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第六章 過去に触れる

第91話 急変

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「カリン、しっかりしろ」
「……はい、そうですね。落ち着かないと」

 ヨルマに促されて、息を整えたカリンが早口で現状を語る。

「森から、魔物の集団があふれ出してきました」
「なんだって」
「森の近くの村が荒らされたのですが、襲ってくるというよりも魔物自体がまるで何かから逃げているように押し寄せて、通り過ぎていったと」
「それは……」

 今回の作戦では、カリンはイデオンの国境の村で待機していた。直接救出には関わらないが、国外まで逃げれば、森の民を助けても構わないだろうと、そう言って。
 救出できる人数を最大で二百五十人と仮定し、一日分の保存食をその村に、そして三日分の保存食を森の廃村に用意している。

 もちろん小さな村には、そんなにたくさんの避難民を受け入れる余地はない。一時休憩したらそこに作った転移陣でイリーナの森に送るつもりだった。転移陣を起動して、森まで連れて行く役目を請け負っていたのがカリンだ。

 最初に到着した一団は、人質のうち若い元気な女性だけの少人数のグループだった。彼女らは身体強化を惜しみなく使ったらしく、当初見積もっていたよりもはるかに早い時間に村に着いている。
 先遣隊の役目も請け負っていた彼女らは、休憩もそこそこにして、カリンに森への案内を求めた。村で休憩用に借りていた家の奥には、事前にリリアナが作った転移陣がある。それを使い、カリンと森の民の女たち数人が森に行ったのだった。

「森の廃村は、酷い様子でした。夏にみんなで整えた家のうち半数は、壁に穴が開き置いてあった家具も踏み荒らされて……」

 テント生活よりはましになるようにと、いくつかの家の屋根と壁だけを簡単に修理していた。綺麗にしていたからこそ、荒らされたのが分かりやすかったらしい。

「付近には大小様々な魔物や獣の足跡がそこかしこにありました。あまりにも異常な様子なので森の中を調べようとしたとき、地面から地響きがしたのです。その地響きのすぐ後に、森の木々の間を何匹もの魔物が脇目も振らずに走り去るのが見えました」

 その後も二、三度地響きが続き、そのたびに魔物が森の外へ向かって逃げているのが分かった。
 かなり危険な状況だ。森の外に逃げた魔獣たちも、そして森で起きている異変も。
 カリンたちはすぐに森を離れ、もう一度村に戻ることにした。

「村に転移して、先遣隊の森の民の人たちには、後続のグループへの状況説明を頼んでいます。村長も、村の守備を手伝う条件でしばらくの間、森の民を受け入れてくれることになりました。それから後どうしたらいいか悩んで……。とにかく誰かに相談しなければと思いブラルの家に転移しました。そこでヨルマを探して、森の異変を報告したんです」
「国のほうにもちょうど、遠話の魔道具から異変の報告が入り始めた時だった。昼頃、森の近くの町のいくつかに魔物が押し寄せたという。本来ならば俺もブラルの守りに参加しなければならないんだが、カリンがシモンたちに知らせないとと言うんでな」

 ヨルマがカリンの話の後を引き継ぐ。

 国からの報告で、魔物に押し寄せられた町村にほぼ被害がないことを知ると、ヨルマは即座にイデオンにいる上役と交渉した。駐在武官として街の守備に当たるよりも、今代の勇者にこの一報を伝えるのが大切だろうと。説得にはカリンの持ってきた情報が効いた。魔の森での地面の振動は巨大魔物の復活の兆しではないだろうか。
 半年前に見つかった古代の石板……実はリリアナの作った偽物だが、以降、千年前の巨大魔獣について書かれた文献についての研究が始まった。最近になっていくつかの予兆も報告され始めている。そしてこの騒動だ。

「勇者についての心当たりがあると、俺の上司であるサイラードの大使に伝えた。万が一にも巨大魔物が現れたなら、勇者がいなければ多大な被害が出るだろう。そして勇者は今、クララックにいる。そう言って大使を説得し、ここまで駆けてきたのだ」
「実際イデオンの国内で目撃されている魔物の群れはあまり大きくありません。地竜の谷が障壁になって、ブラルまではほとんど到達しないんじゃないかと思います。希望的観測ではありますが。そして魔獣の多くは、追い立てられるようにクララックの方に向かっていると聞きました」

 クララックには今、シモンと西の鳶のメンバーがいる。シモンは明日からの芝居のために、旅芸人一座と乗り込んでいた。そして西の鳶は、今日の作戦で俺たちに危険が迫ったら余計なお世話と言われようとも助けると、そう言ってクララックの街に行っている。

「リクさんたちは脱出する予定だったけど、彼らは街に残るので一刻も早くこの状況を伝えなければと思って」

 カリンとヨルマの二人が一気に話し終えた。
 そして俺達にこれからどうするかを問う。
 悩んでいる時間はない

 ただし、クララックを脱出したばかりの森の民は、このままイデオンに向かうしかない。彼らにとっては魔物よりも人間の方が危険だし、アルハラを助ける義理もない。
 けれどイリーナの森には、状況が分かるまで行かない方がいいだろう。

「分かったよ。あたしらはイデオンの村に着いたら、そこで魔獣を迎え討とう。ヨルマさんとやらの居ない穴を埋めてやるさ」

 ミルカが不敵に笑う。他の面々も軽い調子で頷くと、身体強化で一気に加速して街道をイデオンに向かった。
 俺とリリアナ、アル、クリスタの四人は相談せずとも当然のようにそこに残る。

「シモン達を放っておくわけにはいかねえからな」
「そうじゃの。ヨルマとカリンは?」
「私はもちろん皆さんと一緒に。微力ですが戦います」
「俺は、そうだな。魔獣が森からあふれ出したという知らせはもうクララックの中枢部にも届いているはずだ。魔獣の対策は基本的には各国に任せる。古の巨大魔獣が蘇った場合に備えて、お前たちと西の鳶と一緒にいた方がいいだろう」

 巨大魔物自体の研究はさほど進んでいない。千年も昔のことだし、死体が残っているわけでもない。文献も少なく、クララックとガルガラアドには資料的な文書があるのかもしれないが、外部には出ていない。
 唯一、シモンの手に入れた日記の中に、魔物についての記述があった。

 その魔物は巨大なドラゴンだ。現在いるドラゴンの最も大きなのは地竜だと言われている。巨大だが性質は穏やかなうえに飛ぶことができない。
 古のドラゴンはその地竜よりもはるかに大きく、俺達が倒した石のドラゴンはそれに近い大きさに作られていた。しかも大きな体にも関わらず、空を飛ぶことができて、口から火を吐いたらしい。
 かつての勇者たちは、それに水と氷の魔法で対抗した。それに加えて多大な犠牲を払って人海戦術で弓矢と投げ槍を使い、少しずつドラゴンの体力を削る作戦だ。最後は勇者たちが直接近接戦で、致命傷に近い傷を与えた。
 結局は逃げられたわけだが、水と氷は有効と思われる。そしてまずは地面に落とさなければならない。

「千年前にそのドラゴンを地面に落としたのが、今のクララックのあたりらしいんだ。ドラゴンが昔のことを憶えているのかは分からないが、憶えていて復讐したいと思うならクララックに向かうだろう。他国に向かう可能性もあるにはあるが、北のルーヌ山の山頂付近は夏にも雪が残るほど寒いので、可能性は低い。おそらく南の平地方面、イデオンかアルハラのどちらかに来るのではないかと言われている」

 図らずもこのタイミングで、今までクララックの対魔物対策を担ってきた森の民はいなくなっている。
 そしてその原因を作った俺たちは、逃げ出してきたはずのクララックの街へと再び向かった。
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