悪役令嬢は双子の淫魔と攻略対象者に溺愛される

はる乃

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旧ver(※書籍化本編の続きではありません)

幸せの形⑭*エリックside*

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「……はぁ…」
「どうかなさったのですか?溜息なんてついて」

ジルベールに問いかけられて、僕はのろのろと顔を上げた。
愛するリアと結婚し、今ではすっかりアルディエンヌ公爵家当主としての仕事にも慣れ、毎日平和な日々を送っているわけだが。

「…リアは今頃何をしているだろうか?」
「恐らく、だと思われます。」
「相手は?」
「ナハトかと」
「……」

胸がズキリと痛み、仄暗い感情が僕の中でざわざわと蠢く。
彼女の事情を知った時、彼女の全てを受け入れると覚悟を決めた。何故なら、彼女を失ってしまうことの方が耐えられないと、自分自身、分かっていたからだ。だが、ここ最近になって感情の抑制が難しくなってきた。人間である僕たちには、決して抗えないものを痛感し始めたからだ。

――それは、〝老い〟だ。

(今はまだ『より素敵になってきた』なんて、リアも褒めてくれるが、あと十年二十年経てば嫌でも実感する筈だ。それに、その頃には僕の精力だって…)

少しずつ、だが確実に変わっていく人間の僕たちと、死ぬまで変わらない美しいリア。淫魔の寿命には個体差があるが、それでも数百年。そしてそれは、リアと同じ淫魔であるフィルやナハトも一緒だ。今になって気付く。彼らは最初から分かっていたのだ。だからこそ、リアの選択を尊重し、割り切ることができる。

――どうせ人間である僕たちは、リアたちより早く死んでしまうのだから。

僕たちが死ねば、そのあとはリアを独占できる。彼らには、そんな未来が約束されているのだ。
しかも、リアを独占できる未来が待っているのに、今だって彼らはリアの寵愛を受けている。そのことが腹立たしくて、憎くて仕方がない。僕だって、いつまでもずっとずっと、死後の世界でさえも彼女と一緒にいたいのに。

「…リアが人間のままだったなら…」

僕の小さな呟きに、ジルベールがピクリと反応する。そして、静かに現実を口にした。

「エリックらしくないですね。もしもの話なんて、考えるだけ無駄です。そんな無駄なことを考えて時間を費やすくらいなら、さっさと今日の仕事を終わらせて、彼女に会いに行けばいいのでは?その方が余程有意義で建設的でしょう」
「…冷たいな。僕はただ、ずっとずっとリアと一緒にいたいだけなのに」
「冷たくて結構。それに、彼女がもしも人間のままだったなら、エリックは僕たちと彼女を共有できるんですか?」
「できないな」
「でしょうね。貴方と僕やアベル、レオンが争わずにこうして一緒にいられるのも、全ては今の現実があってこそですから。彼女が人間だったなら、今頃僕たちの誰かは死んでいると思いますよ」
「…僕だって少し前までは、今の現状にそれなりに満足していた。多少の不満にも、目を瞑れていたんだ。けど、僕たちはいつかは老いて死んでしまう。リアとの未来に、僕たちは存在すら許されないんだ。…そんなのあんまりじゃないか」
「……エリックの言いたいことは僕にも分かる。だが……」

僕たち二人がどうにもならない現実に打ちのめされていると、空気のように書類整理を手伝っていたアルディエンヌ公爵領の騎士団団長アベルが、不思議そうに首を傾げて、その口から思いもよらぬ爆弾を投下した。

「それなら、俺たちが人間をやめればいいのでは?」
「「は?」」

学生時代から一日も鍛錬を怠ることなく邁進してきたアベルは、数年前から騎士団長の座を手に入れ、魔物や害ある賊などの脅威からアルディエンヌ領を護ってくれており、時間が空けばリアや僕の護衛として常に傍に侍っている。それ故に、時々こうして書類整理などもやってくれるのだが。

「俺もずっと考えていた。だって、サキュバスになってしまったリアは、俺たちにとっては特別な存在だけど、他の人たちから見れば、討伐対象であるただの魔物だ。もしも俺たちがいなくなってしまえば、リアは誰かに討伐されてしまうかもしれない。それか、サキュバスとして飼われて、酷いことをされてしまうかもしれない。あの従者たちとルカ先生が護ってくれるとは思うけど、何かひとつ手違いが起これば、どうなってしまうか分からない。…俺は、リアが辛い目に遭うなんて嫌なんだ。だから、俺は人間をやめる方法を探そうと思う」

アベルの話を聞いて、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃に襲われた。まさかアベルが、そんなにもリアのことを想って、今後のことを真剣に考えていただなんて、全く予想だにしていなかったからだ。リアとの未来がある双子が羨ましくて、どうしようもなく嫉妬していた己が恥ずかしい。

「…僕は、今初めてアベルを先輩と呼びたいと思いました」

ジルベールの呟きに、僕も思わず同意する。

「僕もだ」
「今更ですか?そういうのは学生時代の時に言って欲しかったですね。…いや、やっぱり遠慮します。学生時代は、リアが先輩って呼んでくれていただけで十分だから。可愛かったなぁ。また呼んでもらおうかな?」
「「……」」

瞳をキラキラさせながら、そう口にするアベルに苛立ちを感じつつ、僕は今の話から考えを巡らせる。
突飛な話だが、悪くない案だ。それに、人間をやめる方法ならば、ひとつアテがある。

「…アベル。どうでもいいが、ここでエリックの書類整理を手伝うぐらいなら、騎士団長としての処理すべき書類を片付けてきた方がいいんじゃないのか?」
「やめろよ、ジル。俺が事務仕事苦手なの知っているだろ?」
「知っているが、全部副長に任せっきりなのもどうかと思うぞ」
「俺は護衛という大事な仕事中だからいいんだよ」

ジルベールとアベルの会話を右から左へと聞き流しつつ、僕は書類へ目を通しながら、人間をやめる方法の具体案を頭の中でまとめていた。思わず口元が綻ぶ。諦めなければならないと思っていたリアとの未来に、少しずつ希望の光が差し込み、きちんとした形になっていくのが嬉しくて堪らない。
自分勝手だと、自分でもよく分かっている。けれど……

愛してしまったのだから、しょうがない。
どうしようもなく愛おしくて、彼女のことに関しては冷静ではいられない。
彼女の前では、自分はただの浅はかで愚かな男に成り下がってしまう。でも、僕はそんな自分が嫌いじゃない。
ジルとアベルがまだ何か言い合っている中、僕はお構いなしに口を開き、ジルベールとアベルに命令を下す。

「ジル、アベル。悪いが、資料を探して集めてきてくれないか」
「資料ですか?」
「エリック様。俺には護衛という任務が…」
「リアとの未来に必要なものだ」
「「!」」

正に鶴の一声。リアの名が出た途端に、二人の表情が変わった。別に僕は、一生彼らと共にいたいわけじゃない。だが、だからといって二人に隠して物事を進めるつもりはない。
矛盾していると分かってはいるが、友人として彼らと共に過ごす時間を、心地良く感じているのも事実だから。

「集めて欲しい資料は、悪魔についてだ。どの悪魔についてでも構わない。片っ端から持ってくるように。勿論、外部に漏れないよう極秘でね。」

取引する予定の悪魔はアスモデウスだ。彼とは長年共に暮らしているが、今でも謎だらけで知らないことの方が多い。取引するなら、慎重に、相手のことを少しでも多く知っておかなければ。

「承知いたしました」
「それと、あとでレオンにも連絡しておくように」
「御意」

ジルベールとアベルが執務室から去るのを笑顔で見送り、僕は残りの仕事を片付けるべく、再び書類へ視線を落とす。

(そうだ。後継者教育も、早めに終わらせなければ。ノアに、いずれ自身の側近となる者も、候補の中から絞らせなければならないし)

久々に浮足立つ心。今日の仕事が片付いたら、自分も資料を探さなければ。
どれだけ大変だろうと手間を惜しむつもりはない。必ずやり遂げてみせる。


――この先の未来も、リアとずっとずっと一緒にいるために。


***

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