証拠等を掴む事ですが、何故かああいう人は隠す事だけは上手いですからね。証拠を掴む事は可能だったでしょうが、時間はかかったでしょう。恐らく三日くらいは」
いや、三日で見つかるなら探そうよ!!
途中納得しかけたけど、最も効果的な事があるの分かってて、あえてやらなかったんでしょ?!
「ですが、仮に悪事の証拠を掴んで一時的に此方の言う事を聞いたとしても、やはり後々面倒な事になるのは明白です。なにせ彼は魔物より頭が悪かったので」
「頭が悪かった事を主張しますね……」
「ええ。実は彼と接してる間、ずっと微量の殺気を放っていたのです。魔物ならば、その殺気から危険を察知し、相手がどれ程強いか本能的に理解します。……しかし騎士団長殿は全く気付かなかった。魔物以下な彼は先程の理由から、ずっと黙っていて貰うのが一番良いと判断したのです」
……なんか、上手く丸め込まれてる気もしなくもない。だけど確かに、普段から平気で悪い事をしている人だったなら、ニールたんの言う通りなのかも……?
いや、国の騎士団長がそんなクズだったなんておかしくない?本当に悪人だったの?
「……一応、これでも一度は説得を試みたんですよ?アリスお嬢様のご希望でしたから」
そうなの?本当に?
「ふふ。疑ってるんですか?本当ですよ。例え後で報復してきたとしても防げる自信はありましたし、その場で大人しくしているなら何もする気はありませんでした」
「え……?」
「ですが、彼は剣を抜いた。その場で攻撃してくるなら、此方もそれに応えなければ。その結果が氷漬けです。殺す気で向かってきた相手を無傷で生かしておいたのですから、褒めて下さるでしょう?ね、アリスお嬢様」
「…………」
私は、本当に馬鹿なお願いをしてしまったようだ。いくらニールたんがめちゃくちゃ強いと言っても、本当に馬鹿なお願いをした。
ニールたんの命を、危険に晒したのだから。
思えば、最初から規格外過ぎたニールたんを、私は一番ゲームキャラだと思っていたのかもしれない。
単独でレッドドラゴン三体を討伐出来て、魅了の魔法なんて無いも同然で、いつでも結界ごと王城を吹っ飛ばせる、そんな規格外過ぎる彼を、私はきちんと正面から見ていなかったのではないだろうか?
ここは現実で、皆生きてて、酷い怪我や病気をしたら死ぬ事だってある。ニールたんも例外じゃない。
むしろ、この人が規格外過ぎる強さを持っているのは、それだけずっと危険な目に遭ってきたから、強くならざるを得なかったんじゃないの?
この人はゲームキャラなんかじゃない。
確かにちょっと変わった人だけど、独りで必死に抗って、生き抜いてきた人なんだ。
「……アリスお嬢様?」
「ごめ……ニールたん。ごめんなさい……」
「どうして泣いているのですか?」
「私、馬鹿でした。無茶なお願いして、本当にごめんなさい……」
謝って済む問題じゃない。
だけど、どうしたらいいのか分からない。ごめん、ニールたん。
本当にごめんなさい。
「……泣かないで下さい、アリスお嬢様。私が言ったのです。次に何か困った事が起きたら、私に相談して欲しいと。私が解決してみせると。……貴女は私に、挽回の機会を与えて下さっただけなのですから」
「クロの呪いの時も、ニールたんはずっと頑張ってくれてた。三年間ずっと。だから、挽回も何も……」
私が甘えていただけ。
最初からニールたんに落ち度なんて無い。
「……馬鹿だなぁ、アリスお嬢様は。私を危険に晒したと思っているのですか?危険の内に入りませんよ」
ニールたんが、何だか少年のように柔らかく笑った。
私にはいつも笑ってくれるけど、こんな笑顔は初めて見たかもしれない。
「アリスお嬢様は私が苦手なくせに、いつも心配してくれますよね」
なんで苦手ってバレてんの?
そんなに私、顔に出てる?
「今回の件は、私以外の者が解決しようとすれば、証拠を掴むのに何年もかかったでしょう。だから、私がやって良かったのです。到底無理だと思える事は、今後も私が解決して差し上げます」
「どうして……」
なんでそこまで?
「アリスお嬢様が私の唯一だからです。……ご褒美を下さい、アリスお嬢様。それで全てチャラです」
「…………」
ご褒美。
手紙にも書いてあった。
何をあげたらいいのか、さっぱり分からないけど…………
「分かりました。ちょっと傍に来て、屈んで下さい」
「?」
ニールたんは不思議そうに首を傾げながら、私の傍に来て屈んでくれた。私は手を伸ばし、ニールたんをぎゅっと抱き締める。
ニールたんが一瞬だけ、身体を強張らせた。
「……アリスお嬢様?」
「何をあげたらいいのか、正直言って分かりません。でも、さっき……風邪菌が羨ましいと言っていたので……」
近付いてぎゅっとすれば、風邪菌も移るかなって。
「こんなの、ご褒美になんかならないかもですが……」
「いいえ」
ニールたん?
「最高のご褒美です」
「……それなら、良かったです。もし本当に風邪が移ってしまったら、無理せずに休んで下さいね」
「…………」
気のせいだろうか。
何か温かなものが、ポタリと布団に落ちた気がした。
「アリスお嬢様。やはり貴女は………………私の女神だ」
……ニールたんの声が、ほんの少しだけ震えていた。
* * *
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