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第六章 過去に触れる

第80話 戦利品と言い訳

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 遺跡から出た俺たちは、来た道を逆に辿《たど》ってブラルへと帰ってきた。
 特に打ち合わせたわけでもないが、皆がこの家の居間に集まっている。勝手知ったるとばかりに、好き好きに床に陣取って、台所から好き好きに飲み物や買い置きの軽食を持ってきて。
 飲み食いしながら武器や道具の手入れをする。
 ……ここは傭兵団の寮か。

「今回イリーナの森へ行くのに使った転移陣は、今はもう使えなくしておる」

 転移陣は危険な道具だ。使用者を選べないので例えば脱出経路にと作ったものが逆に侵入口になったりもする。大勢で共有するようなものではないのだ。

「面白い場所だったし、もう一度行ってみたかったわね」
「なあに、遺跡が無くなったわけではないしの。いずれその機会もあるじゃろう」

 居間にいるのはヨルマ以外の十一人。ヨルマは、行方不明になっていた間のことを釈明しに行った。口止めしたことも多いので、どうやって誤魔化すかは分からないが、苦労していることだろう。
 大怪我をしたレーヴィは、見たところ普段とほとんど変わらない。だが、元気そうに見えても流れた血はすぐには戻らない。

 肉を食え!
 いや、まずは粥だろう。
 そんなことを口々に言いながら、カリンとシモンが、甲斐甲斐しく世話を焼く。レーヴィはソファーに寄りかかって休みつつも、恐縮しているようだ。

「ところで今回の依頼についてだが」

 エリアスが口を開く。西の鳶は冒険者ギルドを通して依頼で一緒に行ってもらったんだった。

「ギルドには依頼通り戦闘訓練の指導を無事終えたという報告をしとくからな。それは大きな意味では違わないし、まあいいのさ」
「すまないな。遺跡やその場所などの詳しい内容は内緒にしておいてくれ」
「それは構わないさ。ただ、千年前の伝説の魔物について、復活の可能性があることだけは伝えておいたほうが良いんじゃねえかな」
「うむ。それもそうじゃな」

 確かに、イリーナの口ぶりでは、さほど遠くない未来に巨大魔物が復活しそうだった。あの石のドラゴンクラスの魔物がいきなり現れれば、混乱は必至だ。
 遺跡の試練の部屋はかなりの大広間だったが、ドラゴンが巨体を自由に動かせたとは言い難い。そういう意味では、石のドラゴンは見えない枷を付けていたとも言える。
 あれが外を自由に飛び回った時に、果たして俺達でどうにかできるのか。
 もっと大勢の協力がいるだろうし、避難するにも心構えが必要だ。

 しかし何と言って伝える?
 いきなり巨大魔獣が蘇るなどと言っても、信じてもらえるはずもない。証拠を見せずに魔物の危機を訴えたとしても、ギルドは動かないだろう。さらにはなぜそんな話が出たのか、問い詰められる可能性もある。
 かといって証拠がある遺跡の場所を軽々と教えていいものかどうか。あそこは幻獣の集落に繋がっている。下手に知られればリリアナの仲間たちにまた危機が訪れないとも限らない。
 
「あ、だったらこれをお貸ししましょうか」

 シモンが一冊の本をテーブルの上に出した。

「これ、あの遺跡で僕が選んだ宝物なんです。なんだかすごく気になっちゃって」
「古い本だな」
「ええ。中を見たらこれ、なんと当時の勇者の日記なんです。交換日記というか。巨大魔物を封印した後で、魔の森に残ったイリーナさんのところに、現状を書き綴って送ってたんですって。書いてるのはアルハラの王になった人族の勇者さんと、ガルガラアドを作った魔族の勇者さんみたいです」

 その本の中には、二国の建国当時のことや、巨大魔物についての考察が細かく書かれていた。国王になった二人の勇者は、互いに競いながら、国を育てていく。けれども両者は同じ方向を向いていた。千年後に蘇るであろう魔物に対抗するため。その大いなる目的に向かって邁進《まいしん》していた。
 確かにこの本は、証拠になるのかもしれない。
 だが……。

「この本を見せて、巨大魔物に対して注意を促せばいいのかなって。でも……お貸ししたら返してもらえなくなりそうですよね」
「それは、無いとは言えねえなあ。いろんな国が、いろんな理由で、喉から手が出るほど欲しがるだろうよ」

 エリアスも首を振って本をシモンに返した。
 それはそうだろう。アルハラやガルガラアドは言うに及ばず、イデオンだってこの本に書かれていることから、いくらでも有益な情報を引き出せるだろう。

「お貸ししたまま没収されると、僕が困りますねえ……」

 いかに怪しまれずに巨大魔物について注意を促せばいいのか。しばらく頭をひねっていると、ポンッとリリアナが手を叩いて立ち上がった。

「巨大魔物が蘇るかもしれないと書かれた物があればよいのじゃな。ふふふ。皆、しばらく茶でも飲んで待っているがよい」

 何を思いついたんだか。
 自室に戻ったリリアナを待っている間に話は移り、それぞれの持ち帰ったものを見せ合った。

「シモン君も本を選んだのね。私もよ」
「ゾラさんもですか。こ、これはまた、不気味な本ですね」
「そう?素晴らしい内容よ!」

 表紙に骸骨の描かれた本は、治癒の術がかかれた医学書のようだ。

「こうしてみると、案外武器らしい武器を選んだ人は少ないんですね」
「武器といえばレンカの弓、レーヴィの短剣、それにリリアナが巨人族を殴り殺せそうなくらいゴツイ杖を持ってたな。それに、俺の剣。なあ、リク、これ見ろよ!」

 エリアスが嬉しそうに新しく手に入れた剣を見せてきた。パッと見たところは普通の長剣だが、よく見ると刀身に不思議な文様が浮かび上がっている。色も鉄よりも少し黒っぽくて硬そうだ。素材自体が特殊なのかもしれない。

「一つ聞いておきたいことがある」

 珍しく西の鳶のレンカが話しかけてきた。

「これから先のことなのだが、私たちは魔物が復活するまで待機していなくてはならないのだろうか?」

 真面目な彼女らしい質問だ。

「その必要はない。というよりも、俺もそれがいつかは分からん」
「だろうな。しかし先に報酬をもらう形になっちまったから、レンカも俺たちも気になるのさ」
「そうなのだ。私もできることならば新しく得た力を巨大魔物と戦う時に役立てたいと思う」
「まあまあ。焦っても仕方ないわよ。私たちが生きている間には復活しないかもしれないし」

 巨大魔物が復活するということは、つまりイリーナが死ぬということだ。彼女がどんな魔法で延命しているのかは分からないが、ぴったり一日たがわず千年ということは無いだろう。
 できることなら、まだまだ長生きしてほしい。そう思う一方で、あのまま長生きするのは彼女にとって不幸なことかもしれないとも思う。
 どちらにしても、今の俺達にできるのは、いつか現れるであろう巨大魔物に備えることだけだ。

「実際、そいつが現れたのを見つけてから、どこかに集まって迎え撃つしかないだろ。今まで通り、時々連絡を取り合えばいいさ」
「使い方も、慣れねえと」
「だね」

 と、そこへバタンと勢いよくドアを開けて、リリアナが戻ってきた。

「これでどうじゃ!」
 あごをつんと上げて彼女が差し出したのは、三枚の石のプレートだった。
 タイルのように滑らかに磨かれたプレート。見たところ、模様も文字も、何も書かれていないようだ。
 だがこれは、何度か見たことがある。
 リリアナが作る転移陣。それは大きさこそ違うが、おおよそこんな見た目の石のプレートだ。そして無地に見える転移陣は、魔力を流すと魔法陣が浮き上がってみえる。

「その通りじゃ。リク、魔力を流してみよ」

 一枚受け取って魔力を流すと、光の文字が浮かび上がった。
 それは俺達には読めない古代文字。けれども、ギルドには読める人が常駐しているはずだ。

「これは……」
「北の荒れ地で見つかった。ということにでも、しておこうかの」

 証拠がなければ、作ればいい。
 反則だが、まあいいか。
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