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《分岐》リアム
パンドラの箱(※修正済02/02/19)
しおりを挟む「…………セルジュは何処にいる?」
拐われた少女達と共に、任務に当たっていたナンバーズが騎士団へと帰還した。任務に参加していない筈の、ノア・ヴィルターが。
リアムは騎士団本部に設置された、救出作戦成功の要となる簡易転移魔法陣のある第二訓練場へ足を運んでいた。少女達は衰弱してはいるものの、特に目立った怪我もなく、全員無事だ。待機していた治癒師達が、少女達に寄り添い、優しく毛布を羽織らせていく。
しかし、リアムの目的は少女達ではない。その漆黒の双眸にノアの姿を映し、一見呆然としたような表情でふらりと歩み寄っていく。
リアムの存在に気付き、ノアが顔を上げたその瞬間―――
景色が揺れた。
「?!!」
地面が、騎士団本部が、リアムの膨れ上がった魔力で大きく歪んで見える。
風も無いのに、リアムの長く艶やかな漆黒の髪と黒いローブが、ユラユラとはためいた。ノアの顔色から、みるみる血の気が引いていく様は、誰の目から見ても明らかだった。リアムの底知れぬ威圧感を至近距離で浴びて、耐えられる者等、殆ど居ないのだから。
「り、リアム……様……?」
ノアが絞り出すように声を出すと、リアムの威圧感が更に増した。
「どうしてノアがここに居るんだい?セルジュとオリバーは?」
「……っ!」
「まさか、勝手に任務に参加したんじゃないだろうね?」
あまりに冷たい声色が静かに響き渡って、近くにいた者達が何人か失神し、パタパタと倒れていく。異常事態を察知した団長のレオンが逸早く第二訓練場へやって来て、リアムを怒鳴り付けた。
「止めろリアム!!」
レオンの声を聞いて、膨れ上がった魔力が少しずつ収まっていく。けれど、リアムの纏う空気は変わらずに、レオンに向けて苛立ち、殺気を迸らせる。
「邪魔しないでよ、レオン。私はノアと話しているのだから」
「殺気を抑えろ!!一体何があった?!」
「……っ!!も、申し訳ありません!!俺が勝手に救出任務に参加しました!!少女達を連れ、転移魔法陣設置ポイントまでの移動中、追手からの攻撃魔法にセルジュが応戦し、オリバーはセルジュを待つと、現地に残りました!」
「何だと?」
「事の次第を団長達へ報告する為に、俺だけが先に帰還致しました。今回の任務から外されてしまっていた俺が無理矢理任務に参加した事は規律違反だと分かっています。どんな処罰でも受ける覚悟です。……本当に申し訳ありませんでした!!」
「ノア……」
ノアが深く頭を下げ、リアムとレオンに謝罪した。レオンはノアの事情を察したのか、厳しい顔をしてはいるものの、必要以上に責めるような事はなく「厳罰を覚悟しておけ」とだけ言った。
しかし、リアムは納得していなかった。何故なら、リアムはロゼリアから全てを聞いていたからだ。
(ロゼリアの話だと、今回の任務でノアは死ぬ筈だった。だからこそノアを任務から外し、ロゼリアを就かせる事で、その要因となる想定外な『何か』と対峙しても、ロゼリアならば上手く回避出来ると思っていた。なのに……)
リアムの背中にヒヤリと冷たいものが走る。
ノアが参加してしまった事で、ロゼリアは焦った筈だ。ノアを死なせないように、深入りしてはいけない所まで深入りしてしまったのかもしれない。
(だから戻って来ないのか?……戻って来られないのか?)
オリバーが残ったにせよ、もう転移魔法陣は使えない。特殊な魔石が無いからだ。
リアムは唇を噛み締めながら、苦々しく表情を歪めた。
「クソッ!……レオン。私は今からセルジュの元へ行く。後の事は任せたよ」
「セルジュの元へ?待て、リアム。セルジュの元にはオリバーも居る。わざわざお前が行く必要は無いだろう」
「必要があるから言ってるんだよ。セルジュはきっと、想定外な事態に巻き込まれている筈だからね」
リアムがそう告げると、レオンは驚いた顔をしてから「何故そんな事が分かる?」と問い掛ける。けれど、リアムは軽くレオンを嘲笑ってから、その質問を無視した。
「答える必要無いね。……そうだ。一応保険としてバルトロを借りていくよ」
「バルトロを?お前が言うように、本当に想定外の『何か』が起こっていたとして。お前は一体どうする気なんだ?」
―――リアムの口元が歪んだ弧を描いた。
嘲笑とも、いつもの胡散臭い笑顔とも違う。戦闘を愉しむバルトロに近い笑みだが、その根本は全く違うもの。
「そんなの決まっているだろう?セルジュに手を出した代償を払って貰うのさ」
それだけ言って、リアムは第二訓練場を後にした。レオンは深く溜め息をついた後、騎士団本部にある水鏡から、王城にいる王太子へ連絡を入れに行った。
リアムが払って貰うと言った代償。恐らくかなり高くつくだろう。
(戦争が早まるかもしれん)
これは既に危機的状況であった。
スペード王国騎士団で、最も手がつけられないリアムに火を着けてしまったのだから。
ダイア公国は意図せずして、開けてはならない【パンドラの箱】を開けてしまったのだ。
* * *
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