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第六章 過去に触れる

第97話 戦いのあと

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 イリーナの森の廃村は魔物に踏み荒らされていた。ここに住むには一から作り直さなければならないだろう。けれども多くの魔物がこの地を離れ、今はかつて以上の静けさだった。
 俺たちは湖の砂浜に行って、転移陣を使って遺跡の中に跳ぶことにした。一緒にいるのはリリアナ、アルフォンス、そしてクリスタだ。他の皆はまだ、対ドラゴン戦と魔物の大暴走の後始末に追われている。
 そう。ドラゴンとの戦いは、あの後……。

 ◆◆◆

 巨大なドラゴンは、羽を失い寒さで動きが鈍くなりながら、数時間も闘技場の舞台の上で暴れた。結界の中の冷気は俺たちにもダメージを与える。
 動いているほうがましだと言いながら、走り回って杖を振るう魔法使いたちには、珍しいものを見たと厳しい戦いの中でつい笑ってしまった。リリアナにいたっては闘技場に来てからは魔法を使わずに、デカい杖をその見た目のままに鈍器として振り回して大暴れだ。
 シモンによると千年前には片羽を落とした後で地中に逃げられた。だが今度はすでに逃げられないように結界の中に閉じ込めている。千年の時を経て、ようやく決着がついたんだ。完全にその場で倒し切ってドラゴンの死を確認した後、結界はクリスタとシモンによって解除された。

 その後の騒ぎについては、詳しく語るほどでもない。きっと想像の範疇だろう。

 アルハラは逃亡した奴隷たちを追うよりも暴走して来た魔物を抑えることで精いっぱいになっている。今もまだ、残った魔物の討伐は続いているはずだ。
 そりゃそうだ。今まで魔物の討伐は俺たち森の民にほぼ全部任せっきりだったのに、今じゃあ自分たちで倒さなきゃならないんだから。
 闘技場で逃げ遅れた兵士たちは俺たちの戦いに恐れをなして、ドラゴンを倒した後に逃亡奴隷だとか魔族だとか言ってくることはなかった。きっと心の中で思っていたとしても、あの戦いをじかに見ていた彼らには何も言えなかっただろう。
 街の人々は建物の中に閉じこもって殆ど外を見ていなかったが、結界の中にいた人たちは俺たちの戦いの一端を目にしていた。それはこれから急遽シモンによって、歌や芝居にされる。多分実際の活躍よりも何割か盛った感じで。
 その他に何かあったかな。
 そうだ。噂によると城が襲われたときに、塔の中にいたハルン教の重要人物が死んだとか怪我をしたとか。どっちにしても、ハルン教が今回大きな打撃を受けたのは間違いないらしい。

 英雄役は西の鳶に譲った。迷惑そうだったが。倒した後のドラゴンについてアルハラと交渉したり、残った魔物の討伐に協力したりしているらしい。国がどう思っているかは分からないが、市民には大人気だ。
 レーヴィはガルガラアドの特使として、ヨルマはイデオンの特使として魔物の残党狩りに加わった。これをきっかけにアルハラとの国交を種族の差別なくもっと開かれたものにしたいという意味を込めて。今はまだ、アルハラが今後どんな態度に出るかは分からないけれど。
 シモンは芝居の準備を、そしてカリンはその護衛のためにクララックに残っている。内容が内容だけに、そのうちアルハラからは追い出されるかもしれないがな。そして追い出されたら、同じ内容を他の国で演じるわけだ。一応あまりアルハラ国自体を貶《おとし》めないように気を付けろとは言っておいた。悪者は架空でいい。もしくは今はもういないやつ。

 そして俺たち四人はドラゴンの死を確認してからすぐに、こっそり闘技場を抜け出した。そのままクララックを出て、イリーナの森へと向かったんだ。
 森への転移陣はすべて壊されていて使えるものはないし、クララックから直接歩くことになった。まあ、全員身体強化を最大限に使ったので、ここまで来るのにたいして時間はかかっていないけどな。
 廃村の様子を一応確認して、一番の目的の遺跡の中へと転移する。
 そして今、遺跡の中は寒々とした雰囲気だった。

「灯りが……つかないな」
「魔力を吸い取られる感覚もない」
「うむ。魔力の補充は私の一族がやっていたが、この遺跡を実際に動かしていたのは、イリーナであるからの」

 ……ということは。

「うむ。イリーナはもう居ないということじゃ。かつての友の元へ旅立ったのであろう」

 イリーナの実体はこの遺跡の中には無く、地中に逃げ込んだ魔物と共に結界の中に封じ込められていた。いや、自分から結界の中に入っていた。それがリリアナの見解だ。
 結界の中で冬眠状態で命を長らえて、その間に魔物にとどめをさせる勇者の登場を待っていた。そしてイリーナが力を使い果たした今、結界は自然と消える。だから巨大な魔物、ドラゴンは地上へと出ることができた。
 そうしてイリーナの想定通り、俺たちとドラゴンが戦うことになったわけだ。

 遺跡は暗く静かだが壊れてはいないので、そのまま上へ向かってみんなで進んだ。
 このままでは暗いと、リリアナが魔法で灯りをともす。

「灯りか。便利な魔法だな」
「簡単じゃが、今は魔道具で済むから廃れておるんじゃろ。リクに聞いたぞ」
「魔道具は便利だからな。しかし魔法が自由自在に使えるのはいいな」
「ふふふ。そなたらは昔から、魔力を外に出すのが苦手じゃの」

 森の民は魔法が苦手だ。しかしまあ。訓練すれば灯りの魔法くらいはできる。追々、クリスタやアルも覚えればいい。

 途中にあった罠はどれも起動しない。灯りがつかないのと同じ理由だ。
 何の障害もなく、上へと進み、石のドラゴンと戦った広間に着くことができた。
 かつてドラゴンだった瓦礫はそのままで、イリーナの姿はない。

「これは……」

 イリーナの立っていた場所に、一冊の本が落ちている。
 手に取ってみると、それはイリーナの日記だった。いや、日記というよりも俺たちへの手紙と言ったほうが良いのかもしれない。なおかつ、この遺跡の説明書でもあった。
 ゆっくり読むのは後にして、今は急ぎページをめくる。
 その最後のページには、俺たちの名前と共にこんな言葉が残されていた。

 ――
 この本をどうするかは皆様に任せます。
 ありがとう。
 私たちの心残りを、受け継いでくれてありがとう。
 ――

 ◆◆◆

 この本を誰が持つべきか。
 四人でしばらく話し合った末に、仕方なくアルが受け取った。多分ここにいない奴らも受け取りたくはないだろう。後で一応聞いてみるけど。

「ちくしょう。これには途方もない責任がついて来る気がするぜ」
「それはそうじゃな。この遺跡の所有権と言ってもいいじゃろう」
「じゃあなおさら、リクが持たなくていいのかよ?」

 冗談じゃない。
 そんな役目は、丁重にお断りだ。

「ルーヌ山の私の一族の村へ続く転移陣は、壊されているようじゃな」
「そうだな。幻獣の村とは切り離したうえで、俺たちにくれてやるって事だろ」

 この本を見れば、今は廃墟のようなこの遺跡も依然と同じように活用できることが分かる。
 ここを森の民の拠点にしよう。
 ここから俺たちの国を始めればいい。

「俺たちの……国……か」
「そのためにはやることは山ほどある。まずは国民をここに連れてこないとな」
「みんなは来るでしょうか?」
「それは、それぞれの判断に任せようぜ」
「そうだな。何しろ俺たちは今、自由なんだし」

 そういって顔を巡らせば、全員の笑顔の下にこれから先の困難へと立ち向かう強い意思が見えた。
 だから大丈夫だ。俺たちは前に進める。

 道がなければ作ればいい。

 自由に。

 どこまでも。
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