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《分岐》オリバー・バルトフェルト
予期せぬ来訪者
しおりを挟む「ロゼリア!」
私の事をそう呼んできたのは、救出作戦の時に出会ったグレンだった。
赤みがかった茶色の髪を揺らして、私に走り寄って来た彼は、服装以外、あの日の彼と何も変わっていない筈だ。なのに、彼の瞳はとても輝いて見えて、同じ人物な筈なのに、私の目には全く違って見えた。
(……というか、名前……!!)
私は慌てた。めちゃくちゃ慌てた。
グレンには、私の本当の名前がバレてしまっていたからだ。ついさっき、有耶無耶にしたばかりの私の秘密。私は急いで此方に走ってきたグレンの口を、私の両手で塞いだ。そして、周囲に視線を走らせて、誰かに聞かれたりしていないか確認しつつグレンに注意を促す。
「グレン、その名前で私を呼んじゃ駄目!今の私はセルジュ・プランドルなの!」
「むぐぐ?」
小声ながら、やや焦り気味で口早にそう伝えると、グレンはペリドットのような瞳を丸くした。
私が周囲に他の人の姿が見えなくて安堵していると、グレンが私の両手を外して、少年のような人懐っこい笑顔を浮かべる。
「まさか、普段から男装してたの?まぁ、言わない方が良いなら黙っておくけど。でも、セルジュ……セルジュかぁ。本人を知ってるから何とも言えない気分だな。それと、君の後ろにいる人達は君の共犯者?……いや、協力者、かな?」
「!」
そうだった。
名前を呼ばれた事で動揺して思わず飛び出しちゃったけど、お兄様とリアムも居たんだった……!
私が慌てて振り向こうとすると、お兄様が素早く私の腰に腕を回して、グッと私を引き寄せた。そのままお兄様の逞しい胸に私の後頭部がボスッと当たり、すっぽりと腕の中に閉じ込められてしまう。「え?え?」と疑問符ばかり浮かべながらお兄様を見上げると、お兄様は眉間にシワを寄せ、明らかに警戒した顔をしていた。次いで視線をリアムの方へ向ければ、リアムはいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべている。
あれ?
お兄様もリアムもグレンを警戒し過ぎじゃない??
そう思って、すぐにハッとした。
そうだ。ゲームと違って、この世界では、この三人はほぼほぼ初対面なのだ。警戒するのは当然の事だろう。
(お兄様は公爵邸から脱出する時にグレンと会っているけど、お兄様とグレンが直接言葉を交わした訳じゃないし、互いに顔を見たのも、私の魔力タンクを投げ渡してくれた時のほんの一瞬だったもんね……)
私がお兄様達とグレンを交互に見て、とりあえずお兄様とリアムに、グレンへ対する警戒心を解いてもらおうと口を開きかけた瞬間、グレンがフッと口角を上げた。
「……共犯者や協力者と言うより、セルジュのナイトと言う方がしっくりくるかな?まぁ、そんなに警戒しないでよ。俺も今日からスペード王国騎士団の一員な訳だし」
「え?!」
「……一員だと?」
私とお兄様が驚いていると、リアムだけは何かを思い出したようで「ああ、君があの推薦状に書かれてた例の……」と口にした。
リアムさん、どういう事ですか?
「ん?……あはっ!まぁいいから、いいから。それにしても、迎えに行ったレオンとジェラルドはどうしたんだい?まさか、撒いてきたの?」
「ああ、俺は特異能力があるからね。初対面の人間を撒くのなんて簡単なんだ」
「へぇ。……成程ね」
確かに、グレンには誰にも真似できない特異能力があった。だからゲームでは、グレンが特異枠のNo.2の地位に就いていた。
(今は私がNo.2だけど……)
あれ?
って事は、どうなるの??
グレンの実力なら間違いなく、すぐにナンバーズ入りする筈だ。だけど、ナンバーズの空席が足りなくない?そもそも、団長の弟であるリオだってイレギュラーな存在だし……
前々から疑問に思っていたけど、どうしてこんなに欠けているんだろう?……本来であればこの場に存在する筈の無い“私”のせいで、色々と変わってしまったって事……なのかな?
私が介入したせいで様々な事が前倒しになったり、変化してしまった。だから、その過程で本来であれば騎士を目指す筈だった者が騎士を目指さず騎士団へ入団しなかった。もしくは何かがあって騎士団から離れてしまった。恐らくはそういう事なのだろう。
「セルジュ。君は俺の入団を歓迎してくれる?」
すっぽりと私を包み込むお兄様の腕を何とかして外そうと格闘しつつ、私はグレンの質問に「もちろん!」と答えた。
「また会えて嬉しいよ、グレン。これからは同じスペード王国騎士団の一員として仲良くしよう?」
「ああ、仲良くしよう。ありがとう、セルジュ。これから宜しく。……そっちの二人も」
「…………」
「セルジュ。入団したばかりの奴と仲良くするなら、先輩である私とも、もう少し仲良くしよう?」
「え?!」
「ふふ、いやだなぁ。どうしてそんな顔をするんだい?私はこれでもセルジュの事を凄く気に入っているんだけどね?」
「いや、あの……ありがとう、ございます?」
リアムの漆黒の瞳にじぃっと見つめられ、私は外そうとしていたお兄様の腕をスッと元の場所に戻した。
団長、ジェラルド、早く戻って来て……!!切実に、切実にお願いします!!
……………………
…………
こうしてスペード王国騎士団に新たな仲間が加わった。そして、この時から私はグレンを介して実の姉弟であるセルジュ本人と手紙のやり取りが出来るようになった。
グレンがセルジュからの手紙を預かってきてくれていたのだ。ずっとずっと気にかかっていたから、凄く嬉しい。最初はセルジュが私の事をどう思っているのか少し不安で戸惑ったりもしたけれど、貰った手紙の内容から、セルジュも私の事を気にかけてくれていた事が分かり、姉弟として私と親しくしていきたいと手紙に綴られていたから。私は凄くホッとして、嬉しくなって、お兄様にもその事を話したら『良かったな』と微笑んで私の頭を優しく撫でてくれた。
戦争も終わり、敗戦やら国の内情やらでダイア公告も大人しくなった。
セルジュもクラブ帝国で元気そうだし、私の憂いはもう無くなった。だから、私は完全に油断していたのだろう。
……最後の最後で、あの人が出てくるなんて、微塵にも予想もしていなかったのだから。
* * *
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