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番外編
バルトフェルト家の雛祭り
しおりを挟む――それはロゼリアがまだ5歳の頃の話。
バルトフェルト家本邸のサロンにて、ロゼリアはソファーに座っていた。隣には兄のオリバーが居て、ロゼリアは足をプラプラと揺らしながら、向かいのソファーで母と共に座っている、父・オーガスタスに向けて、突然上目遣いにこう言った。
「お父様。ロゼは雛人形が欲しいのです」
「ひな……人形??」
オリバーも、オーガスタスの隣に座っているローズも、キョトンとしている。オリバーは手にしていた紅茶をテーブルに置いて、顔を傾け、ロゼリアの顔を覗き込んだ。
「ロゼ。ひな人形ってなんだい?」
「うーん。私にもよく分からないのです。でも、何故だか欲しいのです……」
まだ記憶を完全に取り戻す前のロゼリアは、ただ漠然と雛人形を欲しがり、オーガスタス達は泣きそうなロゼリアの願いを叶えたいと思った。
「分かった。どんなものかは分からないが、お父様が何とかしてあげよう。ロゼリア、ひな人形とはどんなものだろうか?名前しか知らぬのなら、まずは調べに行かなければならないが」
「えーと、確か……お姫様とお殿様が居て……」
「お姫様は分かるが、おとの様とはなんだ?」
「お父様」
「なんだい?オリバー」
「お姫様と居て、敬称がついているなら、王か王子……姫の伴侶なのでは?」
「まぁ、そうだろうな。では、人形は二体という事か」
「ううん」
「え?」
「ロゼ?」
ロゼリアは小さな手を広げて、ぱたぱたと大きく振ってみせる。
「人形、いっぱいなの。いーっぱい!」
「え?」
「二体ではないのか?」
「うん!いーっぱい!」
「……………………そうか」
……………………
…………
そうして、暖かな季節となり花々が咲き乱れる頃、バルトフェルト家のサロンに雛人形が飾られた。
当初はロゼリアの部屋に飾る予定だったが、ロゼリアがサロンに飾って、いつでも家族皆で見たいのだと言った為、満場一致でサロンに飾る事が決定された。ロゼリアは完成した雛人形を見て、はしゃぎにはしゃいで大喜びし、家族も使用人達もそんなロゼリアを見て皆顔を幸せそうに綻ばせたのだった。
そして翌年――――
ロゼリアは6歳になり、前世の記憶を取り戻していた。
サロンでは、今年も雛人形が飾られている。使用人を含めたバルトフェルト家一同、今年もロゼリアの笑顔を見るために、準備は万端だ。
去年飾った時に、皆はずっと雛人形を飾っておこうと思っていたのだが、幼いロゼリアはそれを駄目だと言ったのだ。
『何でか分からないですけれど、見たら仕舞うのです!なるべく、早く!そしてまた来年、同じころに飾るのです!』
え??
せっかく作って飾ったのに?
しかし、可愛いロゼリアの言う事に反論する者はおらず、去年は速やかに片付けられたのだった。
そうして今年も飾られた綺麗な雛人形。勿論、雛人形達の服装は和装と言うより洋装に近い。が、きちんと三人官女や五人囃子、右大臣左大臣から桃の花や橙の花まであり、灯りの灯るぼんぼりもある。意外に本格的だ。
オリバーがロゼリアを呼びに行き、共にサロンへとやって来た。
「お父様、お母様!ロゼを連れてきました!」
「お兄様、どうなさったの?」
「ほら、ロゼリア!見てごらん!ロゼの大好きな“ひな人形“を今年も飾ったよ!」
サロンに飾られた雛人形を見て、ロゼリアは記憶を思い出す前の自分の我儘を思い返し、恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。けれど、雛人形自体はやはり嬉しくて、ロゼリアははにかみながら微笑んだ。途端、オリバーがロゼリアをぎゅっと抱き締める。
「ロゼ!!(可愛すぎるっ!!)」
「わぷっ!お、お兄様……!」
「ちょっと!オリバーだけずるいじゃない!私も!ロゼ、お母様にもロゼを抱き締めさせてちょうだい!」
「ひな人形を作らせたのはお父様だから!!ほら、ロゼ!お父様のところへおいで!!」
皆で雛人形を愛でながら軽食を取り、楽しい一時を過ごした後。陽が暮れる頃になって、使用人達が早くも雛人形を片付け始めたのを見て、ロゼリアが不思議そうに言った。
「もう片付けてしまうのですか?」
「え?」
「ロゼが去年言ったんだよ?早く片付けなくちゃ駄目だって」
「そうでしたっけ。でも、そうすると……」
「ロゼリア?」
一体どうしたというのだろうか?
去年とは違うロゼリアの様子に、家族が揃って首を傾げていると、ロゼリアは躊躇いがちに口を開いた。
「雛人形は早く片付けないと、お嫁に行き遅れると言われているのです。ですので、早く片付ければ片付ける程、早くお嫁に行くと言われていまして」
「「「え?!!」」」
ロゼリアの答えを聞いた瞬間。
オリバー達、バルトフェルト家一同は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
「なんだと?!」
「僕のロゼが早くお嫁に?!」
「そんなの駄目よ!あまりに早くお嫁に行ってしまったら寂しいわっ!!」
そうしてその年から、バルトフェルト家では雛人形はまるっと一月は飾っておくようになった。オーガスタスとオリバーに至っては片付けなくてもいいんじゃないかと言い出したが、ローズがそれを許さなかったのだ。早くお嫁に行かれるのは嫌だが、可愛い娘には幸せな結婚をして欲しいとも願っていたからである。
「もう!私がお嫁に行き遅れたらどうするのですか?」
「大丈夫だよ、ロゼ」
「お兄様?」
「ロゼは結婚してもしなくても、ずっとこの家に居る事になるからね」
「??」
にこにこと天使のような笑顔を浮かべるオリバーを見て、ロゼリアは頬をほんのりと朱に染めて、ドキドキと見惚れていた。オリバーが何を考えているのか、ロゼリアには知る由もないが、今年もバルトフェルト家は平和であった。
(僕がロゼを貰えっちゃえばいいんだもの。ね、僕の可愛いロゼリア)
* * *
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